スマホをッッッ落としたッッッだけなのにッッッッッ

ITEッ

　高機能携帯端末（スマホ）――――――

　現代人の日常生活に欠かせない道具であり

　あらゆる記憶を内包した　個人情報（プライバシー）の集積体（カタマリ）

　それを無くすことはもはや　脳の一部を切除するに等しい愚行と言えるッ

　男は　大地震に巻き込まれ　地割れに落ちた

　落ちて落ちて　落ち果てて―――

　辿り着いたのは　地下大都市アガルタであった

「地割れくらいで死ぬような俺じゃないが、うっかりしていたぜ」

　男が降り立った地点

　推定　地下百五十万メートルッッ！！

　マリアナ海溝最深部の　ゆうに百倍を超える深さであるッッッ

　人類　まして生物がまともに生存できる環境には無いが―――

　男の肉体は　世界中のボディビルダーが羨むような造形美と　世界中の格闘家が嫉妬するような機能美を備えていたッッ！

　男のことを畏怖した者は　こう言った

　一足先に人類種を超越（こ）えた男と―――

　男はスマホを探していた

　地割れに巻き込まれた時　どこかに落としてしまっていたのだ

　男の肉体同様　そのスマホは　頑強（タフ）なつくりをしており　破損の心配はしていなかった

　アガルタでは　親切な秘儀参入者（イニシエート）たちから案内され　スマホの在り処を教わるも―――

　向かう先は　さらに地下の地下　アガルタの大師（マスター）ですら知り得ぬ　最奥の世界であった

　辿り着いたのは　氷の世界

　死と霧と極寒が織り成す　冥府の国であった

「誰だてめェは」

　男を威嚇したのは　一人の少年

　あどけなさを残す面持ち　一見では少女（ガール）のようにすら見える

　しかし人類とは明らかに異なる肉体（スペック）を持つことは　男も気付いていた

「どこから来た。番犬（フェンリル）に食い殺されてねェってことは、ヘルの女王（ババア）の知り合いか？」

「そんな大層な者じゃないさ。俺はよ、捜し物を探してんだ。スマホっていう、薄っぺらくって四角い……理解（ワカ）るかなァ？」

「ああアレか。ボクは見てないけど、シャールヴィのおっさんがそれらしいのを持ってるとか言ってたな」

「なら返してくれよ。俺のなんだ」

「分かった。でもな、一つ聞きたいことがある」

　少年は　男がカウボーイの投げ縄のようなモノを手にしていることに気付いた

「まさかとは思うけど、それ……魔狼の足枷（グレイプニル）じゃねえよな？」

「来る途中に噛み癖の悪いワンちゃんが居たからよ、ぶん殴って来た。紐が千切れちまったからくくり直してきたつもりだったんだが、少しだけ余っちまってよォ。ほら、機械を解体（バラ）して組み直すとネジが余ったりするだろ？　あれと同じだよ。つーことで戦利品代わりにもらってきたのさ。悪（ワリ）い悪（ワリ）い、あれボウズの飼い犬だったのかい？」

　少年は　髪を逆立てたッッ！

　まさに文字通り「怒髪天を衝く」勢いでッ　

「ふざけてんじゃねえぞオイッ！　あのフェンリルはな、魔狼の足枷（グレイプニル）に縛られる時、老剣士（テュール）さんの片腕を食い千切ったんだぞッ！　それだけの犠牲を払ってようやく繋ぎ止められたってのに、安々と御するたぁ尋常じゃねえ。てめェ、ヴァン神族の隠し玉か？　また戦争したいのか？」

「スマンスマン、怒らせるつもりじゃなかったんだ。俺はただスマホを探してるだけでさ、この紐も返したほうがよければ返すしよ」

「……神のニオイがしねえな、オマエ。かと言って巨人族でも無さそうだし。ただの人間？　いやまさかな……」

　困惑する少年　

　それでもなお　飄々とした態度を改めない男

「分かったよ、スマホ？　なら返してやる。けどその前に、ボクと勝負しろ」

「いいぜ。アース神族最強の雷公（トール）、その若君であるマグニ殿と手合わせ出来るなんて願ってもない機会だからな」

「ボクのこと知ってるのか？　親父（トール）と違ってボクは出不精だから、名前を知るヤツなんかそうそう居ないはずなんだけど」

　男は筋肉だけが取り柄では、決して無いッッ

　日頃のトレーニングはもちろん、暇さえあれば情報の収集を怠ることはしないッ

　北欧神話の概要なぞ、男にとっては知っていて当然の知識であったッ

　常に脳と身体を全力（フルパワー）で活動させている　博覧強記の極みとも言える男なのだッッッ

「勝負の方法は何にする？」

「シンプルに腕相撲にしようぜ」

「分かった。じゃあ……」

　勝負が始まったとたん、あたり一面は白光に包まれたッッッ

　その激しい光景を遠くから見守っていた一人の男　雷公（トール）の従者シャールヴィは　後にこう語った

　え？　そもそもなんでマグニの坊っちゃんと二人でヘルヘイムなんて来てたのかって？

　そりゃあ、旦那（トール）様のヤギを完全に復活させてもらうため、ってこのハナシはいま関係ないでしょ〜〜ッ

　私のことはどうでもいいんですよ　あの男ですよあの男ッッ

　いや私もね　神じゃなくてただの人間ですがね　それでもそこらの人間（パンピー）よりかは強いと自負してますよ　旦那（トール）様との旅路では何度も死にかけましたからね

　それでもあの男は格が違い過ぎた

　あれで私と同じ人間だって言うんだから驚きですよ

　腕相撲　一瞬でしたからね　勝負つくの

　男の圧勝でした　坊っちゃんも何が起こったのか理解できていないフウでしたからね

　私もスマホをすぐ渡しました　このまま居座られたらろくなことにならねえなと思って

　でもあの男と来たら　マグニの坊っちゃんに　こう言ったんですよ

「おお、雷公（トール）の息子なら電力補充できるだろ。スマホのバッテリー充電してくれや」

　バッテリー充電ってのが何なのかは知りませんが、坊っちゃんを道具扱いしようとしたのは確かです

　坊っちゃん、頼まれたことはきちんとやったみたいですが　それから怒ってスマホを地下深くにぶん投げちゃいましてね

　あの子も、いや坊っちゃんもまだ子供ですから　煽られることに慣れてないんですよ

　男はそのままさらに地下へと行ったようです　正直　もう二度と来てほしくないです　あんな男が居たら争いの火種になるに決まってるじゃないですか　神々の黄昏（ラグナロク）の前に滅びが訪れますよ

　その神々の黄昏（ラグナロク）ですが、そろそろじゃないのかなァ　最近めっきり寒くなってきたし

　大いなる冬（フィンヴルヴェト）とかってミーミル様も言ってたっけなあ

　旦那（トール）様は不器用で愛情深いから　きっとすぐに死んじゃうんだろうなァ……

　おっとハナシが逸れましたね　でもマグニの坊っちゃんは神々の黄昏（ラグナロク）も生き残ると思いますよ　それだけの器を持った人です　そりゃ雷公の息子さんですからね

　旦那（トール）様は　あらゆる神族がまとめて束になってかかってきても勝てるほど強いと　そう語られています　実際そうだと思います

　あ、無口の森人（ヴィーザル）様はいい勝負するかもしれませんが、あの方基本引きこもりだから多分戦わないだろうな

　で、ここが重要なんですが、マグニ様はものすごく強いんですよ

　旦那（トール）様は認めたがらないですが　マグニ様の力はすでに親を超えています

　生後三日目で旦那（トール）様の戦いの手助けをしていたくらいですからね　そりゃあモノが違いますよ

　あの男は、そのマグニ様を倒したんです

　つまりどういうことかって？

　北欧で一番最強（サイキョー）の神より強かったってことですよッッッッッ

　なんなんすかアイツッッッ！？

　巡り巡って辿り着いたのは　八大地獄の最下層であった

「地獄で最強の亡者（おとこ）を見たいかーーーーッ」

　オーーーーーーーーーーーーーーー！！！！

　男のスマホは　地獄界最大トーナメントの優勝賞品の一つとして　勝手に使われていた

「こりゃあ勝つしか、ねえってワケね……」

　圧倒的武力により　男はトーナメントを制した

　ようやくスマホを手に入れ安堵する男

　十王の一柱が男に向かって言った

「強き者よ　汝の望む願いを一つ叶えよう」

「願い？　ここから地上まで戻してくれってのでもOKなのかい？」

「無論だ」

　男は少し考える素振りを見せ、そして。

「決めたぜ」

　男は願いを叶えてもらった　だがその身は消えず、まだそこに在るままであった。

「もしもし、マイハニーかい？　はは、連絡が遅れてごめんよ。ディナーまでには間に合うようにするつもりだからさ、もう少しだけ待っていてくれるかい？」

　男の願いは「スマホの通話機能を使えるようにしてほしい」ただそれだけであった。

「ここからどうやって帰るつもりだ。底の底、奈落の果てから地上まで、いったいどれだけの距離があると思っている？」

「へへ、こんなもの浅い浅い」

　そう、男にとってはこの程度、浅瀬で水浴びをするようなものであった。

　なぜなら男は　本当の底の深みを知っているから――――――

「恋に落ちた（フォーリン・ラブ）時の衝撃と比べたら、こんなもの。屁でもねえぜ」

　男は　愛する女と再開するため

　上昇を始めたのだった