第4話 SIXTH


六下が調査班に渡した首飾。

その白い『鍵』は、六下が自身の才で作り出したモノである。


もっと言えば、全盛期となる青年期に生み出した代物だ。


はて、その効果であるが、六下の才『ロック』の能力を継いだものであった。


施錠に開錠。対象の動きを止める。汎用性の高いその才の内、首飾りの白い『鍵』にかけられた効果は『ロックアウト』。


その『鍵』を握る間、対象人物の位置をその場に固定するというものだ。



「何だったんだ・・・」


ジェットコースターに乗った後のように、ふらふらとした足取りの李空が呟く。


強い揺れの後、突如回り始めた景色。

それは決して気のせいではなく。文字通り、大地が回転していたのだった。


しかし、首飾を握る調査班の面々は『鍵』に付与された効果で、回る大地に抗うようにその場に留まる。


移ろう景色の中、調査班の視界に深々と生い茂る草木が迫った。

覚悟して目を瞑るメンバーであったが、それらの草木をすり抜けるようにして大地は回る。


やがて回転と揺れは収まり、調査班が辿り着いたのは、調査班のメンバーにとっては見覚えのない土地であった。


「わ!なんでござる!?」


卓男が素っ頓狂な声を上げる。

他のメンバーも、揃って空を見上げた。


皆が最初に覚えた違和感は影。5人を覆い隠したその影に上を見ると、そこには優雅に空中を泳ぐ、ある生物の姿があった。

その影の正体も調査班の姿に気づいたのか、段々と高度を下げる。


巻き起こる暴風に、調査班の面々は目を細めた。


「お前ら、壱ノ代表たちか?」


その声は、頭上を飛ぶ生物の奥。

より詳細に言うなれば、竜の背上から聞こえた。


「ん?そういうお前は・・・」


平吉は、声の主を見上げて呟く。

その男。陸ノ国代表将のゴーラは、調査班の面々を見回して頷いた。


「どうやら訳ありのようだな。先ほどの揺れと何か関係があるのか・・」


そう呟き、自身の背後を親指で指す。


「まあ良い、乗りな。詳しい話は空の上で聞こう」

「クオオォォン!」


ゴーラを乗せた竜は、調査班を歓迎するように鳴き声を上げた。


「なんて言ったって、その辺は猛獣の巣窟だからな」


ゴーラの言葉に意識をすれば、餌を前に興奮を抑えきれないような、猛獣たちの息遣いが耳に届いた。


調査班の面々はぶるりと身を震わし、我先にと竜の背上に飛び乗った。



空を泳ぐ竜の背で。平吉は、石版の調査に赴いていたこと、そこで「王」を名乗る者たちと戦闘になったこと、その片方は零ノ国会場に襲来した男であったことなど、一連の流れをゴーラに話した。


「なるほどな。それで、知らず知らずのうちに陸ノ国に入国していたわけだ」


ゴーラが相槌を打ちながら言う。


そう、回転する大地に抗い、その場に留まり続けた調査班は、どうやら結果として陸ノ国に入国したらしかった。


竜が飛び交い、自然が溢れる物珍しい風景に、李空や架純やみちるはすっかり目を奪われている。


「お、落ちたら死ぬでござる・・・」


卓男に関しては、その高さにすっかり参っている様子だ。


「にしても、陸ノ国の竜伝説はほんまやったんやな」

「ん?ああ、本物の竜を見るのは初めてか?」


ゴーラの問いに平吉は首肯する。


壱ノ国の者たちの多くは、陸ノ国のみに生息すると言われる竜を見たことがない。

壱ノ国と陸ノ国は隣国であるが、その境界には深々と生い茂る自然の砦があるため近寄れず、遠くに影を見たとしてもそれが竜なのかどうか判別できないのだ。


「陸ノ国では、才を授かる歳に相棒となる竜が与えられる習わしがあるんだ。こいつは俺の愛竜。クオンだ」

「クオン!」


ゴーラの言葉を理解しているのか、タイミング良く鳴き声をあげる竜。

ゴーラがその頭を優しく撫でると、クオンは嬉しそうに目を細めた。


(まさに心が通っとるって感じやな。『TEENAGE STRUGGLE』に竜の参加が認められてのうて良かったわ)


深い絆を感じるゴーラと愛竜の姿に、平吉はそんな感想を抱いた。


それぞれが驚異の身体能力を誇る陸ノ国代表の面々に、竜の機動力が加われば鬼に金棒。その力は、相乗効果で跳ね上がることだろう。

敵となれば厄介極まりないが、味方となった今では頼もしい限りであった。


「それにしてもお前たち、運が良かったな。がいなかったら、今頃猛獣たちの胃の中だったぞ」


ゴーラを乗せた竜が、調査班の頭上を飛んでいたのは偶然ではなかった。

そこには一人。とある人物の意思介入があったのだ。


ゴーラはその人物の助言を受け、あの時あの場所を飛んでいたのだった。


「ほんまに助かったわ。そいつにも礼を言わんとな。ワイも知っとる奴か?」

「まあ、すぐにわかるさ」

「クオォン!」


ゴーラの意思を汲んだように、クオンはガクンと高度を下げた。




「なるほどな。俺たちは回転する大地と共に移動していた。対してロックが掛かったお前らはその場に固定され、結果として同じ座標に重なったわけだ」


そんなふうに話を総括したのは、陸ノ国代表が一人。ダイルであった。


調査班を乗せたゴーラの愛竜クオンが降り立ったのは、広がる大自然に上手く溶け込んだ立派な家であった。

話によるとそこはゴーラの家であるらしいのだが、その広さから陸ノ国代表の集会場としての顔も持つらしく、調査班が通された大広間には陸ノ国代表の面々の顔があったのだ。


「『リ・エンジニアリング』とかいうのと、大地の回転は無関係ではないようだな」

「『王』との繋がりも気になるところだな」


パオとラフの二人がそんな感想を述べる。


その名は知っていても、その姿は国民の誰も見たことがない、透明な王。

あくまで自称だが、壱ノ国の『知の王』と『信の王』を名乗る二組は、どうやら『リ・エンジニアリング』の首謀者であり、六国同盟『サイコロ』の共通の敵らしかった。


「そうなってくると、俺っちたちの国の王も怪しいっしょ」

「言えてるわね。本当に居るかも怪しいもんだわ」


チッタとラビは、自国の王の姿を想像するように視線を上げた。


「ところで。ワイたちの危機を察知してくれたんは誰なんや?」


話がひと段落ついたところで、主にゴーラに向けて平吉が問いかける。


「ああ、それはな───」


ゴーラの視線が、ダイル、パオ、ラフと移ろっていく。

チッタ、ラビと一巡した視線は、最終的にその隣に座る少年へと注がれた。


「彼がお前たちの命の恩人だ」


ゴーラがその目で捉えた少年は、零ノ国にて壱ノ国代表の案内人役を務めてくれたコーヤとよく似た少年であった。

よく見ると、コーヤよりも少し若い印象を受ける。


「は、初めまして。零ノ国案内人陸ノ国代表担当。モーヤです」


モーヤは、伏し目がちにぺこりと頭を下げた。

どうやら、コーヤとは違い内気な性格らしい。


「そうか。コーヤ以外の案内人は、それぞれ担当の国に引き取られたんやったな」

「ああ。うちの場合は、寧ろこちらからお願いしたいくらいだったがな」


ゴーラは頷きながら言った。


「央」と「零ノ国」が反転したことで、零ノ国案内人たちは行き場を失った。


唯一、『千里眼』という才の性質上、地下に反転した「央」の状況を覗き視ることができるコーヤは、六国同盟『サイコロ』に残った。

コーヤを除いた案内人たちは、案内を担当していた国の代表たちと共に、それぞれの国へと向かったのだった。


「モーヤ君。ありがとうな」

「は、はい」


平吉が礼を述べれば、モーヤは落としていた視線を一瞬だけ上げ、コクンと頷いた。


その様子を見届け、ゴーラが口を開く。


「それで。お前たち、これからどうするんだ?」


お前たちというのは調査班の面々。そして、その視線は平吉に注がれていた。


突如襲った大地が回転するという現象によって、調査班は陸ノ国に入国する形となった。

それは調査班にとって不測の事態であったため、今後の動きは全くのノープランである。


「そうやなあ・・。一つ質問なんやが、陸ノ国にも才を授かる時に向かう特定の場所なんかはあるか?」

「ああ、うちは神社に赴くことになっている。といっても、祈りではなく祝い。その月に才を授かった子どもを集めて、月末に儀式を行うという流れだがな」

「月末というと6日後か・・。そこに石版はなかったか?」

「石版?・・あー、そう言われるとあった気がしないでもないな」

「そうか・・」


何やら思考を巡らす平吉。

やがて考えが纏まったのか、ゆっくりと口を開いた。


「暫くの間お世話になってもええか?」

「ああ、うちは無駄に広いからな。同盟も結んだことだし、好きなだけ居てくれて構わんぞ」

「ほんなら、お言葉に甘えることにするわ」


陸ノ国に留まる。それが平吉が出した結論であった。


平吉への信頼の表れか。他の調査班から疑問の声が上がることはなかった。

陸ノ国代表の面々も同様であろう。ゴーラの決定に異論はないようだ。


「そうと決まれば案内でもするかな」


ゴーラが腰をあげる。


「あ、最後に一つだけええか」


その背中に平吉が声をかけた。


「この辺、電波はあるか?」



それから調査班の面々は周辺の案内を受けた。

ゴーラの家は、国を代表して竜の世話を行っている家系らしく、庭には竜小屋なる施設があった。


陸ノ国に住む者は、才を授かった月末に神社を訪ねた後、ゴーラの家を訪ね、そこで愛竜を授かるのだ。


と、一通りの説明と案内を終えると、一同は今一度ゴーラの家へと戻った。


そこで調査班にはそれぞれ空き部屋が与えられた。

現在はそれぞれの部屋で各々の時間を過ごしている状況である。



「で、この状況は予想通りってわけか?」


平吉は電話越しに問いかけた。


「バレたか」


耳に届く声は、六下のものであった。

自然の国とも呼ばれる陸ノ国であるが、電波状況は決して悪くなく、通話は難なく出来るようだ。


「ワイらに渡した白い『鍵』の首飾は、大地が回転することを見越して渡したモノ。つまり、こうなる可能性を六下は事前に把握しとったわけや」

「正解だ。昔読んだ文献に載っていたのを覚えていた

のさ。まあ、実際に起こるかどうかは半信半疑だったがな」

「するとなんや?現役を引退するよりも前に、こうなることを見越して『鍵』を作っておいたわけか?」

「ああ。あくまで備えの意味で、だがな」


平吉は感服した。


この男は『リ・エンジニアリング』の存在を何十年も前に知り、その現象が起きたもしもの時のために、自身の才を後世に残すという役割までこなしていたのだ。


「それで、結果としてワイらは陸ノ国に飛ばされた。これは飛ばされた先の国で調査を行え、っちゅうメッセージとして受け取って良かったんやな?」

「ああ。"『リ・エンジニアリング』を止めたくば、六国に眠る『鍵』を集めたし" 禁書の一つにそんな文言が記されていた。この『鍵』は『情報』のことだというのが俺の考えだ。そしてその『情報』は、おそらく各国に散らばった石版に記されている。お前たちにはそれらを調査してもらいたい、というわけだ」

「やっぱりか・・」


平吉は六下の考えの輪郭を捉えていた。

故に、ゴーラから神社の情報を引き出す質問をし、陸ノ国に滞在する選択をしたのだ。


「それで、陸ノ国の石版があると思われる場所に行けるんは一週間後になるみたいなんやが、時間の余裕はあるんやろか」


あの後、平吉がゴーラに詳細を尋ねたところ、神社は月末以外は閉鎖されており、立ち入り禁止になっているという話だった。

どうしてもという事情があれば規則を破っても構わん、とゴーラは語っていたが、平吉は六下の話を聞いてから結論を出そうと、答えを保留にしていた。


「うーん、そうだな。待つことこそが正解、というのが現時点での見解だ」


六下は少し曖昧に答えた。

平吉は「了解や」と返事する。


その後ではぁ、と長い息を吐いた。


「それにしてもやな。ここまで分かっとんのなら、もっと早う教えてくれれば良かったに」


それは尤もな意見であった。


大地が突如回転を始めたその時、平吉のひらめきがなければ調査班の皆が首飾を握ることはなく、大地と共に移動していたことだろう。


「いやあ、すまんすまん。お前なら気付くと、そう信じてたんだよ」


六下は平吉の耳に少年のような笑い声を届けると、こう続けた。


「それに俺は預言者じゃない。可能な限りの可能性を思考し、根拠が揃って初めて自ら声にする。それが学者って生き物なのさ」



平吉と六下がそんな会話を交わす隣の部屋。

そこには李空と卓男の姿があった。


生憎、ゴーラ家の空き部屋は4つしかなかったため、李空と卓男は相部屋になったのだ。


「マイメん?思い詰めた顔してどうした?」


ベッドの縁に腰掛け、何やら難しい顔をする李空に、卓男が声をかける。


「いや。また負けたと思ってな・・・」


李空は俯きがちに答えた。


壱ノ国の教会に現れた、真夏を攫った男。

平吉や架純と共に立ち向かった李空であったが、3人同時に軽く遇らわれてしまう始末。力の差は歴然であった。


みちるにしても、ジェミニ相手に手こずっている様子だった。


その直後に強い揺れと共に大地が回転し、陸ノ国に入国。と、怒涛の展開に感情を整理する暇がなかったが、カプリコーンとの闘いは、李空にとって中々に印象強いイベントであった。


「けど、今度のは逃げた結果じゃない。挑んだ結果、負けた。それならやることは一つ、だよな・・」


が、それで落ち込む今の李空ではない。


力の差が明らかになったのなら、その差を埋めるだけ。


都合よく時間ができ、強力な協力者たちがすぐ近くにいる今の状況は、力を蓄えるのにもってこいであった。


「よし。陸ノ国代表の誰かに、修行の相手をしてくれるように頼みにいこう」


ガバッと立ち上がり、李空は部屋を出ていこうとする。


「・・ちょっと待った」


その足を卓男の声が止める。

振り返ると、何かを決心したように拳を握る卓男の姿があった。


「・・僕も。僕も、せめて自分の身は守れるくらいの力は身につけたい。足手まといはもう嫌だ」


その眼には、決意の光が宿っていた。


その決意を無下にする理由など、李空は持ち合わせていなかった。


「よし、一緒に行くか」

「おう!」


と、部屋の扉を開くと。同時に別の扉が二つ開いた。


「架純さんにみちる」


正面の二つの部屋から出てきたその顔に、李空が声を上げる。


「考えることは同じみたいでありんすね」


架純が言うと、遅れてもう一つの部屋の扉が開いた。


「なんや。皆ええ面構えしとるやんけ」


顔を出した平吉は、調査班の面々の顔を順に見回して、笑った。




「す、すげー・・・」


李空は空を見上げて呟く。


そこには、空中を自由自在に泳ぐ二匹の竜が。

その背には、ゴーラとダイルの姿がそれぞれあった。


二人ともゴリラとワニをそれぞれ連想する戦闘モードに姿を変えており、そこが空中であることを忘れるほどの激しい攻防を繰り広げている。


度々竜の背から躍り出ては、空中で拳を交える。重力を感じる頃には、その下方にそれぞれの愛竜が滑り込んでその身をキャッチ。といった具合に、見事なコンビネーションを見せていた。


と、この状況になった経緯であるが、調査班から修行の話を受けたゴーラは、


「そういうことなら、まずは『陸の闘い方』を知ってもらうかな」


と、ダイルと模擬戦を始めたのだ。


「なんて素早い動きあ〜る」

「空中であの機敏さは脅威え〜る」


今度はみちるが感想を述べる。


機動力に定評のあるみちるの目にも、竜との共闘は強力なものとして映ったらしい。


平吉や架純も同様に、感心したように空を見上げていた。


「どうだ。これがうちの主力たちの真の実力だ」

「特に、ゴーラは歴代最強の竜使いといった呼び声も高いからな」


パオやラフ、チッタにラビといった陸ノ国代表の面々は、感心する調査班の様子を見て誇らしげにしている。


「やっぱり拙者には無茶だったでござろうか・・」


卓男に関しては、あまりの高次元っぷりにすっかり目を回していた。



やがて二匹の竜は地上に戻ってきた。巻き起こる暴風に、地上の者たちは目を細める。


「くそ。今回は俺の負けのようだな」

「ふっ。今回も、だろ」


ゴーラが笑って返すと、ダイルは口元を歪めた。

二人は元の姿に戻っている。


「と、まあこんな感じだ。どうだ?力になれそうか」


愛竜のクオンから降りたゴーラが、平吉に問いかける。


「そりゃあ、こっちの台詞やで。やるからにはお互いにプラスにならんとな」


平吉はニヤリと笑うと手を差し出した。


「よろしく頼むで」

「ああ。こちらこそ」


ゴーラも笑い、手を取る。


こうして、神社への立ち入りが許されるまでの6日間。壱ノ国調査班と陸ノ国代表による、共同修行が行われる運びとなった。

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