通りがかりの俺は、不良に絡まれたお姉さんを助けてみた

久野真一

不良に絡まれたお姉さんを助けてみたけど、別に特別なイベントは起きなかった件

「なあなあ、姉ちゃん。ちょっと、金貸してくれや」

「な、なんですか。いきなり……!」


 いつものように高校への通学路を歩いていた時の事。

 駅付近の裏路地から、何やら物騒なやり取りが聞こえてくる。


「ちょーっと、ちょっと、5000円だけでいいんだよ。頼むよ、な?」


 サングラスに、着崩した服。やけにガタイのいい青年が、近くにいるお姉さんに絡んでいる。いわゆるカツアゲという奴か。不幸にもカツアゲには都合数度遭遇した事があるけど、他人がカツアゲされている場面とはこういうものかと何やら感心してしまった。


 と、そんな場合じゃない。絡まれているお姉さんを少し観察してみると、白いブラウスにロングスカートといった出で立ちで、伸ばした髪に綺麗な肌、ほっそりとした体つきも相まって、とても上品な感じがする。


 どうにも、社会人には見えないし、大学生だろうか。


 周囲を見ると、裏路地なせいか、多くの人は気づいていない様子。

 気づいた人も、気まずそうに通り過ぎていくだけだ。


(ま、ついでだし、助けるか)


 俺自身、昔、カツアゲされた経験もあるし、他人事とも思えない。

 つかつかと歩いて、二人の間に割って入る。


「なんだよ、おめー」


 案の定、不良ぽい青年に凄まれる。


「カツアゲなんて感心しないな。金に困ってるわけでもないだろうし」

「カツアゲなんかじぇねえよ。ちょっと、お金を貸して欲しいって言ってるだけ」


 カツアゲする奴は、大体似たようなことを言うもんだなあ。


「どう見ても嫌がってるじゃないか」

「俺は今、二人で話してんの!」

「警察呼びますよ。というか、呼びました」


 躊躇なく110番を押して、スマホを耳に当てる。

 これで、退散すればよし、退散しなければ本当におまわりさんを呼ぶまで。


「チッ……!」


 舌打ち一つして、不良は去って行った。

 おまわりさんのお世話になるのでは、釣り合わないと思ったのだろう。

 賢明な不良で助かった。つながりかけていた電話を素早く切る。


「ええと……大丈夫でしたか?」


 絡まれていたお姉さんに近づいて、無事を確かめようとしたのだけど。


「あ、ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……!」


 助けたお姉さんは、何やら恐縮してしまっている。


「いえ。見過ごすのも寝覚め悪いですし」


 所詮、110番するくらいの手間だ。大したことじゃない。


「……って、あ!もう大学に行かなくちゃ!」


 腕時計を見たお姉さんが、慌て始める。


「す、すいません。助けていただいたのに……」

「いえ。通りすがりで助けただけですし。お気になさらず」

「あー、なんか連絡先渡せるといいんですけど……」


 と、何やらあわあわしてしまっている。


「いや、いいですから。本当に気にしなくても」

「……すいません!」


 よほど急いでいたのだろう。結局は、お辞儀を一つして、お姉さんは立ち去って行った。


「綺麗な人だったな……」


 こういう時、物語だと、助けた俺に彼女が一目惚れしたり。

 あるいは、助けた人が知り合いだったりするんだろう。

 

「ま、現実はそう都合よくはいかないよな」


 と、心の中で笑って、高校への道を急ぐことにした。

 たまには、こんな善行を積むのもいいもんだ。


◇◇◇◇


 高校が終わって、マンションに帰って来た俺は、

 部屋のベッドに寝っ転がってぼーっとしていた。


「お近づきになれたら良かったなー、なんて」


 独りごちて見るけど、そんなのはお話の中だけのこと。

 でも、雰囲気とか色々好みだったよなあ。

 もう、二度と会うこともないだろうけど。


 ピーンポーン。ふと、チャイムの音が鳴った。

 今、俺は遠くの進学校に通うために、独り暮らしをしている。


(宅急便は頼んでないよな。また、NHKの人か?)


 少しうんざりしながら、扉を開けると、そこに居たのは。


「は、初めまして。昨日から、お隣に住むことになった、鵜崎夕うざきゆうと申します、が……?」


 挨拶の途中で、気がついたのか、どんどん目が見開かれていく。


「ええと。今朝の、不良に絡まれていたお姉さん、ですか?」


 服装が同じなのもあったし、記憶に残る出来事だったから、見間違いじゃない……と思う。


「は、はい。今朝は危ないところを本当にありがとうございました。ええと……」


 もごもごとしているのを見て、名前を尋ねようとしているのに気がつく。


「羽生。羽生浩二はぶこうじって言います。高校二年生です」

「じゃ、じゃあ。改めて、羽生君。本当に、ありがとうございました!」

「いやいや、おおげさですってば」

「これ、お礼の品でなくてすいませんけど、引越し蕎麦です」


 と、手提げ袋に入っていたものを差し出してくる。

 引っ越し蕎麦、実在したんだ。


「あ、ありがとうございます。一人暮らしなんで、助かります」

「一人暮らし?……ええと」

「ああ、進学のために一人暮らししてるだけですよ」

「そ、そうですか。あ、私は近くの大学に通ってます」

「そりゃまた、なんでこんなタイミングで引っ越しを?」


 今は4月だ。

 大学に入ったばっかりの人ならともかく、なんでこんな時期なんだろう。


「実家からだと、通学に二時間かかるんですよ。しんどいし、友達とも夜遅くまで遊べないしで、近くにマンションを借りることにしたんです」


 ああ、なるほど。


「似たもの同士ですね」


 通学時間の問題で引っ越してくる辺りが特に。


「そうですね。似たもの同士ですね」


 笑いながら、髪をかきあげる鵜崎さん。

 大人の魅力があって、思わず見惚れてしまいそうだ。


「じゃあ、お隣さん同士、これからもよろしくお願いしますね」


 ま、縁がないと思っていたのが、こうしてお隣さんになれただけでもラッキーだ。

 きっと、既に彼氏は居るんだろうけど、こういうのもなかなか悪くない。


「あ、あのー。それなんですけど」

「はい?」

「助けてもらったお礼、まだ、してませんから。今度、夕食一緒しませんか?」


 突然のお誘いに、鼓動がビクンと跳ねた気がした。

 落ち着け、落ち着け。お礼にご飯を一緒にするとか、別に何もおかしくない。

 お隣さんになったついでに、お礼をしようというだけのことだ。


「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて。来週辺りにでも行きます?」

「はい。じゃあ、来週の土曜日に」


 というわけで。

 引っ越して来たばかりのお隣さんと夕食と洒落込むことになってしまった。

 人生、何が起こるかわからないもんだ。


 でも、ロクにいい服ないけど、大丈夫だろうか……。


◇◇◇◇


「でも、あの時は、夕さんとお付き合いするとか、思ってもいませんでしたね」

「私も、浩二君とお付き合いするなんて、全然思ってもいなかったかな」


 結局、夕食を共にした俺達は何やら意気投合。

 夕さんから、何度かデートのお誘いがあって、そして、お付き合いすることに。

 今は、自宅のベッドで二人して寛いでいるところだ。

 

「でも、その割には、夕さんの方が積極的にデート、誘ってきましたよね」

「そ、それは……」


 なんだか、顔を赤くしているけど、どうしたんだろう。


「どうか、しましたか?」

「そ、その。なんだか、浩二君とは、運命的な出会いだなーって思って。ここは攻めなくちゃ!って思ったの」


 また、なんともはや、ロマンチックな理由だ。


「別にカツアゲされそうになってたのを助けただけじゃないですか」

「助けたくれた男の子と、その日に内にバッタリ再会、なんて滅多にないわよ」

「それはそうかもしれませんが。でも、俺も、再会出来て嬉しかったですね」

「……?」

「いや、夕さんが、その、美人さんだったから。あの後、もし、夕さんと再会出来たら、とか妄想してたんですよ」

「浩二君も、そういうところは、やっぱり高校生なのね」

「そういうところは、ってなんですか。俺は立派な高校生ですよ」


 まあ、人からは、あんまり若々しくないとよく言われるけど。


「でも、運命でも、偶然でもいいですけど、夕さんと一緒に居られて嬉しいです」

「も、もう。浩二君、そうやって、グっと来る言葉言うんだから!」

「いいと思った事を口に出すのが不思議ですか?」

「浩二君くらいの歳でも、大人になっても、さらって言える男の人は多くないわよ」

「はあ、まあ、そういうものですか」


 イマイチぴんと来ない。


「浩二君、浮気、しないよね?」

「いえいえ、しませんって。夕さん一筋ですよ」

「そういう風にさらっと気持ち言える人ってモテるのよ?」

「いえいえ。高校でモテたことなんて……あ」


 そういえば、俺のどこがいいのか、告白して来た女子が何人か居た気がする。

 「俺のような奴には釣り合わないと思う」と、これまで断っちゃったけど。


「むう。やっぱり、浩二君、モテるのね?」

「いえいえ。少しだけ、ですよ。少しだけ」

「心配だから、聞かせて」

「いやいや、それは勘弁してくださいよ」

「だーめ。聞かないと、嫉妬しちゃいそうだから」


 ひょんな出会いから交際を始めた俺たち。

 なんか、こうしているのが少し不思議な気もするけど。

 まあ、人生、何が起こるかわからないって事か。

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