七 夢中、鬼を捕らえる

旅の途中。長雨に足を停められた笙明達は、東道の沿道の古寺に身を寄せ過ごしていた。


「しかし降るな」

「篠はうるさい。寝ておれ」

「ひどいな?龍牙だってうるさいよ」


 軋む床で過ごす彼らであったが、雨のせいか、さては疲れのせいか笙明は深く寝ていた。


「笙明様。よく寝るね」

「疲れているのよ。寝かせてあげて」


 優しく彼に掛けた着物を整える澪に、篠は前から聞きたいことを尋ねた。


「澪って、笙明様が好きなの」

「ええ。好きよ」

「俺とどっちが好き」

「笙明様ね」

「ひどいな」


 こんな二人を見て龍牙がガハハと笑った。


「そうじゃぞ澪。我らは仲間なのだからそこははっきり申すな」

「そうですか。では篠も好きよ」

「もう良いよ」


 こんな話をしていても笙明は起きなかった。さすがにここで龍牙が気にし出した。眠りが深い彼はまるで死んでいるように見えた。


「深すぎやしないか?もしや妖の術で寝ておるのでは」

「まさか?起こしてみようか?笙明様、笙明様!」


 しかし篠が何をしても彼は起きずに寝息を立てていた。この様子に澪の顔色が変わった。


「おかしいわ……どこか心が他所に行っているみたい。笙明様。笙明様」


その頃。彼は夢の中にいた。




◇◇◇


「母上。いかがした」

「なんでもありませんよ」


 若い頃の母は彼に笑顔を見せていた。


……これは……


 笙明の両親は彼が少年の頃、亡くなっていた。夢の中の母は昔と変わらず彼に優しく食事を出してくれた。


「骨に気を付けて食べるのよ」

「わかっています!」


……母上……



 不思議な事に今の彼は夢の中の少年時代の体に入ってる感覚であり、口からは当時の自分の言葉が溢れていたが意識は今のものであった。


 そして目の前の暮らしは彼の両親が亡くなる当日の出来事であった。

懐かしい部屋、母の声、そんな中、在りし日の父までが出て来た。


「笙明。私達は父上の御見舞いに参るぞ」

「お前に留守を頼みましたよ」

「はい。わかり申した」


……ダメだ?行ってならない……


 この後の悲劇を知っている今の彼だったが、夢は過去と同じ通りに展開していった。苦しみで必死に体を動かそうとするが、それは頭の中だけで夢の中の少年の自分は言うことを聞かなかった。


……くそ……壊、破、脱、夢、幻、動……


 夢の中で必死に念じた笙明は、夢の中の自分になることが出来た。


……間に合え!路はここか……



 見舞いに行く途中、山賊に襲われ命を落とした両親を助けようと少年の笙明は必死に走り跡を追った。町外れの寂れた路先には両親が歩いていたのを発見した。


「父上!母上。危ない!」

「どうした……そんな大きな声を出して」

「笙明。家から走って来たのですか?」


 振り返った両親が足を止めた瞬間、その行先にヒュンと矢が刺さった。


「これは……誰がいるのか」



 三人が気がつくと山賊の集団にすっかり囲まれていた。先ほど彼が呼び止めなければ刺さっていた矢に母は顔を色を青くしていた。


「ここは自分が。あ」


 少年の彼は丸腰で刀を持っていなかった。ここは父が彼ら二人を背にし山賊をぐるっと見つめた。


「銀ならここにある。持っていくが良い」


 しかし男達は母を連れて行くと下品に笑い、腕を引いた。すると父は小声で息子に走って逃げろと囁いた。


「嫌です!二人を助けます」

「……そこで見ておれ。散!……冥の王よ。闇を制する我が君よ……」



 聞き慣れた父。放つ言霊は彼が聞いたことのない呪詛であった。腹の底から出す低い声は恐ろしく美しく彼を震わせえていた。その声がいっそう強まると天が怪しく曇り、辺りは生温い風が吹いて来た。


「往ね!邪の気と共に、魔界に消え失せよ!」


 父の強念に蹴落とされた山賊は気を失い倒れてしまった。


「……二人とも、大事はないか」

「はい。笙明、大丈夫ですか?」

「父上様、母上様……」


 死ななかった二人を見て彼は安堵し涙が出てしまった。こんな息子を両親は笑っていた。


「なんだそんな心配して」

「ホホホ。いつまでも子供で」

「お二人が無事でよかった。ああ」


 こうして彼は二人と家に帰り幸せに暮らし出した。












「……母上。声がしませんでしたか?」

「いいえ。鳥の声ではないですか」

「鳥の声……」


 部屋で書を認めていた彼の耳には何かが聞こえて来た。


「……念仏か何か……誰かが私を呼んでいるような」

「気のせいですよ。母には聞こえませぬ」

「……」


……笙明様……笙明殿!……笛を……


「笛?ああ、これか」


 少年は横笛を取り出し吹こうとしたが、母が優しく制した。


「なりませぬよ。火事があったばかりなのにいけないわ」

「……火事……それは」


 彼は思わず袖をめくった。その腕には火傷の跡がみて取れた。これを見ていた母は冷たい笑顔で彼を抱きしめた。


「なりませぬ。笛はなりませぬ」


「母上……お許し下さい」


 ここで彼は笛を吹いた。すると母は苦しみ出した。その声は人の声ではなく彼は血の気がひいた。その時、父の声がした。


「笙明!そのまま吹け。あとは我に」


 座敷にやって来た父は呪文を唱え苦しむ母を追い詰めていった。母はその姿を鬼にしていった。そして父に祓を受けた鬼は、この世のものとは思えぬ声をだし絶命し消えた。



「父上」

「よくやった……さすが我が息子じゃ」


 父は目を細めて息子を優しく見つめた。厳しく優しいいつもの父だった。


「お前の母はすでにここには居らぬようだ。ここは時の中か……。さすれば私は死んでおるのだな」

「はい」


 邪気を感じぬ父は、息子に元の世界に帰れと話した。


「鬼を倒したので帰れると思ったのですが。帰れませぬ」

「……お前の念がここにあるせいじゃ。情は捨てよ」

「わかり申した。ですが父上。先程の呪詛は何でしょうか」


 父は真っ直ぐ少年の彼を見た。そして手を取った。その温もりに彼は真の父と確信した。


「これをそなたに授けよう。善きに仕い、善きに祓え」

「父上」

「……我、そなたと共に有らん。善きに進め、善きに生きよ……」






「笙明様!あ、目が開いた……」

「本当だ」

「おい。水を持て」

「良かった?あああ」

「……澪。苦しいぞ……」


 自分の顔を覗き込んでいる仲間を見た彼は、その背後の青空に目を細めていた。

 仲間の話によれば彼は丸一日眠っていたと話した。


「一日か。それ以上に感じたな」

「良かったわ……どうなるかと、あれ、それは」

「ん?」

 

 いつの間にか彼の左手には妖の塊と刀が握られていた。


「夢の中の鬼か……父上のおかげ、おっとこちらもか」


 さらに右手には黒水晶が入っていた。これを握ると、ドクンと鼓動が聞こえた気がした。



「これは父上か。ありがたきことよ」

「なんだかしらないけどさ。俺達、心配したんだぞ」

「そうじゃ!澪は泣き叫ぶし」

「私は泣き叫んでなどおりません。龍牙様が無理やり水を飲まそうとするから」

「ははは。助かった。皆の声が聞こえたぞ」



彼はゆっくり体を起こした。篠はその刀はなんだと尋ねた。


「これか?まあ、父上からの贈り物よ」


笙明はゆったりと立ち上がった。刀は小ぶりであるが妖しく光っていた。

彼はゆっくりと顔の前でゆっくりと鞘から引き抜いた。


「魔剣、流星刀。父上亡き後、行方知れずであったが、ようやく我が手中に」

「それは、なんという妖気であろうか」

「俺にも感じるぞ……どうして」


笙明は静かにこれを収めた。この時以来この刀の主人は笙明となった。

雨はすっかり上がり虹が出ていた。


……善きに生きよ、か。


「笙明様。澪は魚を獲ってきました。早く食べねば、あ!篠、ダメよ」

「これこれ。私の分は残してくれよ」


現世の明るい空。眩しく見た彼は、仲間の元に向かった。












































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