私が小説を書き始めたワケ

ぽんぽこ@書籍発売中!!

わたしというもの

 私は負け犬だ。

 社会における、どうしようもない屑のような人間だ。

 いや、世の中で頑張っている人たちと同列にしては申し訳なくなる。

 人間のカタチをした、呼吸をするゴミだ。



 元々はプライドの高い人間だった。

 薬科大学をストレートで卒業し、大手グループの病院に問題なく就職し、それと共に恋人もできた。

 まさに順風満帆。

 同僚にも恵まれ、忙しいながらもやりがいのある楽しい毎日を送っていた。


 だが、いつからかその日常の歯車は少しずつ狂い始めていた。


 朝は4時に起き、仕事に向かう。昼も食べる暇もなく残業、終電で帰る。

 当直があれば36時間勤務し、帰宅後に酒を喰らって気絶するように眠る。


 そんな生活を数年も続けていると、身体がおかしくなってきた。

 酒が無いと眠れないのである。


 それだけではない。

 直属の上司がマトモに仕事をしないツケを私が毎日にのように払う羽目になり、部長から仕事ができない人間というレッテルを貼られるようになってきたのだ。


 薬剤師にもノルマがあり、それが実績として月ごとに部署内に張り出される。

 そしてそれを発表され、成績の悪い者はお叱りを受ける。


 自分は仕事ができるはずだ!

 そんな安いプライドを持っていた私は、その直属の上司の分まで必死に働いた。

 ありとあらゆる策を講じ、先回りをして、根回しをして、プライベートを犠牲にして……


 だけどその結果はというと。

 私の仕事量が単に増えただけであった。

 おかしい。それはオカシイ。

 いや、おかしくなっていたのは私の方だった。


 トドメは婚約までいっていた恋人との別れだった。


 私の精神はもう、限界だった。




 そしてその後の数年間、私の記憶はあやふやだ。

 酒に溺れるとはまさにこのこと。


 どうにか仕事を辞めたとは思うのだが、私は入院してしまっていたし、抜け殻のような生活をしていたので、ほとんど覚えていない。



 とまぁ、ここまでが第一部なのである。


「え?」と思うかもしれないが、ここまでの文字数は約800字。

 だいたい半分である。


 私は入院を含めた精神的な療養を経て、どうにか復活を遂げた。

 むしろその頃の私はリハビリを重ね、むしろタフになっていたと思っていた。

 様々な悩みを持つ人と交流し、自身の考えや思いを伝えあうといった恥ずかしい経験は「もう自分は失うモノは無い」といったある種の開き直りがあったのである。


 やたらテンションの上がった私は再就職の活動を始めた。

 幸い、薬剤師というのはまだ売れ筋の職業であり、それほど苦労はしなかった。

 前職でいろいろな経験をしていたのも良かったのかもしれない。

 割とすんなりと新しい職場に就職することができた。


 更に調子に乗った私は、なんとここで独り暮らしを始める決意をしたのだ。

 そう、心機一転。人生のやり直しを誓ったのだ。


 もうこの時点で私の頭の中はお花畑。

 職場の人たちにはデキる人間だと持て囃され、仲良くなった他職種の人たちを家に呼んで朝まで飲み明かす。

 そして新しい恋人と同棲なんかしちゃったりして……

 そんな妄想でいっぱいだったのだ。



 まぁ現実はそんなに甘いわけがない。

 正直ココに書こうと思っただけで手が震えそうになるほどに、その職場が劣悪な環境だったのだ。


 それこそ、前職が可愛く思えるほど。

 僅か一週間で私の体重は10kgも減少し、食事も何も喉を通らなくなった。


 辞書のようなマニュアルを完璧に脳内に叩き込まないと尋常じゃないほど叱られるので、帰宅後は涙目になりながらひたすら資料を読み続ける毎日。

 プレッシャーで夜は眠れなくなり、高熱と寒気でガタガタ震えながら過ごしていた。


 あのバラ色の妄想なんて、とっくに霧散してしまっていた。



 そうしてその後の記憶は再び私の中から吹き飛んだのである。



 しかし、その辛い期間でも僅かに思い出せることがある。

 それは眠れない時、布団の中で御守りのように震える手で握っていたスマートフォン。

 そのスマホで私は、つらい現実を誤魔化すようにひたすらネットの海を彷徨っていた。



 その日はたしか、漫画をダウンロードして読んでいたんだと思う。

 もう単行本を買いに行く気力も無かったので、私はそうして好きだった娯楽を貪るように過ごしていたのだ。


 そのダウンロードサイトの広告に、コミカライズしたいた超有名某ラノベがあったのである。


 暇潰しの感覚で、そのコミカライズのサンプルを読み始めた私。

 それまでラノベといったものに抵抗感があり読んだことは無かったが、不思議と面白いと感じた私はその原作を手に取ることにした。



 その後はもう、スマホが壊れるかと思うほどハマった。

 寝る間も惜しんで、ありとあらゆるラノベを検索し、読み始めたのだ。


 それまで活字を読むのが苦手だった私も、ラノベだったら抵抗も無く読むことができたのも理由の一つだと思う。


 気付いた時にはもう、私の生活の中心はラノベになってしまっていた。



 しかし、それにも終わりが訪れる。

 ――あらかた読み終わってしまったのである。


 1000話以上ある作品も、最新話まで読了。

 仕方がないので数十万字からある作品で検索し、人気順で読み始めるがそれも読破。

 諦めきれずにこの数ヵ月でランキング上位になった新作も読んでみるが、あっという間に終了。



 私は絶望した。


 なにを……なにをして私は生きればいいの……?

 唐突の生き甲斐の終わりは私を再び生き地獄のどん底に叩き落されたのである。


 だが、ここまで何度も絶望を味わった私はへこたれなかった。

 そこで私は思ったのだ。


『書いて……みるか……?』


 読む物が無いのなら、自分で読みたい話を書いてみればいいじゃない。

 そう思ったのだ。


 どうせなら私がラノベに救われたように、どこかの誰かにとっての気分転換になれるような、そんな楽しい作品が書きたい。

 高尚で立派な内容なんかじゃなくたって、少しでも元気になってくれたら嬉しい。

 そう思ってスマホを片手に執筆を始めたのだ。



 そして2020年7月、投稿開始。

 薬剤師だった自身を題材にして、私は異世界に旅立った。




 そうして読者だった私は作者として生産者側に立ち、約9か月が経った。

 嬉しいことに予想以上の方々に読んでもらえ、感想やレビューもいただくことができた。

 面白い、感動したといった言葉は私の心をいつも励ましてくれた。

 あまりに嬉しすぎて、何度もスクリーンショットを撮って保存したほどである。


 さらに作者となったことで、同じ作家仲間と出会うことができた。

 同じようにつらい経験をしてきた人や、本気で書籍化を目指す人。

 書くのが好きだったり、クセの強い面白い人。

 いろんな人と知り合うことで、この界隈がもっと好きになった。


 私は冒頭でも述べた通りどうしようもないゴミクズだが、そんな私でも仲間と慕ってくれる人もいる。



 まだ作家としてはヒヨっ子過ぎて、大した作品も遺せてはいない。

 だけどこうしてラノベを通して、いろんな方々と触れ合うことで少しずつ人間らしさと取り戻せているような気もする。

 今もこうして、私は生きていられるから。



 だからこうして私の独白のような文章をここまで読んでくださった貴方も、私にとって大事な読者であり、仲間であり、私を救ってくれている恩人なのである。


 心より感謝を――ありがとう。







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