第7話 祖母は武闘派

 生まれ育った町を出発したその日の夕刻。至極平和なまま、俺たちは最初の目的地であるルフの町に到着した。


 このルフの町は、お祖母様ばあさまが住んでいるので立ち寄って話をすることにしたのだ。

 それだけではなく、先祖代々のお墓もここにあるので、シルバードーン領から王都に向かう街道からは外れて多少遠回りになるのだが、どうしても立ち寄る必要があった。


 なぜ領地の中心であるシルバーグレイスの町ではなく、なんの変哲もないルフにシルバードーン家のお墓があるかというと、家の発祥がこの町らしい。正確には、初代シルバードーン男爵がここの出身らしい。その初代様の遺言でこの町にお墓を作ったので、以後の子孫たちもこの墓所に眠ることが決まりとなったという。


 俺の祖母レティツィア=ミル・ロッシーニ・シルバードーンは、父上が戦死して代替わりがあった時点で、息子と夫の冥福を祈るためといって、このルフの町に移住してしまった。とはいえ、たまにシルバーグレイスにも来ていたので、完全に引きこもっていたというわけでもない。フランが生まれたときなどは、けっこう長く屋敷に滞在したりもしていた。


 俺も可愛がってもらったが、フランのことは唯一の女孫だからか、特に可愛がっている。フランもとても懐いていて、はしゃぎ疲れて今は眠ってしまっているほど今日は朝からご機嫌だ。


「ほら、フラン。そろそろお祖母様の家に着くぞ」


 お祖母様は俺たち身内には優しい人なのだが、礼儀作法については厳しい。シャキッとして挨拶しないと怒られるので、フランを起こす。今日以降、いつ会えるかもわからない、下手をすれば今生の別れにもなるので、そういう事態は避けなければならない。


「んん……、着いたのぉ?」


 フランがぐしぐしと目をこすって、うーんと伸びをする。


「ああ、もうすぐだ。ちゃんと挨拶しような」


「分かった~」


 俺も身だしなみを整えて、到着を待つ。さほど時間をおかず、馬車が停車したので、まずは俺から馬車を降りる。続いて出てくる母上とその後のフランに手を差し出してそれぞれエスコート。最後に降りてくるサマンサさんのエスコートは御者のセバスに任せる。家族ではないので、ついでにと思ってエスコートしてしまうとマナー違反となってしまうので注意。


 後ろの馬車からもぞろぞろと降りてきて、三列に並び始める。前の列は俺を中心に、左手側に母上、右手側にフランが並び、その他の面子はセバスを除き、俺たちの後ろに少し間を開けて三人と四人ずつの横二列で。


 列に入らなかったセバスが玄間越しに来訪を告げると、間を置かずに扉が開いて、お祖母様が登場。相変わらず姿勢のきれいな人である。歩き方にも品がある。


 お祖母様が立ち止まってから一拍おいて俺が代表で挨拶する。


「お久しぶりですお祖母様。レオナルド=ガラ・シルバードーンが旅立ちにあたり、暇乞いのご挨拶と祖霊の墓前に祈りを捧げに参りました」


 簡潔に来訪の意図を告げ、左胸に手を当てて、30度の角度で腰を折る。母上とフランはスカートをつまんで淑女の挨拶カーテシーをし、俺からは見えていないが後ろに並んだ者たちは俺よりも深く頭を下げる。


 これが正式な訪問のマナー。本来であれば身内の家に訪問するのにここまで仰々しくやらなくてもいいのだが、お祖母様の家に来る時はこうするのが慣例になっている。


 「ようこそ、我が家へ。レオナルド=ガラ・シルバードーン様御一行を歓迎します。お茶を出しますので、どうぞ中へお入りくださいな」


 お祖母様はニコリと微笑みながら道を開けるように脇に避ける。お祖母様によるマナーチェック合格の印である。なにか粗相があった場合にはその場でお説教が開始される。使用人の無作法であっても代表の俺の教育が足りないという理屈なので、時間的には短い挨拶でも、緊張感がある。


「お祖母様、毎回これをやるのもホネなんですけど」


 合格後は無礼講になるので、これくらいの軽口は許される。


「何を言うんだい。これくらいはごく自然と出来なければ他所で恥をかくことになるのだよ。でも今日はよく出来たね。これからも紳士らしい振る舞いを心がけなさいな」


 ポンポンと俺の肩を叩いて、微妙に別れを予感させるようなこと言うお祖母様。続けて母上と話をし、フランとハグをしたりして、順番に一人ずつ、初対面のサマンサさんを含めて全員に言葉をかけていく。礼儀作法を重んじるだけあって、自身もこういう気配りを欠かさないところはさすがだと思う。


 その後は堅苦しいこともなく、日当たりの良い部屋で互いの当たり障りのない・・・・・・・・近況などを報告する。


 俺はシルバーグレイスの町の現況などを話し、母上は最近の社交界の流行や、他家の噂話などで盛り上がる。フランは、自分が刺繍を施したハンカチをプレゼントして、猛烈に喜ばせていた。


 女3人よれば姦しいとは、前世で聞いた言葉だが、こちらでは母上とお祖母様の2人だけでも話は尽きないようだ。そこに俺とフランが加わればなおのことである。


 お祖母様お手製のくるみパイを食べ、紅茶をお代わりしながら、日が暮れるまで俺たちは話し続けた。


 やがて夕食の時間となり、お祖母様のマナーチェックが再度行われたが、これはスムーズに突破して、食後の団欒となる。


 暗黙の了解で、廃嫡と追放の顛末も説明する流れとなるのだが、母上の再嫁のくだりは他には聞いてほしくないので、別室でお祖母様と2人きりにしてもらった。


 これまで俺が受けてきた仕打ちから、アブラーモの息子(俺の従兄弟)カストとの待遇の格差に話が進むにつれ、お祖母様の瞳には、隠しきれない怒りの炎がありありと見て取れた。そして、つい先日の廃嫡・追放宣言でお祖母様は自分の味方をするはずという勘違いと母上の再嫁に関わる決闘未遂に話が及んだ時点でお祖母様の怒りは限界を超えたようで、「ちょっと出てくるよ」と言いおいて、そのまま立ち上がって部屋を出ていってしまった。とても声をかけられる雰囲気じゃなかった。


 しばらく待ってもお祖母様が戻らなかったので俺は部屋を出て談話室に向かったのだが、当然そこにお祖母様はおらず、母上とフランがトランプで遊んでいるだけだった。


「お義母さん、相当頭に来てたわね。まあ、息子が孫を追放だなんて、怒りたくなるでしょうし情けなくも感じるのでしょうね」


 お祖母様は、もう寝ると言って私室に引っ込んだらしい。フランはお祖母様の怒りのオーラに触れてちょっとシュンとしている。


 俺はフランを膝に乗せてあやしつつ、


「──セバス。お祖母様の様子を見てきてくれ。怒りのあまり卒倒でもされたら困る」


 と指示を出した。セバスは無言で頭を下げて談話室から退出した。


「俺が悪いとは思いませんし、誤魔化すわけにもいきませんが、お祖母様にはほんとに申し訳ないとしか」


「そうよね、説明するのだって気苦労よね」


 俺と母上が揃ってため息をつく。フランは後頭部で俺の胸をぐりぐりしている。


 「今日のところは、ここまでですね。お祖母様の様子次第では明日出発の予定を日延べしましょう。流石にこのまま出発するわけにはいかないですし」


「それも仕方ないわね」


「フランもそれでいいかい?」


「もう一晩おばあちゃんのうちに泊まるの?」


「そうなるかもしれないんだ。フランはどうかな?」


「もちろんいいの!」


 ききわけのいい妹の頭をぐりぐりして少し和む。


 明日になれば、もう少しお祖母様の気持ちも落ち着くだろう。そう考えて俺もトランプに加わって気持ちを落ち着ける。遊び方はババ抜きだ。できるだけギャンブル色のない遊び方ということで俺がリクエストした。

 

「むーーー! またババ!」


 まんまとババを引いたフランが頬を膨らませる。


「母さま! ババ引いて!」


 身も蓋もない要求をフランがするが、母上はおっとりと「勝負は非情なのよ」と取り合わない。7歳の娘に対してその突き放し方もどうなんだと思うが、実際母上はサクッと1枚を引いて、自分の持ちカードの1枚と合わせて2枚を場に捨てた。結局そのゲームは母上の勝ち。フランの負けとなった。


 そうして勝ったり負けたりしながらトランプを楽しんでいると、にわかに外から何かを言い合う声が聞こえた。


「喧嘩ですかね」


「それにしては声が近いわ……」


「若様! 大変です!」


 見に行くべきか、ここに残るべきかと考えていると庭師のトッドが血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「どうした」


「大奥様が! 大奥様が武器を持って厩舎に! すぐに来てください。私たちでは止められません!」


 思わず母上と顔を合わせる。武器を持って厩舎に?


「母上、俺が行くのでフランをお願いします」


 そうして俺は部屋を飛び出して走り出した。厩舎に近づくにつれ、言い合う声は大きくはっきりと聞こえてくる。これは、お祖母様とセバスの声。


「放しなさい!」


「なりません! なんと言われようとお止めします!」


「ええい! 邪魔立てするな!」


 俺がその場に到着したときに見たのは、乗馬服に身を包み、槍を背負って腰には剣を吊るして鬼の形相で暴れるお祖母様と、それを押し留めようと揉み合うセバスと先生の姿だった。2人がかりにも関わらず、火事場の馬鹿力なのかズリズリと2人を押し込んで馬房に向かっている。

 馬房の中では、尋常でない気配のせいで暴れる馬たちを使用人らが必死になだめていた。


「なにごとです?!」


「大奥様が、バカ息子の不始末を片付けてくるから馬を貸せとおっしゃって……」


 討ち入りかよ! 年寄りの冷や水ってレベルじゃねえぞ!


 俺は慌てて揉み合う三人に駆け寄ってそのままお祖母様を羽交い締めにする。


「お祖母様、馬鹿なことはやめてください!」


「何を言うか! アブラーモのバカタレを成敗するんじゃ! 止めてくれるな!」


「止めるに決まってるでしょう!」


「放しなさい! 放せ!」


「セバス! 先生! 構わんから押し倒せ!」


 そう言って両足を思い切り踏ん張り、抱えあげて自分ごと投げ飛ばした。


「今だ! 取り押さえろ!」


 お祖母様はその後もしばらくもがいていたが、俺が思い切り張り手を飛ばした時点で大人しくなった。


「はぁ…! はぁっ! お、お祖母様。頭は冷えましたか?」


「あれもあたしの息子じゃ、黙っていられるものか!」 


「落ち着いてください。無茶が過ぎます」


「なぜじゃ、なぜ止めた! なぜこのような不条理を受け入れる! 許されるものかーー!!」


 お祖母様はそう叫んで、カクンと気を失った。


 俺たちは泡を食ってお祖母様を寝室に運び、医者を呼び出してお祖母様を診てもらった。


 幸いにも、呼吸の乱れもなく、苦しむ素振りもないためどこかの血管が切れたりはしていないだろうとのことなので、今晩はこのまま安静にして、翌朝改めて診断しようということになった。

 とりあえずは付添い兼見張り番を使用人たちに頼んで、俺も談話室に戻った。


「いや疲れました」


「ご苦労さま。私もなにをしたわけじゃないのに疲れたわ」


 俺を待っていたのだろう、母上にしては珍しくテーブルの上にワインの小樽とグラスがある。


「俺も飲んでいいですか? ちょっと眠れそうにないので」


「まあ、今日くらいは仕方ないわね。でも一杯だけよ」


 飲みかけのグラスをこちらにずらして、注ぎ足してくれた。


「祖母が倒れたのにお酒を飲むなんて、怒られますかね」


「お義母様はお酒が大好きだから、自分にも飲ませろって言うと思うわ」


「そうですね。明日にはそれくらいの元気を見せてほしいですね」


 俺と母上は、お祖母様や旅の行程やフランの将来についてなどをつらつらと語り合った。

 睡魔が訪れたのは、夜もだいぶ更けてからだった。



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この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

今後も主人公の飲酒の場面が登場することがありますが、現実では未成年者の飲酒は止めましょう。

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