第3話 RE:ENGINEERING


「なんだ、透灰。もう呼んでくれたのか」


食堂にやってきた男。西の親「玄」の担当教師である中年男性は、李空に向けて何食わぬ顔で呼びかけた。

身に覚えがなかった李空は、不思議そうに首を傾げる。


「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」


李空の反応に、中年教師は訝しんだ様子を見せる。

李空が七菜に目をやると、七菜も心当たりがないようで、かぶりを振った。


「・・・・・あ」


その直後、李空は思い出した。

授業終わりに中年教師が何か言っていたことを。


上の空で聞いていたため記憶からすっかり抜け落ちていたが、中年教師は七菜を食堂に連れてくるように李空に頼んでいたのだ。

李空を呼び出すに当たって七菜が食堂を選んだのは、前に李空に学校案内をしてもらった時に訪れたことがあったからであるが、偶然にも中年教師が七菜を呼び出した場所と一致していたわけだ。


それにしても、接点がないはずの七菜を中年教師が呼び出した理由と、その場所に食堂を選んだ理由は不明であるが。


「何か手違いがあったみたいだが、まあいい。二人とも付いてきてくれ」


中年教師が向かったのは、食堂の脇にある非常口であった。

李空と七菜は、少し戸惑いながらも後に続いた。


「よっ」


中年教師がポケットから『鍵』を取り出す。

到底自然のものとは思えぬ、滑らかな材質でできた真っ白な『鍵』であった。


鍵穴に挿入し、右に回す。

それからノブを降ろすと、中年教師はドアをした。


「この扉は本来開き戸だが、この鍵を差し込むことで引き戸に変わる。その際に、この『ゲート』は初めて開かれるってわけだ」


その先には、零ノ国や仙人の家で見た、禍々しいオーラを放つゲートが続いていた。


「なるほどそんなギミックが・・。非常口なのになんで鍵口があるんだって、前々から疑問だったんですよ」

「ほう、気づいていたのか。なかなか良い目をしてるな」


李空の言葉に、中年教師は目を細めた。


「昼間は騒がしいし、放課後は誰もいない。物を隠すなら最適の場所だろ」

「確かにですね。それにしても、このゲートはどこに続いてるんですか?」

「付いてくればわかるさ」


中年教師はゲートを潜っていった。


七菜が李空に視線を送る。

少しの間があって、李空がコクリと頷く。


二人はゲートに足を踏み入れた。




その頃、職員棟の一つである西の足では、教師の仕事に熱心に取り組む剛堂の姿があった。


彼の場合は教師という立場上、学院に来ざるを得なかったわけだが、なんせ昨日の今日である。李空と同様、授業に身が入らなかったことはいうまでもないだろう。


「・・・平吉か」


机の上で振動する携帯電話。メッセージを送ってきた相手を確認し、本文を開く。


そこには、零ノ国と央が反転していたこと、六国同盟『サイコロ』が結成されたこと、それから、今から一旦帰国する旨が書かれていた。


「はぁ・・・」


剛堂は簡潔に返信すると、大きなため息を溢した。


メッセージの内容はなかなかインパクトの強いものであったが、今の剛堂の感情を支配しているのは、圧倒的な無力感であった。


剛堂は『TEENAGE STRUGGLE』ナンバーツープレイヤーとして、長い間活躍をしてきた。

絶対王者セウズを目標として、ひたすらに突っ走ってきた。


ついに自分の力でセウズを打ち倒すことは叶わず、現役を引退。

その後は監督役として壱ノ国を牽引し、最後のチャンスでセウズに一矢報いることができた。


が、その時剛堂に芽生えた感情は、喜びよりも無力感の方が強かった。


できることなら自分の手で倒したかった。その気持ちをどうしても拭いきれなかったのだ。


感情の整理が追いつかないまま、今度は会場に忽然と現れた男がセウズを一発で仕留めた。

李空との試合の直後であったとはいえ、あのセウズをいとも簡単に倒した男。


その姿を見た時、剛堂の戦士としての血が騒いだ。


が、「繰り上がりの法則」により、力が半分となった今の自分には何もできないことを、誰よりも剛堂自身が感じていた。


そして、教師として受け持つ生徒の一人であり、結果として自分がこの世界に巻き込んだ形となる真夏をいとも簡単に攫われた、不甲斐なさ。


今の自分では、どう足掻いでも力不足。

剛堂の複雑な心境は、結局のところ全てそこに帰結するのだった。


「繰り上がりを解除できる術でもあればいいんだがな・・・」


剛堂は一人、寂しげに呟いた。




「なんですかここ・・・」


中年教師に導かれ、ゲートを潜った先に李空が見たのは、大量の本が並んだ書庫であった。

イチノクニ学院には国中の本を集めた図書室が別にあるが、ここにある本の数は、優にその数倍だと思われる。


所狭しと並んだ本が放つ底知れぬ圧に、七菜も口をぽかんと開けて驚いている。


「俺は国語の教師だが、専門は考古学でな。こうして資料を集め、大陸の歴史について研究をしているんだ」


中年教師は説明し、いくつかの本が積まれた机に向かった。

その内の一冊を手に取り、七菜に手渡す。


「透灰に妹を呼び出して貰ったのは、こういった本の翻訳をお願いしたかったからだ」

「これは・・・」


その本に書かれていた文字は、零ノ国の『真ノ王像』や『偽ノ王像』の石版に書かれていた文字と同じであった。

中年教師は七菜の才『コンパイル』についての噂を聞きつけ、翻訳を頼むためここに呼んだのだ。


李空も本の中を覗き込み、七菜と顔を見合わす。


「なんだ?その文字を知ってるのか?」

「えーと、いや、変な文字だなって・・」


李空は言葉を濁した。

彼を疑っているわけではないが、零ノ国についての情報を無闇に話すわけにはいかないと考えたからだ。


中年教師は怪訝な表情を浮かべたが、まあいいかと自分を納得させるように頷いた。


「それで、翻訳できそうかな?」

「・・はい。できると思います」


七菜が頷くと、中年教師は少年のように目を輝かせた。


「それじゃあ、よろしく頼むよ!」

「はい」


七菜は早速本の翻訳を始めた。


ここにある本と石版の文字が同じとなれば、石版の内容の意図を汲み取る糸口になるかもしれない。

本の翻訳は、李空らにとっても実に興味深いものであった。


「あのー。ところで、こんなにたくさんの資料どうやって集めたんです?」


手持ち無沙汰となった李空が中年教師に尋ねる。


「あー、ある人物に協力を仰いでな」


中年教師は苦い顔をして言った。

その人物も非常に気になったが、李空の関心事の本質は、別のところに向いていた。


「・・ここの本。ほとんど『禁書』ですよね」


そう、六国がそれぞれ独立している状態である今。

その監視役を担う「央」によって、自国以外の国や大陸の過去に関する情報が載った書物は禁書扱いとなっているのだ。


全ての流通は「央」を通して行われ、禁書が紛れていた場合はそこで廃棄される手筈となっている。


「そうだな。だからどうした?」

「どうしたって・・・」


中年教師は一切悪びれずに言った。

それから咳払いをし、こう続けた。


「いいか、透灰。規則には2種類ある。秩序を保つためのものと、面子を保つためのものだ。そりゃあ前者は守る必要があるだろうが、後者はそうとは限らない。要は思考を止めるなって話だ」

「はあ」


中年教師の言い分は尤もであるように聞こえるが、ただの屁理屈であるようにも聞こえた。

口数が増えたところも怪しいと、李空は思考を回転させた。


「まあ、あれだ。知の欲求には抗えないんだよ」


目を細める李空に、中年教師は苦笑で応えた。


「この場所を厳重にしている理由はわかりましたけど、俺たちに教えて良かったんですか?誰かに話したらどうするんです」

「なんだ?脅しているのか」

「いや、そういうつもりじゃ・・」


言葉を詰まらせる李空に、中年教師はふっと笑った。


「冗談だよ。俺は、人を見る目だけはあるつもりだ」


その言葉に李空は悪い気がせず、視線を逸らす。

そこに、一冊の本のタイトルが映った。


「リ・エンジニアリング・・・」


それは、零ノ国会場を襲った男が発した言葉と同一であった。


と、その時。


「やっぱりここやったか、六下」


ゲートの方向から聞こえたその声に、中年教師、李空、七菜の3人の視線が集まる。


「平吉。学院では先生を付けろと言っているだろ」


中年教師。その名を六下は、ゲートを潜ってきた平吉に向けて、ため息混じりに呟いた。




───数時間後。


壱ノ国代表事務所には、多くの人物が集まっていた。


京夜や真夏を除いた壱ノ国代表に、中年教師の六下を加えた面子だ。


「知らない奴も多いやろうから、改めて説明しとこうか」


その者たちの前に立つ平吉が、横に佇む中年男性にちらりと視線を寄越して続ける。


「六下はイチノクニ学院の教師であり、サイストラグル部の顧問であり、元『TEENAGE STRUGGLE』壱ノ国代表選手であり、前壱ノ国代表監督や」

「ちょっと情報量が多すぎます・・・」


平吉の発言に、李空が困ったように呟く。六下は後ろ首をぽりぽりと掻きながら、気恥ずかしそうにしていた。

どうやら普通の教師だと思っていたこの中年男性は、凄い男であるらしい。


事実。監督として剛堂を一流の選手に育て上げたり、記憶を失った平吉の生活を援助したりと、壱ノ国代表の古参組とはゆかりの深い人物なのだ。


長い付き合い故に互いの信頼も厚く、六下は平吉に例の書庫の合鍵を渡している。


「と、六下の紹介はほどほどにしてやな。どうやら、事態は急を要するみたいや」


平吉の言葉に、六下が表情を引き締める。


「最後に確認だが、零ノ国の会場に現れたらしいその男とやらは、確かに『リ・エンジニアリング』と、そう言ったんだな?」


六下の問いかけに、李空らは頷いた。

六下は難しい顔をし、暫くの間沈黙。それから、ゆっくりと重たい口を開いた。


「『リ・エンジニアリング』。それは、人類再構築計画だ」

「じんるい、さいこうちく・・・・」


あまりに突拍子のない響きに、書庫であらかじめ話を聞いていた李空と七菜、平吉の3人以外は、言葉が出てこない様子だ。


「皆がおかしくなったでござる。これはそう、アニメの話。ということは拙者はついに二次元の世界に!?」


卓男に至っては、ぶつぶつと現実逃避をしていた。


頃合いを見て、六下が話を進める。


「今は昔。未知の大災厄によって、人類は滅亡の危機に瀕した。その災厄の名こそ、『リ・エンジニアリング』だ。その名から判るようにこれは天災ではなく人災であるという俗説があるのだが、今回の一件でその可能性がぐんと上がったな」

「つまり、この計画が完遂した時。人類は未曾有の危機に陥ると。そういうことでありんすね」


六下の説明を受け、架純が言う。

六下が「ああ」と相槌を打つと、部屋の空気がピンと張りつめた。


そんな、波一つない静かな湖面のような空気に、率先して石を投げ入れたのは平吉であった。


「まあ。良くも悪くも、これで闘う以外の選択肢は無くなったわけや。勝てば英雄、負ければ滅亡。わかり易うてええやんけ」


ニカリと笑ってみせる平吉。

それは他のメンバーに対する挑発の意も込められた石であった。


「そうだな。平吉の言う通りだ。俺もできる限りのことをやるぞ」


剛堂が言う。


平吉が投げ入れた石によって拡がった波紋は、その場に居る者全員に行き渡り。場の空気は一つとなった。


この中では最年長に当たる六下は、後任達の頼もしい姿を見て、満足げに頷いた。



「とういうわけでやな。今後はこの3班に分かれて行動しよう思う」


何やら書かれたホワイトボードの前から、平吉が呼びかける。


平吉の口から六国同盟会議での情報が共有された後、未知の脅威への対策として、一同は3手に分かれることとなった。


自らの足で情報収集を試みる、調査班。

六下の書庫で情報の解読に挑む、解読班。

六国同盟『サイコロ』に顔を出す、代表班。


以上の3つだ。


「ほんなら班編成を決めてくかいな。ワイは代表班として───」

「いや、お前は調査班にいくべきだ」


平吉の言葉を遮ったのは、剛堂であった。


「お前は頭が切れるが、参謀役ってタマじゃない。動いてなんぼのタイプの将だ。ここは俺が代表班にいくべきだろう」

「剛堂・・」


剛堂が平吉の肩にトンと手を置く。平吉は静かに頷いた。


そこからはトントン拍子に話が進んだ。


剛堂が代表班に。六下と七菜は解読班に。平吉と架純と李空は調査班に。それぞれ配属することが決まった。


「くうにいさま。頑張ってください」

「ああ。七菜も翻訳頼むな」


透灰兄妹は、互いに健闘を祈りあった。


「主人も調査班に入るあ〜る」

「今度こそ皆の役に立つえ〜る」


みちるも調査班に加わり、残るメンバーは卓男と美波だけになった。


「卓男。お前はどうすんだ?」

「拙者は・・・」


李空の呼びかけに、卓男は言葉を詰まらせた。


それから何かを決したように拳を握ると、「拙者もマイメんと一緒に行くでござる!」と、告げた。


「ん。あとは美波だけやな」


彼の中では一世一代の決心であったが、場の空気はすぐに流れた。


これで残すは美波だけであるが、彼女ほど器用な立ち位置にある人物はいなかった。


『ウォードライビング』を活かし、テレポーターとして調査班に同行する道もあれば、代表班で剛堂を支える道もあるだろう。


「私は・・・六下さんのとこにお世話になりたいです」


しかし、美波が選んだ道は解読班であった。

なるほど、壱ノ国代表の秘書的な役割も担っていた美波にとっては、膨大な書物を相手とする解読班も天職であるといえるだろう。


が、彼女の中で一番の決め手となったのは、その道の先に想い人の姿が微かに見えたからだ。


忽然と姿を消した墨桜京夜。

そこには何か理由が、意図があるはずだと美波は睨んでいた。


そして、その意図に辿りつく「鍵」は「歴史」にあると。美波の直感は囁いていた。

その「鍵」は、きっと真夏を救うことにも繋がるだろう。


「よし。決まりやな」


最後に美波の名前をホワイトボードに書き入れ、平吉はペンに蓋をした。


最終的な班編成は以下の通りだ。


調査班。平吉、架純、李空、みちる、卓男。

解読班。六下、美波、七菜。

代表班。剛堂。


「結局、俺は一人か」


剛堂が切なげに呟く。


「すみません、剛堂さん」


美波がペコッと頭を下げる。


「なに。出来ることの中にやりたいことがあるんだろ?それなら、迷う必要も引け目を感じる必要もない。まあ、少し心細いがな」


剛堂が乾いた笑みを浮かべると。


「ほんま。図体はデカイに、肝っ玉はちっこいんな」

「なんだと」


平吉が冗談めかして言い、剛堂がふざけ混じりに返す。


そんな二人のやり取りに、美波は優しく微笑んだ。



「それじゃあ、今日は解散や」


時間も遅くなってきたため、一同は一度解散。主な活動は明日からとなった。


「おい、剛堂。ちょっといいか?」


それぞれが帰路につくなか、六下が剛堂を呼び止める。


「なんです?」

「代表班を志願したのは、闘えないからか?」

「・・・・・」


剛堂は口を噤んだ。

それは、六下の指摘が図星であったからだ。


「繰り上がりの法則」によって、文字通り力が半減した剛堂。

闘えない自分にできることは限られている。剛堂の決断は、その延長線上にあるものだった。


「闘いたいか?」

「・・・・え?」


六下の唐突な言葉に、剛堂は間抜けな声を漏らした。

六下は含みのある笑みを溢すと、こう告げた。


「『繰り上がりの法則』を無効にする術があると言ったら、どうする?」


剛堂の表情が固まる。


20の歳に力が半減する「繰り上がりの法則」。

それは、この世界に数多とある法則の中で、最も有名で不変的な法則。


あまりに馴染みの深い法則だけに。

それを覆す術が本当にあるなど、聞いたこともなければ考えたこともなかった。


「本当に、そんな方法があるんですか?」


俄には信じ難いといった様子で、剛堂が尋ねる。


「ある。と、少なくとも俺は思っている」


六下の返答に、剛堂の身体が震える。


もう一度皆と同じ土俵に立てるかもしれない。

うっすらと見えた希望の光に、剛堂の本能は悦びを感じたのだ。


「俺は、俺は何をすればいいんですか」


すがるような剛堂の言葉に、六下は端的に答えた。


何もしなくていい、と。


「その術を探すため、既に動いている奴らがいる。お前はそいつらを信じて待て。自分にしかできないことをしろ。それが、今のお前にできる最善だ」

「・・・はい」


少しの間を開けて、剛堂は深く頷き、表情を引き締めた。




───明くる日。


先日、第一回六国同盟会議が行われた天幕には、剛堂と平吉、それから伍ノ国代表のキャスタの姿があった。


天幕のすぐ外には、二人を運んできた美波の姿も。

他国の将たちはどうやら自国に帰ったようだ。


「人類再構築計画、か・・・」


平吉から『リ・エンジニアリング』の話を聞いたキャスタは、突拍子もない話を咀嚼するように呟いた。


「その話が事実なら、男たちの動向を早急に調べねばならないな」


キャスタの言葉に、平吉は頷く。


「それでやな。ワイは情報を集めるために自ら動くことにした。これからの六国同盟会議には、代わりに剛堂が出ることになる」

「というわけだ。よろしく頼む」

「ああ、了解した」


剛堂が手を差し出し、キャスタが取る。


その時、天幕の入り口が開き、一人の男が顔を出した。


「話は聞かせて貰ったぞい」


その男とは、伍ノ国代表将 バッカーサであった。


「ふむ。うちのキャスタが『静の頭』なら、壱の将は『動の頭』。剛堂の小僧は、さながらハイブリッドといったところかの」

「何が言いたいんだ、頭でっかちの将」

「誰が頭でっかちじゃ」


キャスタの言葉に丁寧に反応するバッカーサ。

ごほんと咳払いをすると、剛堂に視線を寄越してこう続けた。


「これほど頼もしい助っ人はおらん。よろしく頼むぞ」

「こちらこそ」


バッカーサと剛堂は、互いに手を取った。



その後、剛堂を残して平吉と美波は壱ノ国に戻った。

美波は六下の書庫に行き、解読班と合流した。


して、平吉はというと、李空ら調査班を率いて電車に乗り込み、とある場所へ向かっていた。


「六下先生に持たされた。一体何なんでしょうね」


平吉の正面に座る李空は、自らの首に下げた首飾を持ち上げて言った。

その首飾りには、白い『鍵』のようなモノが付いている。


それは、イチノクニ学院を出る際に、


「そうだ。皆、コレを持っていけ」


と、六下が調査班全員に持たせたモノであった。


その時、平吉は「何やコレ?」と尋ねていたが、六下は「異常を察知したら握れ」としか言わなかった。


「六下は、ああ見えて子どもみたいなとこがあるからな。まあ時が来れば分かるやろ」


平吉は車窓を眺めながら言った。


それもそうだと李空は納得し、次いで気になっていたことを隣に座る人物に問いかけた。


「卓男。お前、なんで調査班を選んだんだ?」


李空はすっかり、卓男は解読班を志願するものだと思っていた。


調査班の仕事は、文字通り情報収集。

言い換えれば、相手が知られたくないであろう領域に足を踏み入れるわけだ。


壱ノ国代表の主力メンバーが一緒であるとはいえ、決して安全な役割とはいえないだろう。


「・・・ミト殿を助けたいんでござるよ」

「みと?・・ああ、実況者の」


そう、「央」と「零ノ国」が反転したというのが事実なら、あの時「央」の放送ブースに居た実況者のミトは、地下に落ちたことになる。解説者のオクターも同様だ。


「・・・もちろん真夏ちゃんたちもでござるよ」


卓男は俯いたまま言った。


「卓男・・・」


そんなルームメイトの姿に、李空は素直に感心した。

いつもは頼りない彼だが、こんなふうに誰かを想う時の行動力には、目を見張るものがある。


彼も彼なりに、自分のできることを考えているのだろう。


「ま、マイメん・・・」


卓男が顔を上げ、李空の方を向く。

その顔は、ひどく青ざめていた。


「お前、まさか・・」

「酔ったでござる」


異常を察知した李空は、大急ぎで車窓の鍵を開けた。



そんなこんなで調査班がやって来たのは、壱ノ国に住む者たちが才を授かる時に訪れる、教会であった。


「中に入るのは久しぶりですね」


大きな扉を開きながら李空が言う。


七菜が才を授かる時にも教会を訪れた李空であったが、中に入るのは自分が『オートネゴシエーション』を授かった時と合わせて2回目であった。


特に禁止されているわけではないが、神聖な場所というイメージから、才を授かるその日以外にココを訪ねることはまず無いのだ。


「まあ、しょっちゅう来る場所ちゃうからな」


平吉の声が室内に響いた。


「あれが、例の石版でありんすね」


架純が一方を指して言う。


教会内部の前方。その一点に注がれるように設計されたのであろう、外からの光が集中する、一所。才を授かるその瞬間に祈りを捧げる場所には、零ノ国にあったモノとよく似た、石版があった。


この石版こそ、今回調査班が教会に向かった理由である。


六下は前々からこの石版の存在を把握していた。が、その文字の所為で翻訳することは出来ていなかった。

しかし今回、七菜の協力を得られたことで、遂に翻訳が可能となったわけだ。


これまでの傾向から、石版に書かれた情報が『リ・エンジニアリング』に繋がる可能性も高いため、六下は第一任務として石版の調査を調査班に依頼したわけだ。


「さあ、マイメん。これを付けるでござる」


卓男が何やら取り出し、李空に手渡す。

それは、七菜が付けているモノとよく似た、カチューシャであった。


「やっぱり俺が付けなきゃダメか?」


苦虫を潰したような表情で李空が言う。


このカチューシャは、親となる『サイノメ』に遠隔で視覚情報を送信するサイアイテムである。今回は七菜の『サイノメ』が親として設定されている。


言わずもがな、石版の内容を解読班の七菜に送るためのモノだ。


本来は誰が付けても良いのだが、七菜たっての希望で、李空がその役を務める流れとなっていた。


仕方なしに李空が装着すると、調査班の皆は一斉に黙った。

それから平吉を筆頭に吹き出し、皆腹を抱えて笑い出した。


「よう似合うとるで」

「お似合いあ〜る」

「かわいいえ〜る」

「はあ。もう、さっさと終わらせますよ」


李空は半ば投げやり気味に言い、携帯電話を取り出した。

それから七菜に電話を掛ける。『サイノメ』だけでは音声情報は伝わらないため、別の媒体で音声を繋ぐ必要があるのだ。


「くうにいさま。着いたんですね」

「ああ。これが教会の石版だ」


李空は石版を見つめて言った。


「なるほど・・・」


少しの間があって、七菜は石版の翻訳を始めた。


「『才ノ役ハ災厄ヲ払ウコトナリ。最悪ガ迫リシ時、才ハ悪ヲ・・」

「最悪の災厄ですか」


石版に調査班の皆が集中していると、背後から男の声がした。


調査班の面子が一斉に振り返る。


そこには、零ノ国で真夏を攫っていった、片眼鏡の男が立っていた。


「「「「!!!!!」」」」


平吉、架純、李空、みちるは咄嗟に距離を取る。


「・・・え?」


あまりに突然の出来事に、卓男だけは反応できずにいた。


「くそ・・」


そんなルームメイトを見兼ねて、李空は今一度距離を詰め、卓男の肩を掴んで後方の平吉たちの方に引っ張る。

卓男と入れ替わる形になった李空は、眼前の男を睨みつけた。


「何しに来た!真夏は無事なんだろうな」


言いながら『オートネゴシエーション』で相手の才を測る。しかし、帰ってくる結果はエラー。男の才は依然不明なままだ。


「無事ですよ。彼女は我々にとっても重要な『鍵』なのでね」


男は李空の目を真っ直ぐに見据えて言う。


「そう構えないでください。今回は、大切なの皆様に挨拶をと思いましてね」


すると、その背後から二人の女の子がひょこっと顔を出した。


「今回は私たちもいるのなのなの」

「壱ノ国『信の王』。ジュン=ジェミニ、ぴこぴこ」


二人は仲良く手を繋ぎ、揃って礼をした。


「そして私は壱ノ国『知の王』。ジャヌアリ=カプリコーンです。以後お見知り置きを」


片眼鏡の男。カプリコーンが、調査班の面々に向けて礼をする。


「そんな隙、見せてええんかいな」


カプリコーンが頭を下げるのと同時に、李空の背後から平吉が飛び出す。


敵が隙を見せたら突く。勝負の世界に生きてきた平吉にとって、それは耐えず繰り返される呼吸と同じように、当然の行いであった。


平吉のその手が、カプリコーンの体を捉えたかと思われたその時。


「なっ!」


カプリコーンは一瞬の内に姿を消した。


「挨拶は言葉で交わすものですよ。まあ、こちらとしても好都合ですけどね」


その声は平吉の背後で鳴っていた。


「平ちゃん!」

「平吉さん!」


架純、李空が動く。しかし、二人の手は虚空を切る。

次の瞬間には、カプリコーンはまたしても移動していた。


「3人ですか。良いでしょう。まとめてかかってきなさい」


平吉、架純、李空の3人に向けて、カプリコーンが挑発と取れる言葉を投げかける。


明らかな格上相手とはいえ、数の有利はそう簡単に覆せるものではない。


「後悔してもしらんで」


乗らぬ手はないと、3人は駆けた。



「カプ、楽しそうなのなの」

「あんな表情、久しぶりに見たぴこぴこ」


二人組の女の子。ジェミニが、闘うカプリコーンを見て声を弾ませる。


「あの男の仲間ということは、主人の敵あ〜る」

「見た目には騙されないえ〜る」


みちるは両手の人形を外し、ジェミニに迫った。


「邪魔しちゃ嫌なのなの」

「来ないでぴこぴこ」


ジェミニが繋いだ手をみちるに向ける。


「「うわ!!」」


それに合わせて、みちるは後方に吹っ飛んだ。



「ご、ござるうぅ」


突如始まった2つの闘いを眺めながら、卓男はただただあわあわとしていた。



「そろそろですかね・・・」


体感時間が狂うような時間が過ぎる中。

平吉、架純、李空の3人の攻撃を遇らいながら、カプリコーンがボソッと呟いた。


「な、なんでありんす」


と、次の瞬間。その場に居る者たちを、強い揺れが襲った。


カプリコーンとジェミニが、同時に動きを止める。


「成功したようですね。ご協力感謝します。それではまたお会いしましょう」

「なのなの」「ぴこぴこ」


ただそれだけを言い残し、二組は忽然と姿を消した。


「またこのパターンか・・」


揺れに耐えながら、李空が呟く。

調査班の者たちは、一様に苦い表情を浮かべていた。


と、その直後。揺れの色が変わった。

地震の揺れとは明らかに違う。まるで大地が回転するように、調査班を取り囲む景色が回り始めたでなないか。


明確な変化を前に、平吉が何かに気づいたようにハッとした表情をする。


「『鍵』や!皆、『鍵』を握るんや!」


平吉の言葉に他の4人も思い出す。


調査班の皆は、六下に言われて下げていた、首飾を握りしめた。

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