発見!スマホが生き埋めの理由

祥之るう子

スマホ生き埋め事件

 我が奈祖なそ女子高等学校では、本日全校一斉校庭美化活動が行われている。


 つまり、全校生徒で校庭の雑草をむしって花壇に花を植えるのである。


 全校生徒が一斉に校庭に集まるのは、さすがに収拾がつかないことになるので、全校一斉と言いながらも、実際は一年生から順番に一時間ずつ、三時間目までかけてやる形になっている。


 一年生が一時間目。私達二年生は二時間目。

 一年が除草を終え、二年が花壇の準備を整え、三年生様が新しい苗を突っ込んで終わりという、上下社会ゴリゴリのサイテーなイベントだ。


「で?」


 ジャージに軍手をつけ、首にタオルをまいた和紗かずさが私を冷めた目で見上げた。

 そんな目をされても困るんですけど。


「これ、何? あい


「スマホでしょ」


 和紗がぞんざいにスコップで指したのは、私たちが掘った花壇の穴の中で、土まみれになっている黒いスマホだった。


「そりゃ解るよ藍。私をバカだと思ってんだろ」

「思ってないわよ」

「じゃあなんで、花壇掘ったらスマホが出てくるんだよ」


 知らない。

 全く解らない。


「きゃあああああああ!」


 と、背後で怖がり日本代表のゆかりの悲鳴が聞こえた。


「わたし、メリーさん、今、あなたn」

「イヤーーーーーー! あ・あ・あ・あ・あ」


 耳に手を着けたり離したりしつつ、涙目で叫ぶ紫の横で、不気味に笑いながら怪談話をしているのは、先日お化け屋敷マニアであることが露呈した、ふわふわ天然パーマの小夜だ。


「コラァ! そこ! 真面目にやれ!」


 すかさず担任の先生が二人を叱った。目元に隈が浮かんでいる。


 紫は耳を塞いで叫んでいるので聞こえないようだったが、小夜はぺろりと舌をだした。先生は大きくため息をついて、雑草だらけの一輪車を持って歩いていった。


「センセー疲れてんね~。寝不足らしいじゃん」


 和紗がさほど興味もなさそうに言った。


「寝不足?」

「もうすぐ中間テストでしょ? 問題作ったりとか忙しいんじゃん?」

「ふうん?」


「それより今はこっちでしょ」


 和紗が土まみれのスマホの指差す。


「普通に落とし物なんじゃない?」

「じゃあ拾って届けようよ」


 うーん。触るのはなんだかいやね。軍手してるけど。


「和紗拾って」

「やだよ、藍が拾えよ」


 私たちが無言で見つめ合っていると、後ろから何者かが私の腰に体当たりをかましてきた。


「いたっ」

「藍助けてっ! 小夜がいじめる~!」

「紫、落ち着いて」


 紫だった。

 文化祭での騒ぎ以来、小夜は紫を怖がらせることに夢中になり、紫はいつも私の腹部にしがみつくようになった。

 なぜ。


 と、その時。


 ――♪


「きゃーーっ!」


 スマホから着信音が響いた。

 悲鳴はもちろん紫だ。


「びっくりした、充電切れてねえのかよ」


 和紗が言いながら一歩後ずさった。

 紫が私の背中にしがみついて泣き始める。


「着信?」


 液晶に表示された文字を、私は読み上げてみた。


「……メリー?」


「は?」


「メリーって人から電話がきてるみたい……ぐえっ!」


 突然紫の腕に力がこもった。

 紫が私の肩越しに、土まみれのスマホを見て、ブルブルと震えている。


「もういやーーーー! 小夜の意地悪ーーーー!」


「え? なあに?」


 小夜がトコトコと呑気に歩いてきた。


「小夜、アンタ、お化けドッキリのためにスマホ埋めた?」


 和紗が、ドン引きした様子で小夜に問いかけた。

 小夜は小首をかしげている。


「何の話?」


「とぼけないでよ! また小夜の仕業なんでしょっ!」


 紫が小夜の肩をつかんでブンブンと前後に振った。

 小夜は、前後に揺れながらも、和紗が指差しているスマホの方を見た。


「え、知らないよ、私のは教室のロッカーの中にあるけど」

「嘘! 嘘よ!」


「紫はなんで小夜の仕業だと思うんだよ」


 そんなやり取りをしているうちに、スマホの着信音が停止した。


「だって、だって! さっき、め、め……怖い電話の話したんだもん!」


「め?」


「メリーさんからの電話だよ~! 知ってるでしょ?」


 小夜の目が「怖がらせ」モードになる。楽しそう。


「ああ、ワタシメリーサンってやつね。だんだん近づいてくるやつ」


 和紗が言うとAIの音声みたいだが、確かにそんな怪談だ。謎の着信があって、相手がメリーさんと名乗る少女。あなたの家の近くにいるの~から始まって、最終的に後ろに立ってるってやつね。


「そうそれ。和紗が言うと怖くないわね。私が実演し」

「ヤメテ!」


「はいはい、落ち着いて」


 どうにか紫をなだめながら、小夜のことも制止する。


「小夜じゃないよ」

「おっ藍、謎解きかよ! 早くこのスマホが何か教えろし!」

「それはわかんないよ」


 和紗が不満そうに唇を尖らせたが、まだ解らないものは仕方ないでしょ。


「いい紫、小夜だったらもっと目をキラキラさせて、自分がやったって楽しそうに自慢すると思うよ」

「へ?」

「だって、いつもそうでしょ? いたずらがバレたとき、自分の成果を誇るじゃない、小夜は」


「そうよ!」


 小夜が、フンッと鼻息も荒く、胸を張ってみせた。

 紫が、何故か漫画のキャラがやるように、キーッと言いながら私のジャージの袖を絞った。やめなさい。

 和紗も。千切れそうな私のジャージを指差して鼻で笑うのやめなさい。


「じゃあ、このメリーさんから着信来てるスマホは誰ンだよ」


「なんですって!」


 小夜が叫んで、私と和紗の間に割って入った。


 私と和紗が触るのを躊躇した、泥と肥料で汚れたスマホを、小夜はキラキラの目で土から拾い上げた。


 ――♪


「イヤーーーー!」


 ビリィ

 スマホの着信音が響いたと同時、私のジャージの裾から不穏な音がした。

 確かめようにも、そこには涙と鼻水まみれの紫がしがみついているので、破けたのかどうかも不明だが。



「メリーさんっ!」


 小夜が、まるでサンタさんからのプレゼントを見つけた子供のように、見たこともないほどキラキラに輝いた瞳で、そう叫んだ。


 液晶には「メリー」の文字。



「あっ!」

「おい!」


 私と和紗が止めるまもなく液晶をタップ。


 ――応答。スピーカーのマーク。


「ハイッもしもしっ!」


『もしもし~』


「キャーもごっ」


 叫ぶ紫の口に、タオルをあてて和紗が黙らせた。


 しかし、なんだかおっとりした声だな、メリーさん。


 私たちが固唾を呑んでスマホを見つめていると、予想外の返答が返ってきた。



『わたくし、メリー家事代行サービスの佐藤と申します。この度は、メリーのメイド派遣サービスにお問い合わせいただきまして、ありがとうございました』



「は?」


「家事?」


「メイド?」


『こちら、大高さまのお電話でお間違いないでしょうか?』



「お」


「おおたか?」



 あ。

 謎が解けた。



 直後。


 私達四人の頭上から、担任の低い声が地響きのように聞こえてきた。


「おまえたち……いい加減に……」


「お」

「大高先生」


 困惑する私達の手元を見て、先生の顔色が一変する。


「あっお、俺のスマホ!」


「あ?」


 和紗の声が不機嫌に響いた。


 先生はワタワタと胸ポケットをさぐって、真っ青になった。


「お、お前たち、それ、どこにあったんだ?」


 先生がそう言うと、小夜が呆然と、スマホを先生に差し出した。


「悪い、この辺りに落ちてたのか?」


『もしもし~? 大高さまでいらっしゃいますか~?』


 先生がスマホを受け取ろうとしたタイミングで、メリーの佐藤さんの声が響いた。


「わっ! は、はいすみません!」


 先生は慌てた様子でスマホを操作して、通常の通話状態にすると、土だらけのそれを頬にあてて、こちらに片手をあげて、謝罪なんだかお礼なんだかよく解らないジェスチャーをしながら、校舎の裏の方へと走っていってしまった。



 残された私達四人は、しばし呆然と立ち尽くした。



「えっと、藍?」


 第一声は和紗だった。


「どゆこと?」


「どういうことも、何も、あれは大高先生の落とし物だったってだけよ」


 私は、紫を腹部から引っ剥がしながら答えた。

 紫はすっかり魂が抜けたようで、手は離してくれたが、相変わらずのしかかられたままだ。


「メリーさん……」


 小夜が悲しそうに呟いた。う、うん。お化けじゃなくて、残念だったね。


「なんで埋まってたんだよ」


「大高先生って、園芸部の顧問でしょ?」


「はあ」


「花壇のための苗や肥料、新しい土なんかを準備するのって、園芸部が担当してるじゃない。昨日も、放課後残ってこの辺にいろいろ支度してたし」


「で?」


「で、多分ここの花壇に追加される土と、肥料を混ぜた、この袋、大高先生が準備したんじゃないかしら?」


 私は、足元に落ちている、空になった麻袋を指差した。


「で?」


「先生、さっき胸ポケットを探ってたでしょ? 普段胸ポケットにスマホ入れてるんだと思う。胸ポケットにスマホを入れて、思いっきり下を向くと落ちちゃうことあるじゃない」


「でも、目の前に落ちたら気付くだろ」


「疲れてて気付かなかったか、後ろから呼ばれて振り向いた瞬間とかに落ちたんだと思う。土の上じゃ、音もしなかっただろうし」


 和紗は少し不満そうに、なおも食い下がった。


「でも気付くだろ、スマホなかったらさあ」


「だから、和紗が言ってたじゃない。先生、忙しくて寝不足だって」


「はあ」


「スマホ見る時間もなかったんじゃないかしら。きっと部屋もかなり汚くて自分じゃ掃除する気力もないから、家事代行メイド派遣サービス頼んだのよ。『お問い合わせいただき』とか言ってたから、きっと今回が初めて。少し前に問い合わせだけして、問い合わせたことすら忘れてたんじゃない?

 で、先生のスマホは気付かれることなく麻袋の上に落ちて、草むしりで疲れた一年生も気付くことなく花壇にぶちまけた。麻袋の一番上にあって、それを逆さまにぶちまけたら……」


「スマホが埋まると」


「そう」


 和紗は、ものすごく濃厚なため息を付いた。


「メリーさん……」


 ぐすん、と小夜が鼻をすすった。

 紫が、そっと小夜の頭をなでた。

 私にのしかかったまま。


「うわああああああああん」


 小夜の悲しい泣き声は、重労働の終了を告げるチャイムの音にかき消され、私たちは普段どおりの授業に戻るべく、立ちあがった。



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