第4話  [出発進行!]


[出発進行!]




さて、21時45分。

出発時刻となる。

空気が解放される音がし、ドアが閉じられた。


秒の間隙を以て列車は衝動なく動き出す。

機関車牽引の列車よりもスムーズな引き出しは分散動力車両らしさが伺われる。

自動車で言えば、前輪駆動と4WD、の違いのようなものか。

レール・ジョイントの通過音も、間接的なサウンドとしてくぐもった響きに聞こえるが

この辺の重厚感は583系ならではで、オハネ25など客車列車の軽快な

乗り味とはまた違った良さである。


滑るように列車は上野駅のホームを離れてゆっくりと進行する。


並行したいくつもの線路が銀に輝き、駅周辺の賑わいが極彩色の様相。

不況どこ吹く風、と。台東区はエネルギー感のある地区のように見える...



車内はまだざわついているが、車掌のアナウンスがここで入るのも雰囲気である。



...本日は、JRご利用ありがとうございます。この列車は、臨時寝台特急"はくつる"

81号、青森行きとなります...



青森訛りの言葉もいい感じである。どこか暖かみを感じるのはなぜだろう...

ゆっくり、しっかりとした語りは特急列車に相応しい。



車窓に尾久駅が流れ過ぎて行く。

対面は尾久客車区の筈だが、寝台のカーテンに遮られて見えない。

おそらく24系25形"はくつる"などが待機している事だろう。




停車駅、車両の紹介をして、おやすみ放送となる旨を伝えて簡潔に。

チャイムがヴィヴァルディの四季より"春"なのがやや残念な感もある。

新製当初は鉄道唱歌だったはずだが...と朧気な記憶を辿ってみるが

やはり鉄道唱歌だったように思える。


民営会社、東日本旅客鉄道株式会社としては鉄道唱歌、では

ややイメージが堅いと判断したか、それとも更新時に既製品で

代用したか。


いずれにせよ、リニューアル583系としてのイメージは良いであろう。

パステルトーンの洗面所なども、かつての白い陶器とアルミ地の無機的なイメージ

とはかなり印象は異なり、ソフトムードであるし、寝台カーテンなどもカラフルなもの、

シートモケットなども以前とは異なり、明るいイメージになっている。



さて、583系"はくつる" 81号は速度を上げ始め、特急らしい走りの片鱗を見せ始めた

大宮までは見慣れた通勤区間、通称京浜東北線の駅を横目に見ながら速度を保つが

せいぜい100km/h程度といったところで、本来の最高速ではないようだ。






[いつものような夜行風景...でも。]




大宮到着は22:12。

窓からのぞくホームには、カメラをもった青年が多数。

この列車からもばらばら、と降りてゆく。

乗車客はほとんどなし。


小休止、の後、おもむろに出発。

いくらか車内が落ち着いて来たようで

それぞれ、自分の寝台に収まった様子。

通路を歩く人も減ってきた。

帰省客らしき家族連れ、ひとり旅、ふたり旅...

寝台のカーテンを開けて、壁に寄りかかりながら弁当を食べていたり、

お酒を飲んでいたり、と。

寝台高さが足りないので、少々窮屈そう。

さすがに下段寝台の灰皿を使って喫煙する豪傑はいない

(居たらドリフのコントだが。)


下段寝台は幅が広く、物置きには困らないが

車輪つきのスーツケースなど、汚れものと一緒に眠るのは少々困るだろうな、と思う。

客車寝台のように、上段の横、廊下の天井裏が物置になっているような構造ではないから、

583系の中、上段を指定した乗客は手荷物置き場に少々困ることになるだろう。

国鉄時代なら鉄道小荷物で送るとか、乗客案内掛に頼むという手もあっただろうけれど。


寝台のあちこちで聞こえていた談話の声などもそろそろ静まって来、

22時を過ぎ、車内も減光されて夜行列車のムードが高まる。

カーテンを閉じて眠りに入る方もちらほら見受けられるが

ダイア通りに運行されれば青森着6:58と早く、用務に就くなら

適当な時刻設定だが、やや睡眠不足気味になるかもしれず。

踏切の通過音が高く、低く。

近づいてくる音源は音が高く聞こえ、離れてゆくものは低くなって聞こえる、

という物理の教科書通りの音の伝搬を実感する事が出来るが

そう、高架線ではなく地上線に降りてきたのだ。

踏切の音が聞こえる事からそれと分かる。




~幻想飛行~



次の停車駅は宇都宮、23:24分着。

ここまでは"宇都宮線"と愛称が付いていて、湘南色の近郊電車が走っているが

どことなく東北本線らしくないような気がするのは古い感覚なのだろう。

どうも、イメージとしては客車列車だが、普通客車列車はもう存在していないのだから。



このあたりまで来ると583系もそろそろ本領を発揮し始める。

重量感あふれる乗り心地。

かなりの質量の物体が高速で慣性を以て走行する、という乗り味は

鉄道車両ならではのものだ。中でも寝台列車、レールの向きに並行に

寝ると加速度、減速度が体に伝わる感じは、幻想としては

空を飛んでいるような状態に近いのではないか、とも思える。

鳥などの飛翔感覚はこんな気分なのかな、と、少年期に583「ゆうづる」に

乗車した時、上段ベッドでそんな風に思ったことを記憶しているが

地面に並行な状態で高速に移動するという状態が子供心に

とても新鮮だったから、そんな風に思ったのだろう。




[交流?]



黒磯には0:08分。


ここまでは直流で、この先は交流というややこしい方式のため

かつての客車列車などはここで電気機関車を交換していた。

だから上野駅では直流機、EF58であるとか、後になってEF65などの

青基調の塗装がブルー・トレインによく似合いのペアリングと見えた。

前面警戒色と呼ばれるクリーム色の塗り分けがないEF58などは

客車列車「はくつる」の紺色のヘッドマークにマッチしていたように思える。

現在でもこのヘッドマークは使用されているが、赤いEF81に装着されていると

また際だったワンポイントのようにも見える。


さて、583系は交流、直流を問わず走行が可能な車両だ。

前身となった581系が「月光型」と愛称があるように山陽特急仕業が

念頭に置かれていたためと言われている。

山陽本線は直流電化だが、九州内では交流電化であるため

当時は直通列車が多かったのでそのように設計されたのであろう。



その交流/直流の切り替えはどのように行われるか、と言えば

惰性で車両を走行させ、電気の流れていない区間を通過させる間に切り替える

という手品のような方法で行われているので

走行中、注意していると一瞬、室内の灯りが消えるのでそれと分かるが

客車列車などでは発動発電器で給電される例が多く、気づく事は少ないだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る