開いて、消して。

鵠矢一臣

開いて、消して。

 開いてしまった……。


 布団にうつ伏せのまま、ロックが解けたスマホをボーッと見つめていた。

 一応、ノートとシャーペンを枕元に置いて、当てずっぽうの4桁をメモりながら挑んでたんだけど、まさかたったの15回目で当たっちゃうとは。


 マサ叔父ちゃんのスマホ。お父さんから「解除できないか試してくれない?」と渡されたものだ。お店では初期化するしかないらしい。

 開かずの金庫に鍵師が挑むっていうテレビ番組をみたばっかりだったから、顔には出さなかったけど、わりとノリ気で引き受けたんだ。


 ロック画面から切り替わって、デジタル時計の下にアプリのアイコンが8つ。なんにも特徴らしい特徴はない。

 とりあえず、忘れないように正解の4桁をメモっとく。


 そこで私の方のスマホに通知のお知らせが入ってきた。

『決めた! あしたコクる!』

 小・中と同じで、部活も一緒のアキから。時刻は23:26。晩ご飯の後からずっとメッセージのやりとりをしてる。

 アキはとあるサッカー部の男子にガチ恋なんだそう。


 どのスタンプを送ろうかと悩んでしまう。あんまり力強く応援してます感を出しちゃうのは避けたいんだよね。もしダメな結果だったとき、わたしにもちょっと責任があるんじゃないかって気になりそうでイヤだし。だから自分の言葉を送るなんて、絶対にありえないわけで。

 結局、寝っ転がりながら『がんばれー』みたいなゆるーい感じのを選んだ。

 恋バナはさ、アイドルグループの誰と付き合いたいとか、そんなんだったらいいんだけどね。身近な友達が生身の誰かにどうこうってなると、なんか圧倒されちゃうというか、そんなエネルギーどこから湧いてくるのかなって。どっか遠い場所とか、違う次元みたいな感じがしちゃって。自分がダメな人間みたいな気がするからイヤ。


『ありがと。ごめんね、大変なときに』

 よいよい、友よ。気にするな。

 明日は叔父ちゃんのお通夜。でも別に、受付の補助をすればいいだけらしいから問題なし。

 そもそも『行こうか?』って言ってくれたアキに「大丈夫だよ」って断ったのはわたしじゃん?

 マサ叔父ちゃんとわたしの関係性なんて、何年かに一回顔を合わせるかどうかぐらいのうすい感じなわけで……、友達召喚は気が引ける。


 わたしがもっと小さかった頃はもう少しだけ頻繁に叔父ちゃんを見かけた気がするんだけどね。叔父ちゃんが心の病気になったって聞いてからだね。顔を合わす機会が減ったのは。


「そうだスマホ」

 叔父ちゃんのスマホを見る。

 ロックが解けて、あとはお父さんに渡すだけ。とはいえ中身が気になってしまう。

「あれ?」

 メールのアイコンの肩にさっきまでなかった数字が。

 まだ解約されてなかったみたい。

 急いでアキに『もう寝なきゃ』って打って、おやすみスタンプと、もう一度さっきの応援スタンプを送った。返事は待たずに自分のスマホを放ると、叔父ちゃんの方を掴んでメールアイコンに指を近づけていく。

 良くないなって思ってるけどさ。だったら最初からパスコードなんて探さないでしょ。


 結局、届いていたメールは単なる家電量販店のメルマガ。

 それだけだったら「なぁんだ」なんだけどね。下書きに『12』って数字が付いててさ。


 全部ラブレター。やゔぁ。

 どうやら『ミキ』という人に宛てたものらしい。

 数行の簡単なものもあれば、ポエムっぽいのもある。

 トーンがマジすぎるのと、見ちゃいけないものを覗いてる感じとで、心臓バクバク。

 文章はたぶんそんな上手くないけど、本気は伝わってくる。

『僕が立ち直ったんだって、君が信じられてからでいい。当たり前だけど、待っている必要はなくて、僕が間に合ったらの話です』


 どうしよ……。このままお父さんに渡すか?

 勝手に読んどいてなんだけど、わたしが家族に見られたら悶え死ぬ。


 いや待って。すでに送った後かも。

 違うの叔父ちゃん。これは決して興味本位じゃなくてですね、叔父ちゃんの名誉を守るためにですね――などと心のなかでゴニョゴニョ言いながら送信履歴やアプリのメッセージ、その他もろもろを確認してく。


 色々なかった。送信した跡もないし、エッチなのもないし、誰かとの記念撮影なんかも。近所で野良猫を撮ったらしい写真がいくつかあっただけ。


 でも完全ボッチかっていうとそうでもなくて。アプリ上のやり取りを見る限り、大学時代のグループとつながってたらしい。さらにその中の3人と、ときどき個別に連絡をとってた。

 内一人に、ミキさんらしき名前。

 ただ内容はちょっとした世間話ぐらいで、最低限のやり取りというか、ほんとに好きな相手なのか疑問に思うレベル。


 やっぱ渡せなかったラブレターっぽい。ほんと困る。見なかったことにしてお父さんに渡しちゃおうかな。

 でもな……。

 ロック画面なんて、普通はすぐに解除できるものじゃないと思うんだよね。しかもただの当てずっぽうでさ。

――そっか。明日、受付の手伝いするんだし。もしミキさんが来たら脈アリなのかどうか探ってみて、それからどうするか決めればいいや。うん。


                 □


 マーブル模様の大理石調タイルの床。わざとらしく薄暗い照明。皆が喪服の中で、わたしだけ濃紺の学生服。まあそれはともかく。

 お返しの品を渡しながら、名簿に書き込まれていく名前をチラ見していた。


 ボッチらしかった叔父ちゃんにしては、って言うとグーでこめかみグリグリされそうだけど、なんだかんだで二十人ちょっと集まった。

 で、5人でまとまってきたグループの中にミキさんがいたんだ。

 叔父ちゃんはたしか四十代の後半ぐらい、その年代って見ると確かにミキさんは若く見える。けど想像してたよりは普通な感じの人だった。

 こういっちゃ悪いけど、「美人!」ってほどではない。ただ、立ち居振る舞いっていうか、動きに雑なところがなくって。黒髪のショートボブも、ちらっと覗く控えめな真珠のピアスも、マジ清潔感しか勝たん状態。ザ・大人。


 お坊さんのお経とか終わって、いよいよ通夜振る舞い。自然に話ができるチャンスは多分ここしかない。

 とにかく、あんまり座席が離れちゃうと困る。中学生が大人を呼び止めて話に混じるなんて絶対ムリ、絶対。

 なんとか怪しくない感じで親族席の端っこに座れた。ミキさんグループの隣だ。

 左斜め向かい、真正面からおじさん二人分を飛び越えたとこにミキさん。悪くない位置。

 まずは様子見だな。


 自分のことは棚にあげてるけど、意外とみんな泣いてない。ぼんやりしてるって雰囲気。叔父ちゃんの死因が急性の心不全ってのが理由かも。それらしい理由なしだと感想持ちづらいよね。


 近況報告みたいな話に混じって、ぽつりぽつり叔父ちゃんの思い出話が始まった。

 ミキさんは落ち着いた清潔な感じのまま。ときどき目尻にシワを作ったり、ふと「よく奥さん〇〇君と別れないで頑張ってるよね」みたいな辛辣な返しで3人いる男衆をやり込めたり。

 少しずつ、空気がほぐれていってるみたい。


 ミキさんがグラスを持ってビールを一口。

 左手の薬指に嵌っている貴金属を、叔父ちゃんが知らないはずはないよなぁ。なんて思ってると、不意にミキさんが話しかけてきた。


「もしかして、マサ君の姪御さん?」


 いつの間にかガン見していたらしい。顔がどんどん熱くなってく。「はい」と蚊が鳴くような声で言って頷いた。


「私たちね、大学の同期で――」


 話をしてくれてるけど、ほとんど耳に入ってこない。ラブレターのこと言わなきゃ言わなきゃ、って頭の中がぐるぐるしてて。

 でもこんなところで伝えるような話じゃないし……。

 いっそスマホごと渡してしまおうかと、ポケットの中で握りしめた。


「あ、ごめんね。一方的に喋っちゃって」

 すまなそうに。やさしげに。


 なんて返していいのかわからなくて、出てきた言葉が

「叔父さんが大変お世話になりました」だった。


 ちょっと沈黙。変なこと言ったっぽいから下を向くしかない。


 一人のおじさんがおもむろに言った。

「よし。もういっかい献杯しよう!」


 なんだかよくわからないけど、またちょっと空気が変わった。

 昔話に花を咲かせるっていうのか、大学のときとかはこういう感じでワイワイやってたんだろうなってわかる。


 会食が終わるまでの間にわかったのは、ミキさんが未亡人だってこと。あと当時、グループの男性陣はミキさん派と、もうひとりの女の人の派に二分されてたらしいってこと。なんとなく空気感で、みんな抜け駆けはしないようにしてたらしい。


「まあ告白されても誰とも付き合わなかったけど」


 と、ミキさん。当時すでに他校の人と付き合ってて、それが亡くなった旦那さんなんだって。




 結局、わたしがどうするか決めあぐねている内に、ミキさんたちは帰ってしまった。

 親族だけになって深夜。お線香を立てて、棺桶に横たわってる叔父ちゃんの顔を覗いてみる。

 他に人がいないのを見計らって「いい人たちだね」って。


 ラブレターは送れなかったんじゃなくて、送らなかったのかもしれない。そんな気がしてる。


 叔父ちゃんのスマホを取り出して、メールの下書きフォルダを開いた。

 わたしは、ミキさんにラブレターを見せて、どうなってもらいたかったんだろう?

 悲しみに暮れてたなら慰めにもなっただろうけどさ。ちゃんとした大人の女性だったよ。あたりまえかもだけど。


 下書きをもう一度、確かめるように読んでは、一つずつ消していく。

 もしロックを解除できてなかったら、わたしにすら気づかれずに消えてしまうはずだった想い。

 でもさ、気づかれることではなく、気づかれないままでいることを望んでいる場合だってきっとあるんだよね。気づかれたいって本心とはまた別に。

 そんな気持ちがさ、知らないどこかで、わたしにも向けられてたりするのかな?


 最後の下書きが消えた。


「あるかも、ぐらいは思えそうかな」


 全部ちゃんと消した画面を叔父ちゃんに見せて、おやすみなさいを言う。

 そこでようやく、ひっそり泣けた。


 開いたのは、どうやらだったみたいだ。




(了)

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開いて、消して。 鵠矢一臣 @kuguiya_kazuomi

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