第5話 回り始めた歯車

 戦いを終えた美春はロビーへと戻った。

 すると、すごい勢い椿が走ってきて抱きついてきた。


「心配したよぉ~! 痛いとこない? 大丈夫? あっ、それと勝利おめでとう!」

「もう、勢いがすごいって。でも、ありがとね。心配かけちゃってごめん」

「ゲームだから大丈夫ってわかってても美春がやられてるのは見てて辛かったよ……」

「姉ちゃんずっと隣でうるさかったんですよ。でも、最後は喜んでましたけどね」


 はじめてのゲーム体験。

 それはわからないことだらけで不安もあったが、今まで稽古してきたものをしっかり使えたことや友人たちに応援してもらったことが、ここまで楽しく嬉しいとはじめて知った。


「ゲームって楽しいね」

「その意気だよ美春! 99人のプレイヤーを倒してトップ目指そうよ!」

「うん!」


 三人が話しているとフィールドのほうではすでに決着が着いていた。

 たまたまそれに気づいた大和が二人を呼び窓越しからその様子を見ると、屈強な男の人が、黒い刀身の剣を二本もった黒髪に黒衣を見に纏った少年にやられていた。

 会場は驚きつつも唖然としていた。


「リプレイ映像が流れてます。何があったか確認してみましょう」


 リプレイ映像が流れはじめた。

 屈強な男性はアイアングローブを装着し少年を追い回すがその攻撃が容易に回避されていく。

 しかし、屈強な男性が遅いというわけではない。少年の動きがあまりにも卓越していたのだ。

 イライラが高まり屈強な男性は大降りの一撃を繰り出す。それを回避した瞬間、少年は攻撃に転じ二刀流で一気に畳み掛ける。

 屈強な男性もエースストライクで対抗するが発動直前にさらに一撃ぶちこまれやられた。


「全員初見なはずなのにあの動きはおかしいですよ……」


 ゲーム好きの大和が唖然とするほどの技術。セオリーや意表なんかを超越したその動きは今後挑むものたちに大きなプレッシャーを与えた。


「あの人とも戦うことになるのか」

「み、美春ならきっと大丈夫だよ! 稽古してるし!」

「美春さんの動きは確かにすごかったけどあれに敵うかどうか……。まるで子どもと大人ぐらい違うレベルの戦いだったし」

「大和! 美春は強いんだよ! 稽古もしてるし!」

「嬉しいこと言ってくれるけど椿って私の稽古みたことないけどね」


 開会式が終わり二人とわかれると美春はいつもの稽古場へと向かった。

 大きな屋敷に隣接する道場の扉を開け中に入ると師範代が道場の中央で座布団の上にあぐらをかきざる蕎麦を食べていた。


「こ、こんにちは……。なぜここでざる蕎麦を?」

「深い意味はない。ただ、美春が来ると思ったからだ」

「恐ろしい直感ですね」


 美春はいつも通り女性の更衣室で稽古用の服へ着替えた。

 道場に戻ると師範代は蕎麦を食べながら何気なく言った。


「勝ったんだな」

「えっ?」

「何か勝負事に勝った雰囲気を感じる。違うか?」

「そ、そうですけど……。私ってそんなにわかりやすいですか?」

「表情に出やすいタイプではあるな。あと歩き方や手の振り方にもな。だが、稽古中や試合ではしっかり隠れてるから心配するな」

「師範代に見抜かれるのも癪ですけどね」


 いつも通りの何気ない会話を交わしつつ美春は木刀による素振りをはじめた。

 打ち込みをしようと思っていたが食事の邪魔になりそうだと判断し踏み込みつつも音を最小限に抑え素振りをする。


「そうだ、家内うちのが美春の連絡先を知りたがってたが教えていいか?」

「そういえば知らなかったんですね。いいですよ」

「教えとく」


 師範代の妻である凛は茶道、書道、華道の三道を教える先生である。

 伝統芸能の三道を教える凛に武道の三道を教える師範代。この二人は若き日に出会いすぐにお互いに惹かれあった。

 凛は幼い頃から稽古に励む美春を娘のように愛し様々なことを教えてきた。


「たまには屋敷に顔を出したらどうだ? 会いたがってたぞ」

「私も会いたいですけど、凛さんとの日々は桜と過ごした日々と密接に絡んでるせいで……。やっと道場に戻れたので今はここに集中したいんです。でも、近いうちに会えたらなと」

「そうか」


 美春にとってこの稽古場は美春の今までの人生を象徴する場所であり、親友との過ごした日々を象徴する場である。

 しかし、大切な親友は今は隣にいない。



 稽古を済ませ夕陽の住宅街を歩いて帰る。

 凛の話をした影響か、この道を共に歩いて帰った親友のことを思い出し美春は少しだけ心がざわつくのを感じた。


「桜……。どうして……」


 家に帰ると美春は一気に疲労感に襲われゆっくりと部屋へと戻りベッドに横になった。

 体力はあるが慣れないゲームでの戦いの緊張感が、想像していた以上に精神的疲労に繋がっていた。

 そのまま軽く寝ていると部屋の扉をノックする音で目覚めた。


「お姉ちゃん、夕飯できてるよー」

「……すぐいく」

「はーい」


 一階へ降りダイニングキッチンの椅子に座ると母親の桃子は美春の表情をみて心配そうに言う。


「何かあった? ずいぶん疲れてるわね」

「あ、いや。椿に誘われて最新のゲームをやりにゲームセンターに行ったの。慣れないことしたせいでどうも疲れが」

「あら、美春がゲームなんて珍しいわね」


 すると、楽しそうなことには目がない妹の初夏ういかはゲームという単語に反応した。


「もしかしてバトルエースオンライン?」

「そうだよ。初夏知ってるんだ」

「うん。クラスの男の子が話してた。でもあれって応募しないとダメなやつだよね」

「いろいろあって椿が勝手に応募したの」

「あ~、椿ちゃんならやりそう……」


 このときの美春はまだ予想すらしていなかった。

 バトルエースオンラインきっかけに、美春の人生は大きく動き出す。

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