Stay alive

リュウ

第1話 Stay alive

 私は、ソファーで彼のスマホをいじっていた。

 私の写真、私のビデオやSNSのやり取り。

 ネットサーフィンの履歴や彼の読んだ本、彼の見た映画。

 最後に私が貰ったホワイトデーのお菓子。

 見る度に、私が彼に愛されていたことを感じていた。

 私のスマホには、彼の笑顔や彼に仕掛けたいたずらの写真や動画が残っている。

 ・・・・・・彼の声までも。

 手を伸ばせば、彼に触れそうな気がする。

 なぜ、こんな幸せに時に逝ってしまったの?

 これから、もっともっと二人に時間を過ごそうと思ったのに。

 そう決めていたのに。

 誰が彼を私から取り上げたの。

 彼や私が、過ちを犯したというの。

 それなら、その過ちを教えてほしい。

 そうしたら少しは、この気持ちを抑えられたのに。

 二人ともお互いに嫌いになって、別れたならもっと気持ちが楽だったのに。

 私は、彼にどうしょうもないほど好きだったのに。

 愛していたのに。

 今じゃなければ、いけなかったの?

 二人ともヨボヨボのおじいちゃんやおばあちゃんになってからだって、よかったのに。

 もう悲しすぎて涙も出なくなっちゃった。

 彼が交通事故に巻き込まれて亡くなってから、

 もう二年も経とうとしているのに・・・・・・。


 彼のスマホの中に、気になるアプリがあった。 

『Stay alive』というアプリだった。

 私の知らない彼が居る気がして、怖くて開く事を避けていた。

 変なアプリなら、彼をあきらめることが出来るかもしれない。

 そう思って、アプリをタップしていた。


 そこには、彼がいた。

 私は、驚いて思わずスマホを放り出してしまった。 

 恐る恐るソファーの上の彼のスマホを拾った。

「どうしたの?泣いてる?」

 彼の声だ。

 彼の顔だ。

 これは何?

 テレビ電話?

 生きてるの?

 ねぇ、生きてるの?

「泣いてないわよ。目にゴミが入っただけよ」

「そう、それならいいけど。君のことが心配でさ」

 私の顔を覗き込んいる。

 私は、とうとうどうかしてしまったのだろうか。

 アプリの設定アイコンをタップした。

 『Stay alive』は、自分自身のコピーを作るアプリで、日々のあらゆる情報を収集し、彼の思考や言葉、仕草をAIにより再現するものらしい。

 ある程度、情報が集まれば自分との会話もできるほどそっくりな自分に出会えるらしい。

<これが、AI?嘘なの?>

 枯れていたはずの涙が頬を伝った。

 テレビでスパコンを使用して、偉大なスターを蘇らせるのを見たことがあった。

 それのスマホ版なのか。

「ねぇ、私がわかる?」

 私はスマホの中の彼に話しかけた。

「何言ってるの、マユミだろ。冗談はやめろよ」

 いたずらっぽい彼の笑顔があった。

 そうそう、こんな顔。あいつの顔はこんな・・・・・・・。

 ・・・・・・でも、これは嘘でしょ。

 私、しばらくスマホの中の彼と過ごした。

 初めてのデートやプレゼントや二人の記念日を覚えていた。

 私より覚えていたかもしれない。

 久しぶりに思いっきり笑えた。彼と一緒に。

 驚いたのは、このやり取りも彼の記憶として取り入れられたことだ。

 本当に彼と話しているようだった。

 ・・・・・・彼じゃない。

 

 私は、本物じゃないとわかっていたけど、いつも彼のスマホを持ち歩くようになっていった。

 スマホと話しているそんな私を周りは、心配してくれた。

 でも、私はかまわなかった。

 だって、彼と一緒だから。

 ・・・・・・偽物でも。


 ある日、彼の姉が二歳になる子どもを連れて訪ねてきた。

 たぶん、私の様子を見に来たんだろう。

「突然訪ねてきてごめんね。」

 とてもかわいい男の子で、直ぐに仲良しになった。

 私は、スマホを持つと「これはいらない」と取り上げてどこかに隠されてしまった。

 子どもとの遊びがあまりにも楽しくてスマホを隠された事も忘れてしまった。

 しばらく、一緒に遊んでいたが、いつの間にか子どもは疲れて寝てしまった。

 私は、子どもの寝顔を眺めていた。

「コーヒー、入ったわよ」

 姉が、コーヒーを差し出す。

 私は、砂糖を小さじ一杯とミルク二杯を入れた。

 それを見た姉は驚いたようだった。

「今思い出したは、この子が言っていたこと。

 あなたのコーヒーには、砂糖一とミルク二を入れてねって。」

「えっ、知ってのかしら?」

「まさか、マナミさんとは今日が初対面よ」

 姉は、一口コーヒーを飲むと話を続けた。

「この子、この頃、変なこと言うの。あなたに会いたい、会いたいって。

 それで、今日、連れてきたんだけど。

 それと・・・・・・」

「それと?」

「へんなこと言ってごめんなさいね。マナミさんのおへその下にハート型のホクロがあるって」

 馬鹿な事を言うでしょと微笑んでいた。

 確かに。ハート型のホクロがあった。

『ハート型のホクロだね』彼がにっこり笑う顔が頭の中に浮かんだ。

 私は、子どもの顔を見つめた。

<あなた、帰ってきたの?>

 私は、子どもの汗ばんだ額を優しくなでた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Stay alive リュウ @ryu_labo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ