『私』の戦い

まきや

第1話



 ダダダ……


 キンキン!!!


 ドッカーン!!



 あたりに耳をつんざく金属音が鳴り響いた。


 ここはソーサク国、カクヨム市。その最北端では、今日も激しい戦闘が繰り広げられていた。


 またひとり『私』が倒れた。斜めからの辛辣な跳弾コメントが、同士の頭を貫いたのだ。


 確かめる必要すらない。即死だった。


 私はあらためてボロボロになったヘルメットを被り直し、相手の気配を探った。だが彼らは巧妙にその姿を隠す。私には何も感じ取れなかった。


 あたりには朽ち果てた『私』の残骸が転がっている。残骸と表現したのは意図的だ。みな死んだわけではなく、とつぜん起き上がりペンを握り直す者がいるからだ。だがそれも長くは保たない。


 大半の『私』は挫折と再生を繰り返し、最後は風の前に塵となって消えていった。


「きさまら気張きばらんか!! 弾幕が薄いぞ! 手を動かせ! 書いて書いて書きまくれ! そんなナマクラな文章で読者あいて心臓ハートを撃ち抜けると思うなよ!!」


 死人さえ復活しそうな軍曹の怒鳴り声が、戦場に響いた。


 その言葉がカンフル剤となり『私』たちの動きが活発になった。ある者はペンで、ある者はキーボードで、スマホで、それぞれが必死に文字の弾丸を放つ。


 しかしまったく指の動かない者たちがいた。


「俺には戦いの才能がない」


「眠い」


「喉が渇いた」


「腹が減った」


「体調が悪い」


余興ゲームがやりたい」


「本業が忙しい」


「創作の神が降りてこない」


「おれはこの戦地ジャンルに向いてない」


「俺よりも活躍する奴が妬ましい」


「読者の反応/無反応が怖い」


 理由が理解できた。私も誘惑に身をゆだね、何度戦場を離れたいと思ったことか。


 私が戦っている相手――読者は不思議な存在だった。


 敵のようであり、味方でもある。優しく手を握ってくれる時もあれば、とつぜん牙をむき出しにして襲われたりもする。


 軍曹は言う。


「奴らは何人いるか分からない、無限の存在だ。ひとりひとりを区別することは極めて難しい。お前たちの持っているクソみたいな弾が、すべての相手に効くと思ったら大間違いだ!」


「軍曹! 私はどのように戦えばよいのでしょうか!」


「馬鹿者! そんな簡単に答えを求めるな! 強いて言うなら、相手を無限に打ち寄せる海の波だと思え! お前らの出来ることは、作品たま小瓶ボトルに詰めて、ひたすら海に放り投げる事だけだ! 誰かに拾われることを期待せずにな!」


 ひとりの弱りきった『私』が軍曹の足元にたどり着き、作品を差し出した。


「……できました。どうでしょうか?」


 彼が紙面をにらんだのは、わずか数秒にすぎない。だが軍曹は鼻を鳴らすと、作品を粉々に引き裂いてしまった。


「こんな軟弱なアイディアが、いまの読者の胸に刺さると思うか! 出直してこんか、この大馬鹿者! 貴様に比べれば、サーカスの象に文字を書かせる方がよっぽどましだ!」


 可愛そうな『私』は真っ白になり、大気のちりとなって消えていった。


「他に根性のある奴はおらんのか! 早く作品を撃ち込まないと、次の相手が押し寄せてくるぞ!」


 誰もが怯える中で、私はひとり立ち上がった。


「貴様、作品が出来たのか?」


「いえ……でも伺いたいんです。軍曹、この戦いに終わりはあるのですか?」


 怒鳴られると思った。しかし軍曹は真面目な顔で答えた。


「無いとは言わん。この肥溜めみたいな戦場を抜き生き延びれば、いずれその者の前に天空ヴァルハラにかかる橋が現れるという。それが貴様を次の高みへと引き上げるだろう」


「そんな夢のような話があるのでしょうか?」


「確証はない。大抵の者は戦うことを捨てむくろとなって土に還る。だがあの兵士を見ろ」


 軍曹が示したのは、ヨボヨボになってなお戦う老兵の姿だった。


「彼はまだ戦いを止めていない。諦めればそこで道は途絶える。残るのは足跡のみ」


 とつぜん上空に警報が鳴り響いた。


「帝国から次の出撃命令テーマが出たぞ。すぐに相手が押し寄せてくる。戦闘準備!」


「もうかよ!」


 『私』たちの不平の声が響く。軍曹が怠けた態度の者たちを叱ろうと口を開いた。


 その時だった。


 隠れていた読者の銃口辛辣なコメントがキラリと光った。それは私に向けられていた。


「よけろ!」


 言葉と同時に放たれた弾が、私をかばった軍曹の胸を撃ち抜いた。傷は致命的だった。


「どうして……私を……」


「お前たちは……『仲間』だからだ。かつては俺も前線ここで戦っていた。だが道半ばにしてくじけてしまった。そんな俺に出来ることは……お前たちに教えること……だけ……」


「軍曹!」


 軍曹は震える手を伸ばした。


「進め……戦うのだ。泣き叫んでも、落ち込んでも書き続けろ。死ぬまで相手に弾丸を撃ち込んでやれ。それが創作という道を選んだ者ができる……唯一の……誇りプライド……」


 その言葉を最後に、軍曹は息を引き取った。


 私は立ち上がり、友軍に向かって叫んだ!


「戦え『仲間』たち! 軍曹の分まで……朽ちていった奴らの分まで! 自分を信じて作品たまを撃ち続けろ!!」





(『私』の戦い    おわり)

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『私』の戦い まきや @t_makiya

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