文書ロイドの有る探偵【文書ロイドシリーズ短編】

春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)

文書ロイドの有る探偵


「犯人はあなたです!」


 いきなりもう核心というか答え合わせ。だがいつものことだ。先生は『本質』をとうとぶがゆえに、余計なプロセスを嫌う。というより、このやりかたがより『本質』が際立つのだから、始末が悪い。

 『本質』が何かって? それは何故ナゼ差別が根深い問題として人類史に暗い影を落としているか、だったり、大量大虐殺ホロコーストが起きた背景の重要な因子ファクターだったり、世界から紛争が無くならない理由ワケだったり、平和平和と叫んでなお人類が戦争から足を洗えない根源的な原因げんいんだったり、果ては人類というスピーシーズが背負った果てなきカルマから脱却ゲ・ダ・ツするための根源的問いへの回答がそのままこの『本質』に結びつくほどには重要なものだ。

 といって私が言うのもなんだが、これらの考えはそのまま先生・・からの受け売りで、私は先生の言葉が大好きなのだ。




 ここはさる大富豪の屋敷の会食スペース。先生と私はここの主人が殺害され、しかも解体されて、命の晩餐ばんさんを演出した現場で参加していた関係者をそのまま呼び止め、調査・・。そのまま犯人を追い詰めた流れだ。テーブルの上には足の指を煮込んでまんま血の色を凝縮されたミネストローネや、目玉の天ぷら、髪の毛をツマに見立てた人肉の刺身。腕を上手に利用した燭台しょくだいが2台……等々、屋敷の主人からの身を削ったまさに『渾身こんしん』のもてなしが展開されていた。


「そう、犯人はこの家のメイド長であるアナタ!なんですよ」

 先生は人の名前を覚えるのが苦手だ。一時期、なぜかとたずねたときに。「名前よりも職業、性別、その他諸々たもろもろの客観的要素のほうがよほど重要です。そちらの方が『本質』へ結びつく要素が強いのですから」と、言われた。まぁ、それはさておき。


「オィ、何言ってんだ」

「これだから探偵というやからは」

「ハンチング帽に胸ヒラヒラのカッターシャツ、チェック柄の短パンにサスペンダー、おまけに蝶ネクタイと、少年探偵を画に描いたような助手に真っ白なタキシードに身を包んだ探偵だぁ?オイオイオイ、結婚式はよそでやってくれよ」

「そうよそうよ。少年探偵っぽい助手の子は小学生みたいでかわいいけど、探偵のアンタはキモいのよ!ほんと、どっか行って!」


 外野からの叱責しっせきを気にもするでなく。

「私は知っています。真理・・を理解している。全てがアナタを許しはしないでしょう。なら、告白して、少しでも罪を軽くしてはいかがでしょう?」

 これまで幾多いくたの修羅場を渡り歩いてつちかったすごみと慈愛に満ちた言葉が本当のをえぐり出す。

「だって、あの人が……あの人が……」

 先生は犯行の『理由ワケ』を語り出そうとしたメイドを「いえいえそこまでの手間は取らせません」と制して。

「アナタがそれを言う必要はないんですよ。もうすでに答えは私の優秀な助手・・であり『伴侶はんりょ』たるアケチクンの『調査』によって導き出されています」

 そういって推理の公開と言うのもおごがましいほどの圧倒的・・・一人劇場を展開する。


「それをこの身に宿して再現・・してみせましょう」

 うやうやしく礼をする先生の仕草と共には開演。私は粛々しゅくしゅくと『調査結果・・・・』を先生に転送する。

「うほあぁぁぁあぁぁアぁァぁァァァぁぁぁーーーーー!!!」

「きた来たキタァァァぁぁぁァァァーーーーーー!!!」

 直立不動、天をあおいで咆哮ほうこうしたかと思えば、そのまま涙とヨダレを垂れ流してガックンガックン身体をうねらせる。もはや健康で文化的な最低限度・・・・の生活をするべき『人間』がして……さらしてイイ動きでは無い。


 そして一通りの情報・・を受け取った先生は、こんどこそ直立不動、犯人達に向きを正して目を閉じて人形のようなナギを演出。刹那せつな、人が変わったように、羨望せんぼう友情ゆうじょう嫉妬しっと愛情あいじょう、果てはソレが裏返っての激情げきじょう、芽吹く殺意さつい決心けっしん、犯行完遂時の精神的浄化カタルシス……犯人メイドの抱いていたありとあらゆる想いの『再現・・』を始める。



「私は料理で人を笑顔にしたかった」

 語りも抑揚よくようも完璧にメイド。

「だから高名な料理研究家で自国を含めた各国政府の信頼の熱い旦那様の元へ来たというのに」

 うれいいを帯びた表情も完璧。

「旦那様は料理中の私の元へ忍び寄り、背後から襲った。それからの日々……旦那様は丹念たんねん丹念たんねんに私の身体カジツを味わい尽くした。ソコだけは完璧・・だった」

 羞恥しゅうち諦観ていかん、静かに育つ怒りの流れまでも、精彩せいさいを欠いた表情とわずかな身体のふるえによって完璧に再現。やはり先生は感情を再現するのが上手い。希代の演劇者といえる。

「そして私の身体カジツを散々味わった末のとある日に旦那様は私に言った」



「お前の×××はたいそうイヤな臭いがする。そんなヤツが香りを支配せしめる『料理』という王道おうどうを極めれるはずが無い。キサマの『料理道』は邪道じゃどう……餓鬼道がきどう……いや、畜生道ちくしょうどうにも劣るなぁ!」

 旦那様の畜生にも劣る邪悪な演技も完璧、思わず殺したくなるほどには。


「なんという人に配慮の無い発言。優しくない。人を笑顔にするためには奉仕の精神が無いといけないのに。そして悟った。旦那様にも『奉仕の精神』を学んで貰おうと。そのいのちを削ることによって」

『決意』と『狂気』がない交ぜになった清々しい表情仕草も完璧だ!「やっぱり人間が一番輝くのは『覚悟』を決めた瞬間だわ!」と、今の先生の演技・・を見てると思い知らされる。


 そしてその場に居合わせた者達は皆、先生の劇場の等しき観客・・となり、皆が皆、涙を流して拍手を贈っていた。メイド長も全て『ゆるされた』のだとでも言わんばかりにだまって祈りを捧げていた。やっぱり先生の劇場・・を見た者達のリアクションは勉強になる。だから『人間』は面白いんだ。



 この光景を見て私は先生と会った日のことを思い出す。その時先生が語った『本質セ・リ・フ』が耳から離れず、私の血肉となって指針・・へと昇華しょうかしたさがだと思うけど。



「いいか、『ミステリ』とは『ナゼ人は殺すのか?』を解明かいめいするあくなき『探求たんきゅう』なんだよ」



 心地良い拍手に包まれながら先生と私は無事に任務を完遂かんすいした。




 とある一室にて今回の顛末てんまつ考察こうさつする集団がいた。ここには政府の現政権・・・の主要メンバーのほとんどが名を連ねていた。

「まったくもって」

草間くさま 和博かずひろと文書ロイド文子のアケチクンでしたかな。今回も鮮やかにやってのけましたな」

「とりあえず、状況を整理したまえ」

 この会議の代表である初老の男が促し、専門家が解説と所見しょけんを述べていく。

「有限会社 MUSTシステムの製作した文書ぶんしょロイド『文子ふみこVer.3.55 特殊型パーティクラー』でしたか。文書ロイド最新型Ver.3.00シリーズが持つ、『人の意識を吸い出し意識の共有まで果たす』機能を究極のウソ発見器に仕立てた、文字通りの特殊型パーティクラー。ジェルを展開するハンドサイズのモップみたいな外部端末ビットを対象者の顔面にり付け、感情を内包した上質な記憶そのものを基地局ホンタイに転送。基地局で判断と選別を経た『犯人の記憶』のみを契約者・・・転送・・し、完全再現にて犯人本人含めた鑑賞者・・・を『説き伏せる』というものでしたな」

「ゆえに基地局ホンタイには高度な情報精査と処理判断能力が求められ、結果、Ver.2.00シリーズ以降、凍結されていた『文子へのAI搭載』を超例外的・・・・に許可した。とMUSTシステムから報告書マニュアルが上がってきている」


「に、しても、なんで草間なんかがあの文書ロイドを使えるんだよ」

 草間とかつて同期だった男が愚痴ぐちる。円卓の代表はさとすように言う。

「まぁ、そう言うな。お前も一部は知っているだろうが、彼は弁護士、検察官、裁判官を軒並のきなみ務め、一時期は大学の教授もやってのけた。何故だか分かるか?」

 絶句する同期だった男を見据え、代表は朗朗ろうろうと語る。

「『ナゼ人は殺すか?』を解明かいめいする飽くなき探求たんきゅう通過儀礼イニシエーションだから。だとさ。笑ってしまうだろう?とりわけ裁判・・はミステリの現場・・と一緒で『ナゼ人は殺すか?』を実際じっさいおこなった本人・・から聞ける貴重な機会・・だと言い放ちおった!」

 思わず大声で笑い出す代表。彼は草間とは随分ずいぶんと旧知の間柄あいだがらのようだ。

「だから、彼は審議官ジャッジとして相応で有る。かつ文子Ver.3.55特殊型パーティクラーたる彼女・・が彼以外を認めていないというのが、状況に拍車はくしゃをかけている」

 代表の笑い声が落ち着き、場を繋ぐように副官の男が解説を再開する。

「究極のウソ発見器たる『文書ぶんしょロイド文子ふみこVer.3.55 特殊型パーティクラー』が開発されて以降、政府は秘密裏に未解決になりそうな事件を専門に解決する役職『審議官ジャッジ』を創設した。人権を一時的に無視した記憶の吸い出し等『超法規的措置ごりおし』を行使する権限・・を持つ、いわゆる特殊捜査官だ。と言っても今はたった一人だけだけどな」

「加えては各劇団に所属し『1000年に一人の逸材スター』だと言わしめたほどの俳優アクターでもある。契約者・・・としても申し分ないな」

「ぐぬぬ……」

 かつて同僚だった男のうめきは、草間 和博の文子Ver.3.55特殊型パーティクラーとの相性・・の完璧さを証明・・していた。




 事件を解決した道すがら、草間 和博と彼にアケチクンと呼ばれている文子Ver.3.55特殊型パーティクラー駄弁だべっていた。

「ねぇ、どうして先生は見初みそめたの?」

「私は僕っが大好きだから♪」

「じゃ、なくて」

「真面目に言うとだな、キミが捨てられた子犬のような目をして見つめてきたから、と言うのと、それでも目の奥に、キミの心の奥に確かな熱が……『このままでは終わりたくない』という渇望イシがはっきりと見て取れたからかな。でもまぁ一番の理由は、私の本懐・・げるにいたって、キミとることはすべからく超ツゴウがイイってのが本音・・だ。だから、本当はそこまで尽くしてくれなくてもいいんだがな」

「ダメですよ!私はあの日先生に見初められた日から全てを捧げると決めたんですから、アナタの崇高すうこう思想・・も含めて『気に入って』しまいましたから」

「じゃあよろしく頼むよ。わが相棒あいぼうであり伴侶はんりょよ」

「はいっ!アナタが死ぬまで仕えさせていただきます♪」

「そこは対等でいこう。『伴侶はんりょ』なんだから」

「えへへ」

 立ち止まって目線を合わせ、愛おしそうにアケチクンの頭を撫でる草間。二人の絆はガチガチに凝り固まって到底とうてい外せるモノでは無い。


 まだまだこのバディの仕事・・は続きそうだ。





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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!


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