76世代と96世代の1on1ミーティング

江田・K

デジタルネイティブとは――


 会議室を名乗るには狭い面談ブース。

 小さなテーブルに椅子は4脚。

 椅子はあれど4人も座れば確実に「密」だ。


 幸い、今このブースにはふたり。

 五十路前の男と、二十代半ばの青年が向かい合って座っている。


「キミはデジタルネイティブという言葉を知っているかい?」

「あー……。むかーしちょっと流行ったスね。知ってまスよ」

「私くらいの歳の者を76世代といって、キミは96世代だね」

「は?」

「は、とは?」

「部長、ちょっと待ってもらっていいスか」


 部長と呼ばれた男は眼前の青年が苦虫を嚙み潰したような顔をしていることに気が付いた。


「俺の解釈と違うっス。デジタルネイティブの」

「ほう。というと?」

「部長みたいな人生の途中でネット環境が現れた人は論外として」

「論外」

「俺みたいな生まれた時からネット環境がある程度のヤツもネイティブじゃねえっス」

「ならばキミの言うデジタルネイティブの定義とは?」


 青年はニッと笑った。


「生まれた時からスマホがある連中っス。要するに2007年の林檎社製のアレと同い年のヤツらっス」

「ふむ」


 確かに自分たちのような存在オッサンをデジタルネイティブというのは無理があると部長は思い、頷くのだった。






 生まれた時からインターネットどころかスマートデバイスに慣れ親しんだ者こそがデジタルネイティブという意見には賛同できる。


「とはいえ、私からすればキミも十分に異質な存在だよ」

「そうスか? たとえばどの辺が?」

「キミはインターネット上で知り合った人に会うことに抵抗が無いだろう」


 そう告げると、青年は口の端で僅かに笑んだ。


「インターネット上て。今日日きょうびなかなか聞かないっスね」


 青年は首を傾げ部長を眺めつつ、言った。


「生活に根差しているのだから地続きでしょ。リアルもネットも」

「やはり感覚が違うな」

「さっき部長が言ってた76世代とかだってネットとリアルがくっついてたっしょ」

「草の根BBSが現実と地続きだったとは思えんなあ」

「はい?」


 今度は青年が聞き返す番だった。


「草の根――なんです?」

「BBSだよ」

「びーびーえす」


 青年は舌の上で単語を転がしながらポケットからスマホを取り出し、検索。

 面談中にスマホで調べ物をすることに抵抗が無い。というか遠慮が無い。このあたりの感性も理解しがたい、と部長は思っている。


「はー、なるほど。電子掲示板スか。Bulletin Board Systemを略してBBS。SNSみたいなもんスか?」

「最中と八つ橋くらいの関係性だろうか」

「案外近いスね」

「だいぶ違うと思うが」


 ふたりは顔を見合わせしばし笑い合った。






「んで、今日の面談ってなんでしたっけ? デジタルネイティブの話じゃないっスよね?」

「勿論だ」


 部長は一度咳払いをした。

 居住まいを正して、告げる。


「君の勤務態度についてだよ」


 部長の指摘した内容は以下のようなものだった。

 対面のやり取りを避ける。何でもメールで済ませようとする。要約すると、対人コミュニケーションを疎かにしているということだった。


「少し、改められないか?」

「改める必要ありまスか?」


 青年は投げやりに聞き返した。それは返答を求めるものではなく、言葉を続ける。


「メールなら相手の都合のいい時間に見てもらえるじゃないスか。いちいち声かけられるたびに手ェ止めるのって非効率スよ」

「ふむ」

「逆にメール送りました、って内線かけてくる人いるんすけどなんなんスかアレ。言われなくても受信ボックスに入ってるっつーの」

「確認だよ、確認」

「それが無駄だっつーんスよ。ってか、いい加減にチャット導入いれましょうよ弊社ァ」


 言って聞かせても駄目らしい。それどころか会社批判をしはじめる始末。やはり価値観が違う。


「キミの能力は高く評価している。だが――」






 部長の言葉は最後まで続かなかった。

 スマホをポケットに仕舞った青年が代わりに一枚の紙を取り出したからだ。


「1on1はちょーどよかったっス。部長、コレ。辞表ス」

「はっ? ちょっと待て」

「いやー、SNSでヘッドハンティングされまして。それじゃ、お疲れ様っス」


 止める暇もなく、面談ブースから去っていく青年とテーブルに置かれた退職届を交互に視ながら、部長は深い溜息を吐いたのだった。



(了)

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76世代と96世代の1on1ミーティング 江田・K @kouda-kei

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