第32話 スク水にビンビンフラグ

 え、まじか……。

 だとしても今それ言っちゃうの。


 夏樹さんの処女じゃない発言を聞いてしまった。


 スポーツイケメン特有の小麦色の肌を真っ青にさせる室斑。

 俺は根暗で色白だけど同じような顔色になってしまった。


 ここからどうする気なの。

 意外な事実を聞いてしまって俺も吃驚してる。


「う……嘘だ!! そんな……誰と……」


 めちゃめちゃ狼狽してる……。

 ショックだよな。

 うん。


 夏樹さんが何か言おうとしたが、室斑は耳を貸さない。


「そう言ったら別れ──」


「里穂ッ! もういい!! 今確かめてやるッ!」


 助けないと行けないパターン。

 何かあっても室斑に勝てる気がしないけど。

 そろそろ俺以外のお客さんがくるかもしれないからさ。


 わざと足音を立て、二人の前まで出た。

 知らないフリをしよう。


 夏樹さんには借りがある。昨日、有菜が彼女に連絡して、ホテルの一番高い部屋を無料で使わせてもらった訳だから。


「おおっ! 夏樹さん! 昨日はホテルありがとね。でもここは男子更衣室だよ。室斑は……はじめまして、かな」


「吉野くん……っ」

 

 いやいや、そんなに瞳をウルっとさせてこっち見ないで。勘違いしちゃうから。

 俺の存在知ってたでしょう。


「昨日だと? お前……まさか」


 そっちの勘違いは要らないし辞めてほしい。

 まじで勘弁。


 すると、夏樹さんが勘違いにフィニッシュを入れた。


「子作り……出来た?」


 無理だわもうこれ。

 諦める他ない。殴られるだろ。


「里穂ッ! りほぉぉぉっ! くそっ……!」


 と言い残してダッシュで更衣室から出ていった。

 あーあ。

 いいのかよこれ。

 何で有菜がビッチと言われてるか、聞きたかったのに。


「「…………」」


「良かったの?……あれ」


「よ、よくないよ……よくないけど……う、ゔぅ」


 泣いてる。そろそろ号泣しそう。

 その割にはかなり強気に出たね……。


「ちょ……ちょっとここでは……ね?」


「だって……しょ、処女じゃないと好きになれないって。わ、私……んっ、だから必死に綺麗に思われたいって…………ぁ……ホテルのことだって……もしかしたらって……ゔぅ……」


 黒髪美少女は顔を真っ赤にして泣きながら、男子更衣室に座り込む。

 膝を地面につけ、背中をロッカーに預け、俯きながら事の顛末を教えてくれた。


 例の山田先輩との件は、確かに恥ずかしいのもあった。


 しかし、ビッチ嫌いの彼氏にラブホテルの広告塔になってることを知られ、別れを切り出されるのでは……というのが一番怖かったらしい。


 なんとなく、恥ずかしいだけで肉体関係までいかないよな、とは思っていた。


 付き合っていた室斑もそのエスカレートさせる要因の一つだったんだな。


「ま、とりあえず移動しない? あと有菜があらぬ汚名を着せられてたのはなぜか知って──」


 その瞬間。

 ついに男子更衣室に他の男性客が入って来る足音が聞こえた。


 まずいッ! タイミング悪すぎるって。


「吉野くんこっち!」


 起き上がった夏樹さんに手を引かれて。

 ビート板が無造作に置いてある、その前の備品用と思わしき大きなロッカーに……。


 ────バタン。


 二人で隠れることになった。

 漫画でしかこういう展開見たことないぞ。


 吐息が当たる。


 彼女の濡れたショートボブの前髪が俺の首にかかる。

 ゾクッとする刺激が頭を沸騰させにくる。


 興奮してはいけない、深呼吸だ。深く息をしろ。


 大きく息を吸った、その広がった胸の動きで……。


「フゥ────あ」


「んっ…………」


 夏樹さんのお胸と当たった。


 あとで謝ろう……うん。


 今はとにかく、反応してはいけない。


 まだ外からは声がするんだ……。


 昨日のラブホから、ある意味お預け状態で……結構辛い。


 あれ……そういえばさっき室斑とどこまでしていたんだろう。

 夏樹さんは結構、声が出ていたと思うんだが。


「あっ……んんっ、あの、ね」


「フゥゥゥ、ふぅ、うん」


 良くないぞ、良くない。


 仮にお互い────寸止め状態だったとしても。


 思考を変えるんだ、俺たちには好きな人がいる。

 なにか話をして気を紛らわせるべき、と思っていると夏樹さんから。


「あ……あっちゃんの振るときの……常套句の一つ……だよ」


「な、なにがッ?」


 ヤバすぎるッ。

 言葉を発するだけで当たるんだけど……。


「処女じゃないって……3回以上しつこい人には言う台詞……んっ……って」


 なるほど……。冷静さを取り戻せそうだ。


 何らかのパターンに沿って有菜は男の振り方を体系化してるようだ。

 同じ水泳部、よく有菜が振っている光景を見ていたんだろうか。


「ほ、ほぅ……さ、流石だなやっぱ」


 なるべくスク水のお胸、その先に当たらないように息を吸う。


 有菜の振り方……確かに気まずいって理由が分かる。

 でもそれ以上どうやって男子からの好意を跳ね除けるんだという話もあるよな。


 そして、今の状況も滅茶苦茶気まずい────。


「吉野くん……? 何か硬いもの当たって……」


「ス、スマホだよっ。ハハ」

 

 そうだよね……。

 そんなとこにポケットないよね。


「え……でも……」


 ネトラレフラグ……。

 じゃないや、オレノフラグかな。


 これは折らないといけない。


 今、折らねば────。


『私がそのフラグをへし折ってあげようか』


 いつか聞いた幼馴染の台詞が頭に再生された。

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