無名作家は綴れない

七四六明

無名作家は綴れない

 ペンネーム、七四ななし六明むめい

 この身を端的に表現するならば、ミミズが最も相応しい。


 公募という雨が降ると何も考えず現れて、過ぎ去ると共に道の真ん中で戻れずに枯れ果て、他の作者たるアリの群れに食われていく。

 学生時代、自分は周囲と自分を比較して羽化する前のさなぎと蝶を使ったことがあるのだが、今ではミミズの方がしっくり来ている気がしてならない。

 井の中の蛙が、大海を知ったと言う事なのか――それは、敢えて言及しないでおこう。


 自分は高校二年生の初春から、今となっては消え去ってしまった某小説投稿サイトにて執筆を始め、今の今まで続いている。

 そのときは違うペンネームを名乗っていたのだが、言う必要はない。何せ、若気の至りにしても恥ずかしい黒歴史だからだ。なのでここは伏せる。

 しかしその黒歴史ペンネームのお陰で、当時何も知らない若輩者だった自分にも少しずつ興味を持ち、声を掛けて下さる読者がいた。


 が、良い人ばかりと言うわけではない。

 物書きをしていると一度はあるだろうが、知らないうちはまず、ドラマにもなった校閲関係者かと思うくらい、読者から厳しい誤字脱字のチェックが入る。

 他にも、文字の文頭は空ける。「」を使った場合は最後にピリオドは必要不可欠ではないなどと言った、教科書でもあったら最初の方に出て来そうな内容がビッシリと送られる洗礼を受ける。

 実際自分も、カクヨムに移転して数年経った頃、学生を自称する作家に同じ指摘をしてしまった事をすごい後悔しており、今はしないよう努めている。

 実際、そう言った洗礼の中で、本当に必要な指摘をしてくれる人、自ら嫌われ役を買って出てくれる人がいて、自分はそう言った人のアドバイスから、自分の世界を広げていった。


 先ほど、自分は自身をミミズに例えたが、ミミズは性別が無いことを存じているだろうか。

 あれは生殖行為に入ると決まった時、どちらがメスでどちらがオスになるかを決める――文字通り、雌雄を決す生物だ。

 それほどすごい事ではないが、宇宙が如く広げ続ける創作の世界において、自分はもはや神の域にあった。


 実際、物書きとは綴られる文章上の存在からすれば神に匹敵する存在に等しい。

 どれだけ強さを誇るキャラクターがいたとしても、それを上回るキャラクターをほいと書き上げてしまえば、ラスボス位置だった存在も噛ませ犬に回る。


 そう、自分は絶えず

 綴る世界を破滅させるか平和にするか。その人を殺すか秘密裏に生かすか。

 どちらの結末を描いたとしても、賛否両論が存在する完全な正当などない選択を毎日強いられる感覚が、自分には辛く苦しく、快かった。


 某漫画の某キャラクターの言葉を借りて言うなら、自分は賛否両論を浴びせられる感覚に苦痛を感じながら、快楽を見出す存在であった。

 完璧な作品を求めながら、完璧な作品を創ってはいけない。創れない存在。

 その立ち位置に、自分はもがき、苦しみながらも悦楽を感じていた。


「私は憤怒の大罪――」


「えぇ、私はあなたの槍。必ずあなたを勝たせてみせる!」


「見せてやろう。結界魔術師の結界魔術を」


 愛を語れば感動が生まれ、死を貴べば涙が生まれる。

 惨劇を見せれば恐怖があり、不相応な状況があれば狂気を見る。


 どれだけ複雑な設定を構成し、どれだけキャラクターの背景に深い闇を抱えさせても、結局はそう言う簡単で、単純な部分に共感を覚える事に変わりはない。

 作品Aが異世界ファンタジーで、作品BがSF作品だったとしても、同じ愛を語るなら訴えている根本は同じだ。


 そんな事はわかり切っているのに、自分は未だ、自分の世界を広げ続けている。

 広がり続ける世界の中で、幾つもの戦いを繰り広げ、幾人ものキャラクターを生み出し、名を与え、力を与え、戦わせている。

 言葉での罵り合い。ぶつかり合う剣戟。衝突する思想。

 内心に暴力的な部分を秘める自分は、結局、暴力的解決に頼ってしまう部分が強いけれど、どうすればその単純明快な部分をより強く印象付け、より深く読者の心に伝えられるかを研鑽し、考え続けている。


 お陰で、自分の頭は絶えず興奮状態。

 いつしか薬なしでは、冷静さを保てない程に燃え続けるようになってしまったのだが、その辺りの話は、病人の日記みたいになるのでここでは遠慮しておく。


 何はともあれだ。

 自分は今も昔も、乾きに喘ぐミミズだ。

 自分の創り出した友、恋人、仲間達を如何に動かし、読者の心を揺さぶれるか。

 限界に至ってはならない代わり、限界を求め続ける果てなき苦悶に耐え忍びながら、今日も自分は物語を書き続ける。


 今こうして、この文を書いている間でさえ、自分の頭の中では他の世界での戦いが繰り広げられ、雌雄決するその瞬間を待ち侘びている。

 だからここまでの約一九〇〇文字を綴るのにも、かれこれ二時間を費やしている次第だ。


 だが、やめられない。止まらない。

 某スナック菓子のキャッチコピーのままに、自分は文章から離れられない。

 だが、綴れない。

 日が経つ毎、時間が経過する毎、自分は自分の頭の中が整理出来なくて、体が痛くて、熱くて、苦しくて、毎日一度、キャラクターの死と自分の死とが混同して、死にたくなる。


 だが世間曰く、作家とはそういう生き物だと言う。

 自分の思想を掲げ、理想を誇り、自分の世界を語って人心をつかみ取る求道者。

 テロリストのような武装攻撃もしなければ、宗教のように一つの対象を信じさせて貢がせるでもない。自分自身をすり減らす事でしか生まれない産物を用いて戦う孤高の戦士。

 故にこの自傷もまた愉悦。いつしか自分の雌雄さえも決する日が来たとしても、きっと自分は受け入れてしまうだろう。


 だから今日もまた、明日もまだ、書き続ける。

 だけど毎日、夜になって嘆くのだ。


 嗚呼、今日はもう、無名作家は綴れない。


 乾きに喘ぐミミズはそうして道の真ん中で、他の作者に食われて消えて逝く……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無名作家は綴れない 七四六明 @mumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ