『文豪』のスキルを貰って異世界転移した結果……

半濁天゜

第1話

 くそー、なんでこうなるんだよー。


 ひなびた山間やまあいの村。その小道に答えるものはない。村外れの空き家で目覚めて、もう二日がすぎている。


 文豪ベストセラーのスキルを貰って、異世界転移したまではよかった。


 ところがついさっき。村にある唯一の雑貨屋で、インクと紙を買おうとしたら……、


『そんなもん置いてるわけないだろ兄ちゃん。金持ちにもみえないが、世間知らずすぎるぜ。それとも、チンケな店だって嫌味なのか?』と一気に変な空気になってしまった。


 ここは、現代日本からしたら数百年前の、いわゆるファンタジー世界だ。作るのに技術がいるものは、値段も跳ね上がるのだろう。


 炭と水からインク? 墨汁? を作るしかないか? でも作り方なんてわからないし……。紙も自力で作った木の板が関の山だし。


 このぶんじゃ、一般人の識字率だってかなり低いはずだ。いけ好かない貴族じゃなく、一般向けの作品が書きたいのに。


 どんな凄い作品が書けたって、読んで貰えないんじゃ意味がないよ……。



† 数週間後



 僕が目覚めて、住処すみかとしているあばら屋で。すきま風にほこりたちがはやしたてる。


 ゴブリン退治や行商人の護衛など。必死に冒険者の真似事をして、やっと買えたインクだ。一滴だって無駄にはできない。


 プレッシャーに手が震える。木の板に文字を書くだけで、脂汗があふれだす。


 文豪ベストセラーのスキルで、推敲いらずなのがせめても救いか。


 そもそも日本じゃ、テキストファイルに書き消しコピペ自由自在で、一文字のコストなんて無に等しかったけど。


 結局はどこにいようと……。


 いや違うっ! 頭を振って負け犬根性を振り払う。今の僕には文豪ベストセラーがある。本さえできれば読んで貰えるはずなんだ!



† 一週間後



 僕は村で、飲食のないマンガ喫茶? 閲覧だけの有料図書館? みたいな店をはじめた。空き家だったあばら屋を掃除して、机と椅子を二組作った。


 本当はもっと大きな町がいいんだけど、あっちは場所代が高すぎる。


 心血注いで作った本が盗まれないよう、相応の鎖で机に繋ぎとめている。


 なにせチートスキルで書いた本だ。面白くないわけがない。盗もうとする不届き者を警戒するのは当然だろう。


 あとは村の人が読みにきてくれるのを待つだけだ。早くきてくれないかなぁ……。



† 更に数週間後



 ファンタジー世界には、吟遊詩人という職業がある。


 どうして?


 だって昔からメジャーな小説に登場してるし、史実でも存在していたみたいだし?


 もちろん僕も、日本にいた時はそれくらいの認識だった。でも、いまはその理由が骨身に染みてわかっている。


 紙とインクが高すぎるんだ。そして一般人は字が読めない。大半は、本があっても読もうとさえしない。だから史実でも吟遊詩人が、言葉と音楽で伝説を語り継いだんだ。


 この世界にきて、僕は痛感した。いままで吟遊詩人のことを、ただの記号としてしかみていなかったんだ、と。


 だからせめて、この発見を伝えたい。ちょっとドヤ顔しながら、日本の友達に、このことを……。



† 一年後



 僕は吟遊詩人になった。


 この世界で本の店を開いても、とてもじゃないけど食べていけない。ひ弱で陰キャな僕が、冒険者をつづけられるとも思えなかった。


 それに、日本にいた時は気づかなかったけど、音楽の才能が少しはあったらしい。伝説を暗記しなくても、文豪ベストセラーが即興で創作してくれるし。


 読者はできなかったけど、聴衆ができた。渡り歩く町や村で、それなりに喜ばれている。


 いまいる町は、結構大きく活気もある。珍しい品々にもお目にかかれて、ファンタジー世界にきた甲斐があったってものだろう。


 数日ごとに酒場を歌い歩いて、稼ぎも客の反応も上々だ。


 そんなふうに最低限の衣食住を得て、最近気づいたことがある。


 実は、文豪ベストセラーって凄いチートだ。なぜなら、どんな難局でも、名作小説になりうる最適解を教えてくれるんだよ? 国王や貴族を手玉にとるのだって余裕だろう。


 じゃあなんでそうしないのか?


 僕が文豪ベストセラーを信じきれないから……、かな。難局であればあるほど、ギャルゲの選択肢なみに、あり得ない選択が提示される。


 何より、文豪というのが不味かった。文学作品というのは、善人が報われるとは限らない。民衆のために立ちあがった心ある者が、暴君に殺されて終わることだって十分ありうる。その逆もしかり、だ。


 前に一度、胡散臭い詐欺師みたいな男に、言い寄られたことがある。僕の判断が、スキルによるものだとは気づいてなかったけど、詐欺の仲間にしつこく誘われた。


 あまりにもしつこいので、文豪ベストセラーが提示したものとは真逆のことを教えてやったら……、男は大富豪になっていた。いまも左団扇ひだりうちわで暮らしているだろう。


 僕はひ弱な生身の人間。もし文豪ベストセラーが間違っていて……。いや僕の聞き方? もしくは解釈? が間違っていて、選択を失敗してしまったら……。


 なんて考えるのが、僕が……、なんてね。豚に真珠? 猫に小判? まあそういうことなんだろう。


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KAC20216

お題「私と読者と仲間たち」

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