私と読者と仲間たちの意見が食い違う人

関根パン

私と読者と仲間たちの意見が食い違う人

 私は迷っていた。次回作をどんな内容にするかについてだ。


 デビューして10年。初めての連載から8年続いた漫画は、つい先日、大人気のうちに終了した。


 その大人気ぶりといえば、国民的人気といって差支えないだろう。ノベライズ化、アニメ化、ゲーム化、グッズ化、映画化、コラボカフェ、流行語ノミネート……。話題という話題をかっさらったものだ。


 しかし、漫画が終わっても人生は続く。


 これまでの印税や二次使用料でそれなりに暮らせないこともないだろうが、私は表現者だ。新しい作品を生み出さなければならない。


 書きたいものはある。


 私の代表作となった作品は、西洋風のファンタジー世界を舞台にした冒険活劇であった。このジャンルでやりたかったことはもうやり尽くしたといっていい。


 だから、現代劇を書いてみたい。学園を舞台にした恋愛ものなんてどうだろう。前作では一切触れてこなかった部分に、あえてぐっと舵を切ってみるのだ。


 だが、求められているものもある。


 私の次回作としてどんなものを読んでみたいかというアンケートが、SNSで話題になったことがあった。読者の間で最も人気が高かったのは、前作のスピンオフだった。これはこういったアンケートでは仕方あるまい。


 しかし、次に票を集めたのは「史実をもとにした冒険もの」だった。これまでとは趣の異なる冒険譚。興味のあるジャンルではある。


 私の描きたいものを貫くか、読者の期待に応えてみるか。


 机の前でじっと考えてみたがどちらも捨てがたく、なかなか結論は出ない。そこで私は編集者に相談することにした。


 商業誌の連載漫画は、漫画家だけでは作れない。必ず編集者がいる。私の漫画を世に出し、広め、支えてくれた編集部。かけがえのない仲間たちである。


 私は担当編集者に電話をかけた。まだ若いが熱意のある男だ。


「個人的には、先生のギャグ4コマが読みたいです」


「掲載誌を考えると、そういう前例はないんじゃないですか」


「まあ、個人的な意見ですよ。現実的には、前作のスピンオフなんかが固いんじゃないですかね」


 そう言って担当編集者は、前作で主役を食うほどの人気を誇った、敵側の幹部を主人公にしたスピンオフを提案してきた。


「はあ……。検討してみます」


 そうは言ったが、内心ふざけるなという気持ちであった。それではすっぱり潔く連載を終わらせた意味がない。いつまでも前作にしがみついていてどうする。


 他の意見も聴こうと思い、私は一つ前の担当者に電話をかけた。アニメ化の話を進めてくれた頼れる男だ。


「そうっすねー。意外性があっていいなと思うのは、野球漫画ですかねー」


「私はまったく野球に明るくないですよ」


「ま、意外性だけで提案してみただけっすよ。へへ」


「他にはどうです?」


「他は、んーと、あいつを掘り下げるのはどうですか? ほら、人気あるじゃないですか、あのカスタネット投げる忍者みたいの」


 彼は、さっきの編集が言ったのと同じキャラクターのスピンオフを提案してきた。


「はあ……。検討してみます」


 そうは言ったが、内心私は怒りに打ち震えていた。彼の担当時からすでに登場していたキャラクターなのだ。外れたら名前も覚えていないのか。そして、またスピンオフと来ている。


 埒があかない。私は初代の編集者に電話をかけた。初めての連載で、私に厳しく色々教えてくれた人である。魔法少女ものが好きで机に魔法少女のグッズがあふれていたような人だ。


「次回作? そうだね。魔法少女ものっていうのはどうかな」


「それ、ご自分の趣味でしょう」


「いや、僕はデビュー時から、きみの作風には魔法少女を描く素質があると思ってたんだよ」


「……他にはどうです?」


「そうだな。企画として見えるのは、あの、キョウって言ったっけ? カスタネットを投げる忍者が、魔法少女とタッグを組んで……」


 私は途中から聞き流し、適当に答えて電話を切った。


 また同じキャラのスピンオフだと。私は今まで、こんなに発想の貧困な連中と漫画を作ってきたのだろうか。そもそも、その前に出す案も全員適当すぎる。


 私は編集長に電話をかけた。数年前に文芸系の部署から私の掲載誌の編集部へ異動してきた男で、その抜本的な改革で部数の低迷を阻止し、多数のヒット作を世にだしている。人気の中で連載を終えることも承知してくれた。


「そりゃ、エスパニョール忍伝キョウしかないだろ」


 まさかの一択だった。タイトルまで決めている。


 一番影響力があり決定権を持つ男がこう言っているとなると、もうこの編集部はだめだ。私にどうしても前作のスピンオフを描かせるつもりらしい。


 決めた。さらば仲間たちよ。もう掲載誌にこだわる必要はない。ウェブで個人的に公開しよう。編集部の意向に関係なく、読者からの期待も気にせず、自分の好きなものを思い切り堂々と描くのだ。そうだ。そうしよう。誰にも忖度してやるものか。


 学園恋愛ものだ。学園恋愛ものを描くぞ。


 主人公はどんなやつがいいだろう。学校の設定はどうする。ヒロインには何か属性を持たせるべきだろう。切り取るべき時間はどこだ。三年間か、一年間か。季節はどこから始める。部活は入っているのか。クラスでの立ち位置はどんなだ。性描写はどの程度がいいか。恋愛の障害となるものは人か、それとも境遇か……。


 考えるべきことは多々あった。これまで避けてきたジャンルだから、どれを決めるにも苦戦するだろう。しかし、この苦戦こそが創作の醍醐味。私はそれから連日、真っ白なノートの前で頭をひねった。





 数か月後、担当者から電話がかかってきた。


「先生。この前ネーム頂いた『エスパニョール忍伝キョウ』ですけど、連載決まりました!」


「そうですか。ありがとう」


 私は前作の人気脇役のスピンオフを描くことにした。


 無理をして、慣れないものを描く必要はない。読者が求めていて、仲間たちが望んでいて、私自身が自信を持って描ける漫画を描いて何が悪いのだ。


 用意された椅子が目の前にある。おろおろとそばで立っているのも馬鹿馬鹿しい。私は芸術家ではないのだ。漫画で飯を食う仕事。何を恥じる必要がある。



 もし私を非難したいという者がいるのなら、一度国民的大ヒット漫画を描いてみたまえ。




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