「洞窟蟲」

「洞窟蟲」


「森の奥で、俺達は小さな洞窟を見つけた。中は暗く、そこらじゅうに尖った岩が無数に生え、地面はべとべとの液体まみれだった。それと、ひどい臭いだ。弟のジョージがしこたま酒を飲んだ翌日の寝床のような臭いがした。その洞窟は一本道で、奥の方には砕けた骨と溶けかけの肉が散らばっていた。そこで俺は叫んだ、こいつは洞窟なんかじゃない。必死に逃げたが、壁はすでに俺達に迫っていた。俺は足元に生えた歯を踏んだだけで済んだが、ジョージはヤツの口の中から出る直前で足を滑らせちまった。そして、ヤツは口を閉じた。俺の目の前で」

 ――テュール村のアル



洞窟蟲は南部特有の怪物だ。それは擬態できる岩山が多いからなのかもしれないし、南部人なら簡単に騙せるという、やつらなりの思惑があってのことかもしれない。

やつらは地面を掘り進み、ちょうどいい場所を見つけるとそこに罠を張る。といっても、やつらはそれほど頭が回らないので、岩や盛り上がった土のあたりで口を開けるだけだ。

遠目に見れば洞窟と見間違えるかもしれないが、中は石質の歯がそこらじゅうに生え、岩肌の体内からはねばっこい体液が滲み出している。しかも、ひどい臭いの。子供並みの冒険心や愚かなほどの好奇心さえ抱かなければ、そんな場所に入るやつはそう多くはないだろう。

仮に入り込んでしまっても、慌てる必要はない。やつらは恐ろしいほど鈍感で、動きも鈍い。やたらと体内を触って回ったり、中で大声を出さない限りやつらは眠ったままだ。そう、釣り糸を垂らしたままいびきをかく釣り人みたいに。

だが一度起こしてしまったのなら、なるべく急いだほうがいい。どんなに遅い亀でも、いつかは目的地にたどり着く。実際、亀が歩くほどゆっくりとだが、やつらは少しずつ体を絞り、口を閉じる。そして閉じてしまったら、もう外から開ける方法はない。

やつらの餌になりたくないのなら、昨日まで何もなかった場所に突然洞窟ができていても、そこに入るのはやめたほうがいいだろう。

南部を旅する時には、この話を思い出すといい。だが世界には、これ以上に恐ろしい怪物がたくさんいる。毒虫が巣食っただけで死んでしまう、この残念な生き物ばかりに気を取られないことだ。

安全ですごしやすそうな洞窟にこそ、中に何が潜んでいるかわからないのだから。


 ――冒険家、ヘンリー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る