第10話 倭国にて

「まぁ、媚薬を使った疑いですか?あの男爵令嬢に?」


「ええ、どうやらその容疑で取り調べを行っているらしいですわ」


 無事に倭国へたどり着いた私とルドルフですが、突然の来訪にも関わらずシラユキ様は笑顔で迎えて下さりました。

 お母様からのお手紙をお渡ししたら、その内容についてお茶を頂きながらシラユキ様が教えてくださったのですが……。


 どうやらあの男爵令嬢は媚薬や麻薬などを使ってオスカー殿下を意のままに操ったのではと疑惑がかかり逮捕されたそうです。あれでも一応王族ですから、もし王族に薬を盛ったとなれば確かに大事件ですわね。それにしてもいつの間に男爵令嬢を捕らえたのかしら?仕事が早いですわ。


「媚薬って名称だけ聞くと恋の駆け引きのように聞こえますけど、あれは毒物ですもの。王族に毒を盛ったとなれば重罪ですわ、一生牢獄で過ごすことになりますわね」


 でもあの男爵令嬢がそんなもの使うかしら?あの方、ご自分のプロポーションと顔面に異常なくらい自信を持っておられましたわ。まぁ、確かに美人ですしスタイルもとてもよろしいのは認めますが日を増すごとに香水がきつくなっていくのがどうにも困ったものでしたわ。鼻が曲がりそうでしたもの。


「なによりセレーネ様を陥れ婚約者を奪ったんですもの。死刑でも足りませんわね!」


 拳を握りしめて力強くおっしゃるシラユキ様。ですが王族に毒を盛ったことより、公爵令嬢の婚約者を奪った方が罪が重いって逆では?もしかして倭国の法律はうちの国と違うのかしら?


「陥れ……ようとはしていたみたいですわね。どうやら私の悪い噂を流そうと躍起になられてましたけど、誰にも相手にされてませんでしたわ。あぁ、そういえば変な呼び名はつけられてましたわね。なんだったかしら……そう、“悪役令嬢”ですわ」


 あの男爵令嬢はことあるごとに私を「悪役令嬢のくせに!」と言っていました。意味はよくわからなかったのですが。


「“悪役令嬢”ですか……物語によく出てくる固有名称ですわね。主人公であるヒロインの幸せを邪魔するライバル令嬢の事を指すのですわ」


 さすが物知りのシラユキ様です。謎がひとつ解けましたわ。私は男爵令嬢にとって自分の幸せを邪魔する悪者だったってことですのね。


「でもオスカー殿下は昔から私と婚約破棄したがっていましたし、男爵令嬢はきっかけに過ぎませんわ。まぁ、本当に媚薬を盛られたのだとしても長年の願いが叶ったのですしオスカー殿下は本望ではないかしら」


「オスカー殿下は昔からあれでしたけれど、最近のご様子を聞く限りとても情けない男性になられてしまったようですわね。男爵令嬢との浮気は媚薬のせいだとしても、隣国の王女まで侍らせるなんて……」


 あら、それでは本命は隣国の王女だったのかしら。まぁ、今となってはどちらでも私には関係無い事ですわ。


 あぁ、シラユキ様が深いため息をつかれてしまいました。ご心配ばかりおかけして申し訳ないですわ。シラユキ様は昔、オスカー殿下がバカな理由で婚約破棄宣言をしているところを目撃なされています。大人たちには内緒にして欲しいとお願いしたので私とシラユキ様の秘密だったのですのよ。


「オスカー殿下が媚薬を盛られていようがいまいが私の気持ちは変わりませんわ」


「セレーネ様がそれで構わないのなら、わたくしはセレーネ様の意思を尊重いたしますわ。どうやらアレクシス殿下は中立に徹しておられるようですけれど、わたくしが説得いたしましょう」


「是非お願いいたします。とにかくこれから私がすることの邪魔だけはしないようにと釘を刺して下さると助かります」


 現在私がしようとしている事ですが、さすがに王太子に邪魔されると滞る可能性がありますので。


「あら、何をなさるおつもりですか?」


「いえ、たいしたことではありませんのよ。ただ、私はある考えにたどり着いたのですわ。……オスカー殿下があれだけ婚約破棄を希望しながらなぜすぐ撤回しては再び宣言を繰り返していたのかを。ひとつだけ思い当たる事がありましたの」


 昔から耳にタコができるくらい聞いてきた婚約破棄宣言。でもなぜそれはすぐ撤回されていたのかなんて考えた事がありませんでしたの。あのときはムカついてキレてしまいましたが、落ち着いて考えればすぐわかったことです。オスカー殿下の思惑が!


「オスカー殿下は、私のルドルフを狙っていたのですわ!」


「まぁ、ルドルフを?」


「ええ、ルドルフが我が国の賢者に“星の子”と呼ばれているのはご存知ですわよね?私には普通の犬なのですが、昔から宰相などの権力者が物珍しさに欲しがってましたの。よく考えれば、オスカー殿下はなにかとルドルフに興味を示していましたわ」


 私がルドルフと戯れていると自分もと触りに来たり、ルドルフの真似を始めたり……婚約破棄を宣言しはじめてからはルドルフの餌まで奪って来ました。


「オスカー殿下は“星の子”と呼ばれるルドルフが欲しいのです。でもルドルフは私になついている。だから最初は懐柔しようと仲良くしてましたがやはりそれでは物足らず、私にいちゃもんをつけて婚約破棄しルドルフを慰謝料として奪おうと企んだのです。ですがうまくルドルフが奪えないとなると婚約破棄宣言を撤回して再び次の機会を狙っていたのですわ!」


「まぁ!なんてこと!」


「今回の婚約破棄宣言は男爵令嬢の媚薬に惑わされたのでしょうが、私との婚約が破棄されるとなればきっとオスカー殿下はルドルフを手に入れるためにいちゃもんをつけてくるはずです!あのバカでお子様なオスカー殿下ですから力ずくということも考えられます。それとも、もしかしたら男爵令嬢や隣国の王女もオスカー殿下の協力者の可能性もありますわね。私を陥れ悪い噂を流せば、そんな者は“星の子”を有する権利はないとかなんとか言ってルドルフを奪う気だったのかも」


「あのオスカー殿下がそんな綿密な悪事を企むなんて……。セレーネ様、名推理ですわ!」


 なんと言ってもルドルフは倭国との国交にもひと役買ったお手柄ワンコですから、王子がそれを手に入れればそれこそ名誉なことだとでも考えているのかもしれません。


「だから、ルドルフを守るためにもある作戦を決行中なのですわ」


「あら、それならわたくしも協力致しますわ」


私はシラユキ様の耳に顔を近づけ「実はハルベルト殿下にお願いして……」とその作戦を告げました。



「無人島を買い取って、開拓中ですのよ」と。


 あ、もちろん私のポケットマネーですからご安心を。ちょっとした事業を個人的にやっておりますので貯金はたっぷりありますのよ。

 ちなみにシラユキ様との会話の間、ルドルフは庭で倭国の犬たちと戯れておりますわ。寝転がったルドルフのお腹の上にたくさんの柴犬たちがヘソ天して寝ております。和やかな光景で心が癒されますわね。

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