かくれんぼ

@ns_ky_20151225

かくれんぼ

 ついに自分にも、と思ったが、よく考えたらほとんど困らないのだった。すぐやり取りしないといけない友人なんかいないし、実家とは電話か手紙、それか差し入れ荷物にメモが同梱してあるし。

 だいたい、もう日本人の一割弱はとり憑かれてるから、急にネットで連絡取れなくなっても、ああ、あれね、でなんとかなる。


 気づいたのは朝起きて枕もとのスマートフォンを取った時だった。昨日までは表示されていた通知がない、アイコンのバッジもなくなった。ほかにも正常に動作していないアプリを見て悟った。ああ、あれね。それなら時間だって表示はされてるけど自動補正されないので徐々に信用できなくなる。ときどき手で合わせなきゃならない。

 この問題は国会でも対応を検討しているが、いまだに解決策は見えていない。


 当然だろう。いくら非科学的と馬鹿にされようが、妖怪のしわざなのだからどうしようもない。みんないってる。『リモコン隠し』が時代に合わせて変化したんだって。

 ぼくもそう思う。リモコンじゃなく、ネットから人間を隠すようになっただけだ。だから、憑かれた者はネットを使ったコミュニケーションとそれに相当する行為が不可能になる。だってネットから見えてないんだから。


 ブラウザを開いてニュースを見る。画面は虫食いのように表示エラーが出ているが、読める記事もある。つまり単純な一方向だけのダウンロードならできるが、クッキーでもなんでもこっちから情報を送らなきゃならない記事や広告はだめ、ということだ。

 しかし、例外もある。電話がそうだった。ニュースでもいっていたが、電話だってもうアナログじゃなくネットの技術が使われているのに音声通話だけであれば問題なく使える。ただし映像が伴ったり、留守電や転送、ファックスはだめだった。

 そのあたり、可能な交流とそうでないものの基準がわからない。一説にはこの『リモコン隠し・改』が理解できるかどうかが線引きともいわれている。ずいぶん年寄りの妖怪なのだろう。


 だから、今日の休講について事務に電話で確かめ、通常通り変更はないとわかったので出かける支度をした。


 電車では自分とおなじ目にあったらしい人が話していた。

『おう、どした? 朝から無視?』

『いやいや、まいったよ。あれだよ、あれ。憑かれちゃった』

『えーっ! どうすんの? これからは電話だけか』

『しょうがないよ。大変だよ。どうしよう。とにかくみんなに広めといて』

『そうするけど。災難だな』

『まじ困る。ネットぼっちだよ』


 そうだよな。ふつうは困り果てるよな。なんせネットから切り離されるんだから。しかし、日常生活に不便はない。政府や自治体は案外早く対応し、ネットなしでも申請などに不便や不利益が生じないように手を打った。まあ、昔にもどしただけだし、その時代の経験を積んだ世代の再雇用という副産物も生み出した。

 人との関わりを全面的にネットに頼っていた世代がもっとも害を被ったが、ぼくはそうじゃなかった。地元でもつきあいのいいほうじゃなかったし、進学でこっちに出てきても新しいつながりなんてできなかった。

 作らなかった、というほうが正確かな、とにかく人づきあいが苦手で、直そうとも思わなかった。だから進学で環境が変わったのはむしろ大歓迎で、寮にもサークルとかにも入らず、学校と学生向けワンルームを往復するばかりで毎日が成り立つのは快適ともいえた。


 そこへ『リモコン隠し・改』だ。自分がそうであることに外から裏付けを与えてくれた。なぜか人づきあいをしないのを悪のようにいったり心配したりする風潮があり、いちいち反論もしたくなかったが、この妖怪のおかげで面倒な議論をせずにすぐ身を隠せる。

 現代はそういう時代だ。ネットから見えないのはいないのとほぼ同じ。コミュニケーションは必要最低限。新しい出会いなんか起こらなくてもいい。


 かくれんぼはネットのせいで探す鬼が圧倒的に有利になってしまっていたが、いまや隠れる側が優位に立った。ひっそりと生きていたいぼくにとっては『リモコン隠し・改』は最高の妖怪だ。

 ずっとずっとこんな時代が続いてほしい、と電車に揺られながら思った。


 もしかしたら、そういう願いを持った人が『リモコン隠し』を変えたのかな、と考える。世の中には変えたいと願っても自分からは動きたくないぼくのような人がいる。妖怪とはそういう人が生み出したり、変えたりするのではないだろうか。

 なんだか心理学か民俗学みたいだけど、ぼくはもちろん形にはしない。論文なんか書いて発表したら人との関わりが生まれてしまう。こういう考えを頭の中だけで転がしているのが楽しいのだ。


 そう。と、ぼくは心だけ微笑む。頭があればひとりだって楽しい。


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