私の大事な箱入り息子

南雲 皋

これは貴方の物語

 全身鎧に守られた身体を惜しげもなく敵前に晒し、全ての攻撃を受け止める。

 現役時代に手に入れた最高級の鎧のおかげで、私は今も冒険者でいられるのだった。



「お疲れー」


「お疲れ様」


「はぁー、これで討伐任務は終わりだね」


「そうだな」



 剣士のサリト、騎士である私ミレイラ、魔法使いのフォーミ、盗賊のジュード。

 四人で組んで冒険者ギルドの任務を請け負うようになって、もう随分経つ。


 私は全身鎧を脱いで収納袋にしまいこみ、全身を洗浄してから拠点へと戻った。

 今回の拠点は森の中の開けた場所だ。

 テントを二つ張り、中央に設けた焚き火を囲んでサリトが料理をしている。


 私は首から下げたネックレスを指で弄ぶ。

 ネックレスの先端には小さな箱が付いていて、それを指の腹で何度か撫でた。

 風になびく銀の髪は長く、少し邪魔なので紐で結んでしまう。


 私はテントの中にしまっていたカバンから分厚い手帳とペンを取り出し、焚き火のそばに腰掛けた。

 ジュードが私の隣に座り、今日は俺からだと笑う。

 私はまだ何も書かれていないページを開いて、ジュードの言葉を待った。





[盗賊ジュードの話]

 今日は大量だったな。

 まずは朝、他のやつらがまだ寝ている間に目覚めた俺は、昨日仕掛けた罠の確認に行った。

 メジュラの木の枝から、ジュロの粘膜を絡ませたホーラインの実をぶら下げるだけの簡単なものだ。

 でも、ホーラインの実が大好きなホロロはすぐに引っ掛かる。

 ジュロの粘膜に足を取られ、暴れれば暴れる程に身体の自由が利かなくなるんだ。

 ああ、ジュロってのはデカい食虫植物でな、その粘膜は蜘蛛の糸よりも粘り気が強くて、ものすごくまとわりついてくるんだ。

 人間ぐらいデカければ逃げることは簡単だが、小動物なんかじゃ逃げられっこない。

 ホロロは俺の顔くらいの大きさしかないからな。

 木の枝に仕掛けた罠は二十個くらいだったが、その半分以上にホロロが掛かってた。

 最高だろ?

 ホロロは時々人里に下りてきては作物を食い荒らす害獣だ。

 駆除依頼も結構な頻度でギルドに掲示されるが、根絶やしにできるのはまだまだ先だな。

 今日の朝飯にはホロロの肉を使ったんだ。

 下処理がしっかりできないやつが料理すると食べられたもんじゃないが、俺くらいになると余裕だな。美味かったろ?

 それから後のことは他の二人に任せるか。

 俺は後ろの方から魔物に妨害魔法をちまちまかけたり、たまに転がってくる魔石の鑑定をしていたくらいだからな。





[魔法使いフォーミの話]

 あれってホロロの肉だったんだ!

 すごく脂がのってて美味しかったよ。

 かじり付いた瞬間に口の中に肉汁がじゅわって出てきたしね。

 ああ、お腹空いた。

 ジュードもサリトも料理が上手くて最高だよ。

 あ、もちろんミレイラの料理も好きだよ。

 何人かと組んだことあるけど、冒険者やってる人ってご飯に無頓着な人が多いんだよねぇ。

 パッサパサの携帯食料かじって満足、みたいな。

 私はそんなの耐えられないからね。

 自分で取った肉とかで料理してると、一人だけ贅沢するなとか言われたりするんだよ。ほんと理不尽。

 私ひたすらご飯の話しかしなくてもいい?

 だめ?

 そうだよね、分かってる。ちょっと言ってみただけ。

 今回の依頼はドドアーノの討伐。

 ドドアーノは大きいし、皮がすごく硬いし、おでこに生えてる一本のツノから電撃を放ってくるからこわいんだよ。

 まあ、電撃も突進も、全部ミレイラが受け止めてくれるからこっちには来ないんだけどね。

 ミレイラってほんとに凄いよね!

 妊娠して第一線から退いた話を聞いたときは驚いたもんだよ。

 いつの間にか復帰してたのにも驚いたけどね。

 私は土属性の魔法を何発か打っただけだよ。

 土属性の魔法って、足止め的な意味ではかなり優秀だけど、攻撃手段としては微妙だからね。

 ドドアーノに致命傷を与えたのはサリトだよ。

 でも、その必殺の攻撃が避けられないようにお膳立てしたのは私だからね!

 そこんとこ、強調して書いておいてね!

 あ、夕ご飯ができたみたい。

 サリト、交代!

 自分でよそえるから大丈夫—!





[剣士サリトの話]

 フォーミは相変わらずだな。

 毎回のことだから慣れたけどさ。

 それにしてもホロロの肉があんなに美味しいとは知らなかった。

 ジュードがみんなにホロロの捌き方を教えたら、ホロロなんてあっという間に絶滅じゃないか?

 はは、面倒臭いって言うだろうと思ったよ。

 俺も今度、食べたことのない食材に挑戦してみるかな。

 あー、俺まで食事の話ばっかりになったらまずいな。

 今日はドドアーノの討伐に来たって話はフォーミがしてたよな?

 ドドアーノはそれなりにランクの高い魔物だ。

 下手に手を出すと、電撃で身動きが取れなくなって一網打尽にされるからな。

 だが、俺は前にも何回かドドアーノを倒したっていう経験があったし、ミレイラがいたから安心だった。

 ミレイラも現役時代に何回か倒しただろ?

 その鎧の効果もあるし、大丈夫だと思ってたよ。

 ドドアーノは全身が硬い鱗に覆われているが、脇の下とヘソの部分が弱点だ。

 そこを重点的に狙い、体内の臓器にまで傷を付けられれば倒せる。

 今回のとどめの一撃は、ヘソに入った剣戟だな。

 特殊な振動を伴った一撃で、体内の水分を伝播して柔らかな部分全てに攻撃した。

 おかげで剣はだいぶ刃こぼれしたけどね。

 まあ、大きな獲物を仕留めるには、それなりの覚悟も必要ってことだ。





 私は三人に礼を言い、フォーミのよそってくれた鍋を食べながら頭の中で話をまとめた。

 食事を終えてから、三人の話と自分の記憶を混ぜ合わせ、一本の話を完成させる。

 手帳の新しいページにその話を書き上げて、私は首から下げた小さな箱を握りしめた。


 箱は私の手の中で一瞬光を放ち、そして一人の少年を吐き出した。

 少年は私と同じ銀色の髪で、顔立ちも私によく似ていた。

 当然だ。

 私の息子なのだから。


 息子、レイフォルドはゆっくり目を開き、私を見て破顔した。

 幼い子供のように私に抱きつき、私の足の間に座って物語を求める。

 私は今しがたできたばかりの話をレイフォルドの前に広げた。

 レイフォルドはすぐに物語の中へと入り込んだようだった。


 レイフォルドは、耳が聞こえない。

 身体も細く、骨と皮ばかり。

 箱の中で時を止めていなければ、数ヶ月と持たずに衰弱死するであろう身体の弱さだ。


 けれど、それはレイフォルドのせいではない。

 私のせいなのだ。


 同じく冒険者だった夫を殺した魔物。

 夫だけでなく幾人もの冒険者を殺した大蛇は、住処を出て人間の生活圏を脅かさんとしていた。

 私は身重であったが、仇討ちがしたい一心で家を出た。

 夫と出会った遺跡で、幸運にも手に入れた絶対防御の全身鎧を身に付けて。


 他の追随を許さぬ防御力を持つ鎧は、襲い来る大量の蛇を退けて私を大蛇の元へと導いた。

 鎧がバラバラにされる寸前、私は大蛇の心臓を己の剣で貫いた。

 大蛇は塵と化しながらも、私に禁断の魔法をかけた。

 それは、呪い。

 私の鎧は全ての魔物から命を狙われる呪いの鎧へと変わり、私の胎の中の命は私を蝕む呪いの塊になった。 

 何もかもを嘆き、自害しようとした私を、みなが止めた。


 大蛇に近付けずにいた冒険者たちが、感謝の言葉とともに私へ祈りを捧げたのだ。

 賢者がその祈りを一つにまとめ、大蛇の呪いを和らげた。

 しかしそれでも完全に呪いを打ち消すことはできなかった。

 生まれた息子は耳が聞こえなかったし、五体満足ではあったものの、まともには生きられない有様だった。


 現役時代の仲間たちが、様々な魔道具を持ってきてくれた。

 その中には、息子が成長する助けになるものもあったし、この箱もあった。

 もしかしたら、世界のどこかには完全に呪いを解く方法があるかもしれない。

 そんな想いに突き動かされ、私は再び冒険者になった。


 息子は私の冒険者時代の話をよく聞きたがった。

 自分も冒険者になれたらと、何度呟いたかしれない。

 今は物語の中でだけ、レイフォルドは冒険者として生き生きと過ごす。


 けれどいつか、レイフォルド自身が、主人公になれたらと。

 そう、思うのだ。



【了】

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