MAIL

紫 李鳥

 MAIL

 


 件名に〈ミライからのメール〉と書かれた奇妙なメールが真夜中に届いた。寝ぼけていた泰子は、差出人も確認しないで本文を開いてしまった。そこには、


〈顔にやけど 彼女も会ってくれない 生きる希望なくした 死にます〉


 と、あり、その下に大まかな住所が書いてあった。気味が悪かった泰子は、悪質ないたずらメールだと思い無視した。



 ――翌朝、やはり心配になり、バイトが休みだった泰子はそこへ行ってみた。すると、そこは病院の近くにある雑草に覆われた廃屋だった。恐る恐る窓の隙間から覗いてみると、顔に包帯を巻いた男が壁にもたれてぐったりしていた。


「だ、大丈夫ですか!」


 声をかけたが、反応がなかった。怖くなった泰子は、声色を使って公衆電話から119番に通報すると、急いで逃げ帰った。



 ――テレビのニュースで分かったのは、


【廃屋で発見されたのは、放火と見られる火事でやけどを負って入院していた田嶋哲也さん、24歳、会社員で、死因は睡眠薬による自殺とみられる。なぜ、夜中に病院を抜け出したのかは不明。また、田嶋さんの携帯電話が見当たらないことから、名前も告げずに消防に通報した女性が持ち去った可能性も視野に捜査が行われている】


 ということだった。やけどの件で将来を悲観して自殺したのだろうか。それと、放火犯を捜してほしくて、私にメールを寄越したのではないだろうか。つまり、ダイイングメッセージだと泰子は思った。


 どうして、私にメールが届いたのか知りたかった泰子は、哲也の手から携帯電話を盗んだ。それは、私に届いた哲也からのメールを警察に知られたくなかったのもあったが、それ以上に、この携帯電話に、事件の謎を解く鍵があると思ったからだ。




 泰子はドキドキしながら、同じ機種の哲也の携帯電話を開いてみた。そして、私へのメールの件名を見て、アッと思った。〈ミライからのメール〉ではなく、〈ミイラからのメール〉だった。寝ぼけていて見間違えたのだ。――哲也が送った沢山のメールを読んでいるうちに、案の定、哲也の自殺に繋がる重大なヒントがあった。


〈ユキ、どうして会ってくれないんだ。どうして、電話もメールもくれないんだ〉


〈会いたい! ユキ、会いたい!〉


〈ユキ、君を愛してる。ユキ、声を聞かせてくれ。ユキ、メールをくれ。お願いだ! お願いだ! お願いだ! ユキ! ユキ! ユキ!〉


 狂ったように打たれた文字。恋人と思われるユキという女への異常なまでの執念。しかし、この携帯電話に、ユキからのメールの返信はなかった。以上のことから泰子はこう推測した。


 哲也は、返事をくれないユキという恋人にどうしても会いたくて、衝動的に病院を抜け出したのではないだろうか。だが、顔に包帯を巻いている状態では会いに行くこともできない。かといって、包帯を外せば醜い顔が現れる。ユキは受け入れてくれないだろう。どっちにしても、会いに行くことはできない、そんなふうに悲観して、病院から盗んだ睡眠薬で自殺をした。ユキからの返事がない時点で自殺を考え、睡眠薬を携帯していたに違いない。



 そして、哲也が残していた古いメールを読んでいるうちに、そのユキという女の正体が分かった。――




「ね、柚姫。これ、見て」


 親友の柚姫に、哲也から届いたメールを見せた。


〈Sub;ミイラからのメール〉




「……いやだ、何これ」


 柚姫が露骨に嫌な顔をした。


「でしょ? 最初、ミイラをミライだと読み間違えて本文を開いちゃったの。そしたら、今から自殺するってあって」


「マジで?」


 柚姫が顔をしかめた。


「ん。ほら、見て」


 もう一度、携帯電話を見せた。


「ヤだ、ホントだ」


 柚姫が顔を歪めた。


「で、気持ち悪いから無視したの」


「ん」


「でも、なんか気になって、翌日そこに行ってみたの」


「ん!」


「そしたら、そこに――」


「ん」


「死んでたの」


「エッ! 誰が?」


「タジマテツヤが」


「! ……」


 泰子に据えていた柚姫の大きな目は、更に大きくなっていた。




 親友をサツに売るのは抵抗があった。だが、どうしても、柚姫の人間性が許せなかった。贖罪しょくざいのひとかけらもなく、


「フン。誰よ、そいつ」


 すっとぼけて鼻で笑った。その時の柚姫の顔は、まさしく、人面獣心じんめんじゅうしんだった。


(じゃ、さっきの驚いた顔はなんなの? こっちにはちゃんとした証拠があるのよ。……こんな女を親友だと思っていたのか)


 泰子はそんなことを思いながら、ふてぶてしくしらを切り通す柚姫の横顔を、悔しそうに睨んでいた。




「――こっちは遊びのつもりだったのに、夢中になっちゃってさぁ。うざったいのなんのって。しつこいから相手にしなかったら、会社やアパートまで来るようになって。他に彼氏いたし、邪魔だったから、お仕置きをしてやろうと思って。


 あの日の夜。あいつのアパートのドアポストに、袋に入れて持ってきた小型のポリタンクの灯油を流し込むと、新聞紙を押し込んで火をつけたわ。……軽いやけどぐらいで済むと思った」


 柚姫は悪びれる様子もなく、平然と刑事の取り調べに答えていた。




 なぜ、哲也の相手が柚姫だと分かったのか。哲也が送ったメールの中に、次のような文があったからだ。


〈――友達に君の名前を教えたら、エッ! 柚に姫で、ユキって読むの? ユズヒメって読んじゃうよ、なんて言って笑ってた〉


 その時、ハッとして宛先のアドレスを確認した。まさか“ユキ”が柚姫だとは思いもしない私は、相手のアドレスなど気にも留めなかった。




 事件は解決した。だが、一つ気になることがある。どうして、哲也は私にメールを寄越したのだろうか。柚姫の携帯電話で私のメアドを知ったのだろうか……? つまり、哲也は、私が柚姫と親友だったことを知っていて、ダイイングメッセージを送ったのだろうか? 柚姫を逮捕してほしくて……。




 間もなくして、件名に〈ミライからのメール〉と書かれたメールが届いた。






→〈ありがとう〉


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