クラスメイトの陽キャギャルに小説を書いてる事がバレた!?

スズヤ ケイ

バレた!?

「ねぇ立花たちばな君。これって、君が書いてるんでしょ?」


 ホームルームはとっくに終わり、閑散とした教室で。


 他のクラスメイトがいなくなった頃を見計らったように、澄田すみださんが僕へ放った一声がそれだった。


 2年B組澄田香織すみだかおり

 華やかで可憐で、いつも周りに笑いと人が絶えない、太陽のような少女。


 一人でいる事が好きな僕とは真逆の人種だ。


 そんな彼女が手にしたスマホの画面には、見慣れた文字列が写っている。


 それは完全な不意打ちだった。


「ぶぉあああああ!?」


 僕は思わず奇声を上げてスマホの画面を両手で覆い隠した。


「おっとー。その反応だと、正解みたいだね」


 僕の手をするりとかわし、澄田さんはにまりと笑った。


 見た事も無い、意地悪そうな顔だ。


「ちょ、ま……! こ、この事は誰かに言ったり……」

「まだしてないってば。まあまあ、落ち着いて」


 パニックでばたばたと挙動不審に陥る僕の肩に、澄田さんは宥めるようにやんわりと手を置いた。


 ……顔が近い。


 バクバクと心臓を鳴らし、言われるままに深呼吸をする僕を、澄田さんはにこにこと見守っている。



 全く状況が理解できない。


 僕は小説を書くのが趣味で、投稿サイトで公開もしている。


 先程見せられたのは、その僕の作品ページだったのだ。


 でもその事は、家族を含めて誰にも言った事がない。


 どうしてバレたんだろう。


「な、なんでこれを、僕が書いたと思ったの……?」


 恐る恐る僕が尋ねると、澄田さんは少しだけ間を置いて僕と視線を合わせてきた。


 その目が真剣みを帯びたように見えて、一瞬僕の心臓が跳ねた。


「立花君さ、いつも皆が帰るまで残ってるよね。部活もやってないのに。教室でずっとスマホいじってるのが、ずっと気になってて」


 僕は家に帰るとだらけてしまうので、誰もいない教室を利用して、スマホでちょこちょこ執筆するのを日課にしているのだ。


「僕を……観察してたって事?」

「うん。スマホをいじってる時の顔、なんだかすごい楽しそうだったからさ、つい見ちゃってたんだ」


 そう言って、澄田さんは頭をかいてみせた。


 クラスの人気者が、僕の事を見ていたなんて思いもしなかった


 僕の胸を、不思議な高揚が満たしていく。


「そ、それで……?」


 思わず身を乗り出しそうになるのを抑えながら、先を促してみる。


「初めはゲームでもしてるのかと思ってたんだけど、時々、独り言が聞こえてきて」


 少し後ろめたそうにしつつ、澄田さんはいくつかの単語を口にした。


 全て、僕の作品に出て来るキャラクター等の名称だった。


(何てことだ! 話を考えながら、うっかり口に出してたのか!)


 頭を抱えて叫び出しそうになった僕を、澄田さんの言葉が押し留めた。


「それが、私の好きなweb小説に出て来る固有名詞だったから、びっくりしちゃった」

「……なんだって?」


 ──聞き間違いだろうか。



 今彼女は……僕の小説が好きだって、言ってくれた……のか?



 僕は呼吸を整えると、意を決して澄田さんに向き直った。


「ちょっと確認させて欲しい……僕が口にしたキーワードで検索したんじゃなくて、最初から僕の小説自体は知っててくれたって事で……合ってる?」

「そうだよ。ほら、証拠」


 僕の慎重な質問に対して、澄田さんはあっけらかんと返し、自分のスマホの画面を再び指差した。


 そこには僕の小説のページ。


 よく見れば、サイトにログインした状態でしか表示されないユーザーネームが表示されている。


 それを確認した僕は、今度こそ叫んでしまった。


「──スミダヌキさん!?」


 僕は決してファンが多い作者という訳ではないけど、何人かのフォロワーさんが付いてくれている。


 中でもスミダヌキさんは、僕が連載作を更新する度、毎回必ず応援コメントを書いてくれる数少ない一人だったのだ。


「まさかこんな近くにいたなんて……」

「偶然って、あるんだね。これこそ、事実は小説よりも奇なりって感じ?」


 唖然とする僕に、澄田さんはくすくすと笑いかける。


 スミダヌキさんの情熱溢れるコメントは、毎回僕に活力を与えてくれた。


 特にPVが多くもないのに、今までずっと執筆を続けてこられたのは、間違いなくその存在があったからだ。


 その想いと澄田さんの姿が重なり、僕の視界はぐにゃりと輪郭を歪めていった。


「……ありがとう……!!」


 自然と、僕は深々とお辞儀をしていた。


「え、ちょっと、何!?」


 頭上で澄田さんの慌て声が聞こえる。


 僕は姿勢もそのままに続けた。


「君が僕の背中をずっと押していてくれたんだね。本当に、ありがとう」

「い、いいってば。お礼はコメントで聞いてるんだし」

「それでも、直接本人にお礼が言えるなんて事、そうそうないんだ。いくら言っても足りないよ」


 腰を90度に曲げた僕の肩を、澄田さんがぐいっと引き上げた。


「もういいから! ……大体順序が逆だよ。私が、君の小説で元気を貰ってるんだから」


 正面に顔を合わせてはいるけど、目線だけは決まりが悪そうに泳がせながら、澄田さんはぼそりと呟いた。その頬をほんのり桜色に染めて。


 生暖かいものが、僕の顎を伝って落ちる。


 僕の小説は独りよがりじゃなかった。

 ちゃんと誰かに……彼女に届いていたんだ。


 この感動は、どう表せばいいだろう。


「あーあ、なんか調子狂っちゃった。これをバラされたくなかったらって体で、言う事聞いて貰おうと思ったのに」

「……そんな事考えてたの?」

「まぁねー」


 わざとふてくされたように言う澄田さんに、僕は目を丸くしてしまった。


 僕みたいなぼっちが小説を書いてるなどと言いふらされたら、穏やかな学校生活がどうなるか。

 考えるだけで恐ろしい。


 それと引き換えの要求なんて、どんなものが飛び出すのやら。


 これは感謝撤回か……?


 僕がそんな事を思ったのを見透かしたのか、澄田さんはふわりと微笑んだ。


「例えば……更新ペースをもっと上げて、とか。どう?」

「……ははっ! それは痛いとこをつくなぁ」


 僕は止まらない涙をそのままにして笑った。


「それくらい、続きが気になるって事。なんなら書いてるとこ見てていい? 今度は近くで!」

「ええ? それはちょっと……」

「減るものじゃないでしょう? あ、代わりに私の作品も読んでみてくれないかな」

「え、スミダヌキさん名義では投稿をしてないよね?」


 僕の疑問に、澄田さんはマイページの下書きを見せてきた。


「ジャーン! 君に触発されて書き始めたの」

「おおー……」


 そこには流麗で奔放な、彼女らしい文体が踊っていた。


「そう言う訳で、指導よろしくね。先輩!」


 その作品と同様の弾ける笑顔で、手を差し出す澄田さん。


「僕が教える事なんてなさそうなんだけど……」


 苦笑しつつ、僕は握手に応じた。



 心臓の高鳴りが止まない。



 これが、読者さんと直に交流できた喜びなのか、物書き仲間が増えた興奮なのか。

 はたまた、別の感情から来るものなのか。


 今の僕には説明ができなかった。



 ただ、一つだけは断言できる。



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クラスメイトの陽キャギャルに小説を書いてる事がバレた!? スズヤ ケイ @suzuya_kei

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