第4話

 更に一年後、立花はアパートを去った。死んだわけではない。どこかへと消えてしまったのだ。彼の居場所を知らない曜子もまた、アパートを出ることにした。彼がもしまた目の前に現れるとしても、ここには来ないということはなんとなく分かっていた。早馬荘はもう過去の場所だ。曜子自身の過去もすべて置いていくことにした。東京へ行くのだ。


 三年と少しの生活の間に増えた私物を抱えて、実家に顔を出した。これきりになるつもりで玄関に足を踏み入れた実家は、途方もなく荒れていた。傍目には決してそんなことはないのだが、それでも明確に荒廃していた。曜子が去ったからだ。サンドバッグがいなくなったからだ。彼らは皆他者を踏み付けてしか生きられない生き物だったのだ。獣以下だ、と思う。自分は人間だから、もうここには戻らない。曜子はかわいそうな子ではない。立花寅彦の素敵な隣人として、化け物の巣とは縁を切る。

 母親は、三年前に曜子が家を出た時と同じように大騒ぎをし(今までどこで何をしていたどれほど心配したと思っているその髪はその服はなんだ云々)、初めて会う父親はおもむろに手を上げようとしたが易々と殴らせはしなかった。妹と弟は、生気のない目で曜子を見ていた。

「東京行くから」

 とだけ言った。その言葉に、居合わせた全員が愕然としていた。

「あんたみたいな子が東京に行っても、」

「うちみたいな子って?」

 言葉を遮って尋ねると、母親はくちびるを噛んでうな垂れた。年を取った、と思う。三年と少し。彼女の上に降り積もった時間を思う。思うままに殴り踏み付けることを許される娘を失った三年と少し、長かっただろう。そして、二度とそういった存在を手に入れることはできない。

 立花に殺しを頼まなくて良かった、と思う。少しだけ広くなった世界に棲む彼が殺し屋であってもなくても、どちらでも良かった。あの優しい男の美しい手に、もう二度と出会えなくても、良かった。すべては身勝手な感慨に過ぎないのだが、喪服は捨ててしまったから、あの男の葬式にだけは絶対に出ない。

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喪服のビッチ 大塚 @bnnnnnz

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