第6話 旅立ち

 廃嫡を言い渡されてから4日目の今日、シルバードーン領を退去する俺と同行者たちは屋敷の玄関前に集合した。これで、荷物を詰め込み終われば準備完了で出発だ。


「母上、その格好は?」


 何故か母上は俺がしているような動きやすい旅装ではなくて、昼用のドレスを身にまとっている。


「ふふ、私たちはね追放されるんじゃなくて、胸を張って出ていくのよ。だから正装で気合を入れてみたの。どう? 似合ってる?」


「はあ、たしかに似合ってはいますが、でも長旅ですよ、窮屈じゃないですか?」


「今日だけよ。明日からはレオみたいな服にするわ」


 気持ちは少しわかる。母上なりの意地みたいなものだろうと俺は納得した。


「兄さま、あたしも似合ってるかな?」


 よそ行きの服を着れて嬉しいだけだろうフランが、にこやかに言う。こちらは意地とかではなく母親のマネをしただけだろう。


「ああ、似合ってるよフラン。その青い花のコサージュも素敵だよ」


 丁寧に整えられた髪を崩さないようにフランの頭を撫でる。


 フリルのたくさんついた白のドレスはフランのお気に入りだ。このフリルも俺の発案で実現した、プチ内政チートである。

 ある時、フランが新しい服がほしいと母上におねだりをしていたとき、そう言えばフリルって見たことないなと、アイデアを母上とメイドたち話して実現してもらった。バームクーヘンを半分にしたような形に布を切り出して内側の部分を直線に縫い付ければ、布の余った外側にヒダができる。それをスカートの端や袖口にあしらえば、なかなかに華やかな装飾となった。

 母上によるといずれ機を見てこれも商品化するとのことである。



 改めて、今回の俺の追放に付き合ってくれるメンバーを確認する。


 俺は当然として、母アデリーナと妹フランセスカ。母上付きのメイド、マーサとフィニー。執事のセバスと庭師のトッド、従僕のマイルスとコルト。都合9人。


 これに「野暮用です」と言い残して別行動中のサンダース先生が加われば10人の旅である。トッドとマイルスには妻子がいるが、今回は居残りで、新生活が落ち着いたら呼ぶことになっている。屋敷ではなく町に住んでいるので、アブラーモが目障りに思って要らぬちょっかいことかけることもないだろう。


「セバスたちは、すんなりと辞められたのか?」


 女性陣が仕事をやめるのは障害がない。母上は、アブラーモに命令される立場ではないし、フランはその母の庇護下。メイド二人は、一人は母上の実家から付いてきたマーサとその娘のフィニーということで、給金は男爵家から出ているが人事権は母上の手にある。


 それに比べて、男性陣は普通に男爵家の使用人なので当主の了解なしに勝手にやめるということは出来ない。特にセバスは執事という男爵家の使用人のトップなので、通常だったらまず自己都合の退職は許されないはずである。庭師テッドと従僕の二人も、使用人教育の手間を考えれば簡単に辞められるものではないと思われる。

 セバス自身が問題ないと請け負ったので、心配はしていなかったが、何らかの嫌がらせなどをされなかったかが気がかりだった。


「はい。『新たな男爵家には新たな使用人がふさわしいので、我らは身を引きます』と言いましたら大層お喜びになって認めていただきました。チョロうございました」


 ものは言いようである。明らかに現当主を見限って元嫡子についていくわけだが、そう言われればアブラーモも喜んで認めるか。折に触れて俺を立てるセバスを内心は疎ましく思ってたはずだしな。


「功労金は微々たるものでしたが」


 一般に、長年奉職した使用人が引退なりをするときには、功労金が渡されるのが一般的だ。老後の生活費に当ててくれという意味なので、それなりの金額になる。今回のケースでも、少なくとも勤続30年を超えて要職である執事を務めていたセバスには支払われて当然であるが、アブラーモはそれをケチったようだ。


「すまんな、その分の補填はちゃんとするから。トッドたちの分もな」


「ああいえ、我らの感覚としては引き続き若様にお仕えするという意識ですので、それには及びません。ただご当主様がケチだとお伝えしたかっただけでございますので」


 セバスにも思うところはたくさんあるのだろうな。チョロいとかケチとか、今まで聞いたことのない物言いだ。


「ああ、そう言えばバスケスの方にも顔を出しておいたよ。俺たちより何日か遅れで出発することになった。テルミナ領で落ち合う約束したから、しばらくは別行動だが問題ないだろう?」


「そうですな。倅はあまり当主様に見られるべきではないでしょう。別れて移動するのが利口でしょうな」


 廃嫡を告げられたあの日以来アブラーモの姿を見ていない。目障りな甥の追放が成功した祝い酒なのか、俺に凄まれて狼狽したことのやけ酒なのかは分からないが、ここ数日仕事もせずに飲み明かしていると聞いていている。

 それでも今日くらいは嫌味の一つも言いに姿を見せるかと警戒しているのだが、今の所その気配もない。


 まあ平和に出発できればなによりだ。


 そうこうしているうちに、屋敷の門前に3頭引きで、荷台の大きい幌馬車1台と数人の男たちが現れた。馬車の御者台にはサンダース先生。

 出ていったときは身一つだったはずなのに、何故か武装した男を連れて馬車に乗って帰ってきた。


「おかえりなさい先生。野暮用って、追加の馬車を仕立てることだったんですか? それと彼らは?」


 御者台から降りた先生に質問すると、


「ああ、馬車は野暮用のついでに買ってきました。後ろの彼らは護衛です。自警団から借りてきました」


 サンダース先生は勅任騎士ということもあって、シルバードーン家の領兵たちから領内の治安警備などの相談もちょいちょい受けていた。流石に稽古をつけてやるほど手を貸したわけではないが、結構慕われていたらしい。その縁で、町の自警団とも面識があると聞いていたが、人手を借りられるほどとは思っていなかったのでこれは驚いた。


 馬車をついでに、と買えることも驚きだ。庶子とはいえ伯爵家の出身で元王族の護衛であったことから、金額的には買えておかしくないが、馬車というものは、欲しいときにすぐ買える代物ではない。使えるうちに乗り換えるということが滅多にないからだ。行商を廃業したとかでたまに中古が出ても、大概は付き合いのあるところに譲られる。


「なんだかすごいですね。この町で産まれた俺よりも先生のほうがよっぽど顔が広いや」


 先生はいつもと変わらない様子で笑った。


「いや、ちょくちょく町で呑んでましたからね。顔見知りが少しいるだけです。それよりもレオ君にお願いがありまして」


「はい、何でしょうか」


 先生からのお願い事とは珍しい。もしかしたら初めてかもしれない。


「同行者を増やしたいのですが」


「同行者?」


「紹介しますね。……おーい、サマンサ、出てきて挨拶してくれ」


 先生がそう言うと、馬車から一人の女性が降りてきた。年のころは30前後か、亜麻色の髪をした小柄なひとだ。面識はないので俺の関係者ではない。


「えっと、どちら様で?」


「私の妻です」


 え? えええええ?! 先生結婚してたの? 聞いてないよ! どういうことよ!


「え、と。サンダースの妻? のサマンサです。よろしくお願いします」


 ぎこちなく頭を下げるサマンサさん。


 どう反応していいかわからず固まっていると、話を聞いていた母上が俺の前に出て、挨拶を受けた。


「はじめましてサマンサさん。私はアデリーナ=ミル・テルミナ・シルバードーンです。サンダース先生の奥様であれば歓迎いたします。こちらで呆けているのが息子のレオナルドと、あちらにいるのが娘のフランセスカです。仲良くしてくださいね」


「あっ、はい。こちらこそです」


「うふふ、多分私とそう年齢も変わらないでしょうし、もっと気楽にしてくださいな」


 それから、初耳だ、なぜ、いつの間に、とサンダース先生は皆に詰め寄られていた。そこでの話を要約すると、サマンサさんは町のパン屋の娘さんで、一度嫁いだが、事情があって離婚した後、実家に戻っていたらしい。それを見初めたサンダース先生が口説いて、内縁関係にあったとのこと。先生の気持ち的には正式に結婚したかったのだが、離婚歴があるし、身分も違うということでサマンサさんが遠慮して正式にはなっていなかった。


 今回、俺の追放に合わせて先生もシルバードーン領を退去するにあたり、先生は本人と先方の家族をなんとか説得して連れてきたという流れらしい。

 なぜ野暮用などと言って詳しく俺たちに話さなかったのかといえば、説得できなかったときに恥ずかしいからというのが先生の弁。


 手を出したからには身分はどうあれ責任をとろうというのは男前なんだが、振られたら恥ずかしいとか、妙に繊細で笑ってしまった。


 ひとしきり先生の結婚話で盛り上がった後、準備を終えた俺たちは、いよいよ出発することになった。


 屋敷に残る使用人が全員ではないが見送りに出てきてくれた。俺たちに同行しないからといって、皆が皆、俺たちを疎んでいるわけではないのだ。家族がいれば、そう簡単には辞めることもできないし、故郷を離れるのだって躊躇する。そういうものだ。


「皆様方、道中お気をつけて。旅の安全を祈っております」


「ありがとう、残る君たちも元気で。どうしても困ったことがあったら、テルミナ領のポッサ商会を通じて連絡をしてくれ。できるだけ力になるから」


 俺に続いて、母上やフランたちも別れの言葉をそれぞれに伝えて、俺たちは出発した。


 自前の馬に乗った先生の先導で4台の馬車が進む。母上の意向で、サマンサさんは俺たちと一緒の馬車に乗った。自警団の護衛は、左右と後ろに一人づつ配置され、なかなかに立派な一団となった。


 馬車内では、母上がサマンサさんに、馴れ初めなどを聞いている。フランも子供ながらリアルなコイバナに興味津々のようだ。


 もう少しセンチメンタルな気分になるかと思っていたが、先生のおかげか、楽しげな旅立ちだ。


 希望通りに晴れ渡った春の日に、俺は故郷をあとにした。

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