氷の世界に抱かれし勇者の物語

氷に火を灯して

 氷が全てを覆い空気も音も凍らせる。いつも静寂が支配する氷の大地に嵐が起こる。

 人であるならば数秒と持たないであろう氷の嵐の中、黒い影が二つ動く。


「これ以上は無理だ! ここは一旦引こう!」


「嫌だ! ボクは行かなきゃいけないんだ!」


大福だいふく! ここで僕たちが倒れたらフランカはどうなる? 冷静になるべきだ!」


 黒い影の一つが翼の形をした手を伸ばし、相手の丸い頭に触れる。


 大福と呼ばれ頭を触れられたのは、ジェンツーペンギンの男の子。大福を宥めるのはオウサマペンギンの男の子、エド。


 大福は悔しそうにくちばしを噛みしめ、エドと共に近くにあった洞窟へと入る。火打石を叩き火花を散らした後、アイテムボックスから取り出した薪に火を灯す。暗い洞窟を揺らめく炎が照らす。


「僕があのとき敵に突っ込まなければ、フランカは氷毒ヘビに噛まれることもなかったんだ」


「そうだよ。君はすぐに熱くなる。悪いクセだ」


 エドの言葉に反論できない大福が項垂れる。


「嵐が止んだら直ぐに出発だ。氷毒ヘビの解毒剤を持っている氷の女王に会いに行くからそれまで休むんだ。慌てても何も出来やしないことだってあるんだ」


「エドはすごいな。僕は迷惑をかけてばかりだ」


「自覚があるなら良いことだ。迷惑かけてると思うなら早く寝ることだね」


 エドは地面に転がり大福に背を向けながら「僕にも君のような熱さと覚悟があればね。うらやましいよ」と呟く。


 その背を見て微笑む大福の耳に、その言葉が届いていたかは定かではない。



 ***



 氷でできた廊下と壁、天井にぶら下がる氷のシャンデリア。全てが氷でできたお城の中を守るのは氷の兵士。

 氷で作られた兵隊は、氷柱つららでできていて、尖った手足で大福とエドを襲う。


 だが、身の丈以上ある大きな剣を豪快に振るう大福と、剣と盾を優雅に操るエドの前に氷の兵士たちは次々と砕かれ氷の破片と化する。


 大きな扉を蹴って強引に開けると、無人の玉座に向かって大福は叫ぶ。


「氷の女王! 僕たちは戦いに来たわけじゃないんだ! ただ氷毒ヘビの解毒剤を分けて欲しいんだ!」


 大福の声に反応し玉座に氷の粒が集まり光を放つと中から氷でできた人が現れる。氷のドレスを翻し透明な顔を大福に向ける。


「この城に侵入してきた不届き者たちよ。侵入だけではなく解毒剤を寄越せとは盗人猛々しいわ!」


 氷でできた盾と剣が氷の女王の両手に握られると、ドレスの重さを感じさせない素早い踏み込みからの斬撃を繰り出す。


「危ない!」


 斬撃を盾で受け止めたエドは吹き飛んで壁にぶつかってしまう。


「エド!」


「よそ見をしている場合か?」


 エドを心配する間も与えられず、氷の女王の激しい攻撃に大福は防戦一方になってしまう。氷の女王の能力なのだろう、斬撃を受ける度に大福の体に氷が張り動きは更に鈍くなってしまう。


「どうした? そんな実力でこの私に挑みに来たのか?」


「ぐうっ! 僕は絶対にフランカを救わなきゃいけないんだ。こんなところでぇ!!」


 大福の叫びに手に持つ剣が赤い光を放つ。


「なっ!? お前……それは」


 大福の持つ炎を上げる剣に氷の女王はたじろいてしまう。


「我ら氷の大地に生きる者が炎を操ることの意味をお前は知っているのか?」


「承知の上だ! 僕はやらなきゃいけないことがあるんだ。そのために命を削り火を灯すことに後悔などあるわけがない!!」


 大福の渾身の一撃は氷の女王の盾を真っ二つに切り裂き、燃え盛る剣先を女王の喉元に向ける。


「くくくっ、とんだ命知らずがいた者だ。お前はこの氷の世界に火を灯す気か? おもしろい、大福といったか。お前の生き様に興味が湧いた。望むものを渡そうじゃないか」


 氷でできた顔に表情はないが、愉快そうに笑う氷の女王。



 ***



 小さな村にある氷の家のベッドに寝ているケープペンギンの女の子に薬を飲ませると、淡い光を放ち苦しそうな表情をしていたい顔が穏やかになり目をゆっくり開く。


「フランカ!」


 大福が叫ぶと、フランカはまだ辛そうだが優しく微笑む。


「大福、あんたまた無茶したでしょ……。ううん、違うね。ありがと」


 涙目で首を振り自分の軽率さを謝る大福とフランカとのやり取りを、壁に寄りかかった見ていたエドが呟く。


「大福、やっぱり君はすごいよ。炎の魔剣を使う度に命を削ると分かってて、しかもそれを人の為に仕えるなんて僕には真似できないよ」



 ──氷の女王を退けフランカを無事救えた大福。彼らの旅はまだまだ始まったばかりだ。炎の魔剣を手に進め大福!



「うた、うた! フランカ無事だったのです! 良かったのです!」


 詩の膝の上に座っていたスーが、振り向いて喜びを体で表現しつつ力説を始める。それを詩は頷きながら聞いている。


「いっぱいお話したらお腹空いたのです」


 大福くんについて熱く語っていたスーがお腹を押さえる。


「お腹空いたの? おじいちゃん家の冷蔵庫になにかあるかな?」


【あらあら~ん、そろそろお腹空くころだと思ってオヤツ作っておいたわん】


 タイミングを見計らたように白雪が蒸しパンを片手に現れる。


「わ~い! 蒸しパンなのです。食べるのです!」


 詩の膝からぴょんと飛び降りると白雪の周りをぴょんぴょんと跳ね始める。


「なに? 白雪が料理してるわけ? あんた馴染みすぎでしょ」


【や~ん、家庭的だなんて照れちゃうわん】


「言ってないし」


 蒸しパンが待ちきれないといった様子でぴょんぴょん跳ねるスーを見て、詩は笑いながらため息をつくとスーと二人で白雪が作った蒸しパンを食べるのだった。


「これ美味しい!」


【やんっ、うたっちのために毎日お味噌汁作ってくれないかだなんて。スーの前でだ・い・た・ん】


「いや、言ってないし」


 こうして何気ない日常は過ぎていくのだ。

 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で33回目っす。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 詩が集めているペンギンの大福くんシリーズ、遂にアニメ化! 元の設定が暗いのですが、可愛いフォルムに過酷な運命のギャップが受けて人気のシリーズとなれそうな予感です。

 詩とエーヴァはアニメ化の前からグッズを集めていましたが、最近スーがハマっているようです。


 次回


『山に生まれし神獣……?』


 それは嵐の夜だった。


 雨風を何とか凌げる洞穴で苦しそうに唸る一匹の犬と、それを心配そうに見守るもう一匹。


 やがて犬の唸り声は、小さく可愛らしいが力強い鳴き声たちに変わる。


 きゅーきゅー鳴く子犬たちの中ただ一匹だけ叫ぶ。


「なんじゃこりゃーーーっつ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る