これを読めばあなたも私の仲間になる

烏川 ハル

これを読めばあなたも私の仲間になる

   

 女性付き合いの乏しい私には縁のない話だが……。

 世の中には「一度ベッドを共にした相手とは、二度と関係を持たない」という主義で、女を取っ替え引っ替えするプレイボーイも、結構いるらしい。

 いや『結構いる』といっても、私の知り合いにはいないのだから、あくまでも噂で聞いた話。もしかしたら、小説やドラマに出てくるだけで、現実には存在しないのかもしれない。

 フィクションにせよノンフィクションにせよ、そうした男たちに対して、私は非常に不快感を覚えていた。同じ男性であることを恥ずかしく思うレベルだ。

 でも、ある時、気づいてしまった。これは一種の同族嫌悪なのではないか、と。

 もちろん私は、関係を持った女性相手に、そんな失礼な気持ちはいだかない。だが対象が『女性』でないならば、確かに「一度で十分」と思っているものがあった。

 それは読書だ。


 小さい頃、漫画は買ってもらえないけれど、小説ならばいくらでも買ってもらえた……。

 それが私の読書の原点だったのだろう。

 みるみるうちに本棚は膨れ上がり、やがて児童書のたぐいだけでなく、大人向けの一般小説も買って読むようになった。『大人向け』だけあって、最初は読みにくさもあったけれど、慣れれば子供向けよりもむしろ面白いくらいだった。

 もちろん、ただ本棚に入れておくだけではない。買った本はきちんと読むのだが、でもいくら面白い本であっても「もう一度読もう」とは思わなかった。世の中には、まだまだ私が知らない本がたくさんあるはず。再読する暇があるならば新しい本に出会いたい。そう考えてしまったのだ。

 だから、私の蔵書は「一度読んだだけ」というものばかりであり……。

 そんな自分を振り返ってみると、あの「一度ベッドを共にした相手とは、二度と関係を持たない」という男たちの考え方も、頭では理解できるような気がするのだった。


――――――――――――


「それって読者家じゃなくて蒐集家なんじゃないか?」

 私をそう評したのは、会社の同僚の一人だった。

 プロフィールの趣味欄に「読書」と書いたのをきっかけに、どんな本を読むのかと聞かれて……。

 いつの間にか、読書の原体験を語る羽目になっていたのだ。

 同僚に言わせると、たいして本が好きでもないくせに「趣味は読書です」と公言する者が多くて、疎ましく感じていたらしい。

「お前の場合は、確かに『本が好き』なんだろうが……。俺が思う『好き』とは違うな。本の中身じゃなく、本自体が好きって感じだ」

 と言われて、少しムッとしてしまう。私自身、コレクター的な部分があるのは認めるが、本の内容も楽しんでいる、という自負があったからだ。

「でも、どんな本でも一度しか読まないんだろう? そんなんじゃ、本が可哀想だぜ」

 それは私が悪いわけではない。私が「一度読めば十分」と感じるのは、本の内容のせい。私に「何度も読みたい!」と思わせないのは、その程度の本だからだ。

「そこまで言うなら……。お前でも何度も読みたくなるような本、俺が探してきてやろう」


――――――――――――


 問題の本を彼が持ってきたのは、それから一週間後のことだった。

「これは市販の本じゃない。裏ルートでしか手に入らない、いわば闇の書物だ。蒐集家の間では『ビスケット』と呼ばれている。ほら、ポケットの中でビスケットが増える、そんな童謡があるだろ?」

 タイトルも何も記されていない、真っ黒な表紙だった。背表紙も裏表紙も同様だ。

 かなり分厚い本だが、長い物語ではなく、短編集なのだという。

「ポケットを叩くとビスケットが増える。それと同じで、読むたびに収録作品数が増えるらしい」

 と、馬鹿げた話を口にする同僚。

「信じないなら、それでも構わない。騙されたと思って、最後まで読んでみろ。最後のページまで辿り着いた時、それが『最後』ではなく、いつの間にか物語が増えているから」

 私が呆れた顔をすると、彼は一つ忠告をする。

「でも、気をつけろよ。もしも本当に最後まで読んでしまったら、その時は……」


――――――――――――


 仕事から帰宅した私は、書斎の机に『ビスケット』を置いた。

 もしも彼が言う通り「いつの間にか物語が増えている」というのであれば、読み終わったからといって本棚に仕舞い込むわけにはいかない。一度ではなく、何度も何度も、この本を開くことになるだろう。

 常識では考えられない話だが、同僚の態度は自信満々だった。あれを思い出すと、「不可思議なことが起こるのではないか」と少しは期待してしまう。

 そんな気持ちでページを開き、一行目から読み始めて……。



 どれほどの時間が経ったのだろうか。

「終わった。でも何も起きなかったな」

 最後の一行まで読み終わった私は、そう呟いていた。

 やはり「いつの間にか物語が増えている」なんてありえないのだ……。

 失望と共に、わずかでも信じた自分を笑いたくなり、ページを閉じようとした瞬間。

「これか……!」

 本が不思議な光を発し始めた。

 本当に先のページが現れるのか、この異常事態を見届けたいのに、思わず目を閉じてしまうほどの眩しさだった。

 そして、その光が収まった時。

 私の姿は書斎から、いや、この世界から消えていたのだった。


――――――――――――


 そして、今。

 私はここにいる。

 闇の書物『ビスケット』の一部になったのだ。

 私が取り込まれた直後は、ホラー短編『これを読めばあなたも私の仲間になる』が収録作品の最後のはずだが……。

 こうしてあなたが、その物語の最後まで辿り着いたのだ。

 さあ、次はあなたの番だ。読者だったあなたも、私の仲間になるのだ。あなたは一体、どんな物語を紡いでくれるのだろう?




(「これを読めばあなたも私の仲間になる」完)

   

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