種類の違い【KAC2021】

えねるど

種類の違い

 拓嶺たくれい大学医学部三回生である俺は、昼休みに食堂にいた。

 ケチャップの多めのオムライスと野菜ジュースを頂いていると、


「よう、お前ヘマトフィリアなのか?」

「……違うよ、やめてくれ」


 友人がからかうように話しかけてきた。ったく、食事中だって言うのに。

 俺の座るテーブルの向かいにうどんの乗ったお盆を持ってきた友人は座った。


 しばらく無言でうどんを啜る友人に、俺はここ最近の悩みを聞いてもらうことにした。


「なあ、お前幽霊って存在すると思うか」

「……突然どうしたの? 頭おかしくなった?」


 友人は明らかに嘲笑を交えて返事をした。


「いや、どちらかというと俺も信じていない側なんだけどさ」

「なんかあったの? 金縛りとかか?」

「いや……そうではないんだが……」


 俺が詳細を言おうか悩んでいると、友人は鼻で溜息を吐いてから片眉をあげて、


「幽霊ねえ……非現実ではあると思うけど、まあ一概に全否定はできないよな。悪魔の証明的な」

「うーん……」

「それともあれか? 生霊とか幽体離脱とかの話か? それらに関しては説明のつかない判例があるからなあ」

「……」


 どんどんと俺の悩みの本筋から離れていく友人に、俺は意を決して切り出す。


「まあ、ちょっと聞いてくれ。最近な、俺の家の冷蔵庫の中身が、勝手に減ってることがあるんだ」

「はあ? それはお前が食ってることを忘れてるんじゃないの?」

「まさか。そんな乏しい記憶力で医学部なんか受かる訳ないだろ」

「偏見甚だしいが……まあ、たしかにお前ならその辺も抜かりなく覚えてはいそうだな」

「それでだ。幽霊が、俺の冷蔵庫の食料を勝手に食べていたりしてるのかなって思ってな」

「どうしてそこで幽霊なんだよ。飛躍しすぎだ、お前そんなにオカルト好きだったか?」

「俺は絶対に食ってないんだぞ? 他にどう説明がつく?」

「あるだろ、ほら、泥棒が食ったとか、お前が夢遊病患者だとか」


 泥棒も己の夢遊病のセンもない。断言できる。

 なぜなら冷蔵庫があるのは、南京錠で閉ざした扉の先だからだ。


 それを説明すると、


「南京錠って……なんでそんなことしてんだよ」

「それでどう思う? やっぱり幽霊か?」

「いやいや、幽霊はねえだろ。小学生の発想じゃあるまいし。お前って独り暮らしだよな?」

「いや、違う」

「は?」

「妹と二人暮らしだ」

「いやいやいや、じゃもうそれが答えだろ。問う時は条件を最初から最後まで提示してくれよ」


 やっぱりそういうことか?


「あえて訊く。どういうことだと思う?」

「何がだよ」

「だから、俺の家の冷蔵庫の中身が、俺の知らぬ間に減っていることだよ」

「だからさ、妹だろ? その妹が食ったりなんなりしてるってことだろ。それしか考えられないだろ」


 それしか、考えられない、か。


「やっぱり、どうしてもそうなるよな」

「お前、時々マジで意味不明だよな」

「それが一番有り得る可能性だよな」

「だから、それ以外に可能性はないって! それこそ、お前の頭がおかしく無けりゃな」


 ひどい言われようだ。

 だがしかし、やはりそうなるよな。それしか考えられない。

 俺もそれは一番最初に考えたさ。でも、一応必死に違う可能性も考慮してみたんだ。


「うん。ありがとうな、答えてくれて」

「それにしても妹と二人暮らしとか、それ大丈夫なのか? 妹何歳だ?」

「十四だ」

「うへえ……もうちょい育ったら俺に紹介してくれよ」

「死んでも嫌だね」

「……相変わらずケチだな」


 友人のムスッとした顔を見ながら、そのじつ俺の頭の中は他の事で一杯だった。

 これはやはり一本ってところか。




 自宅に帰ったのは二十時を過ぎていた。

 まずはコートの内ポケットから鍵を一つ取り出す。それを廊下突き当りの扉についている南京錠に差し込んだ。


 重たい扉の先にはまたしても短い廊下。

 その途中に例の冷蔵庫がある。

 中を覗くと、やはり少し物が減っている気がする。

 妹だろうか?


 地下室への短い階段を下り、鍵のついていない部屋に俺は入る。

 地下室は上水道の蛇口、トイレ、ベッドしかない簡素な作りだ。


「ただいま、沙耶さや


 妹の沙耶がベッドの上で体育座りをしていた。

 俺が声を掛けると、小さく細い体を震わせて小声で「おかえりなさい」と言った。


 さてさて。

 疑わしきは罰せよ、の時間だな。


「沙耶、脱走しなくなったと思ったら、今度は盗み食いか。駄目じゃないか」

「っ!」


 やっぱりね。そんな顔をしても駄目なものは駄目だよ。


「脱走は二本だったからな……まあ、盗み食いなら一本ってところだな」

「ひ、ご、ご、ごめんな、さい」

「んー? 謝るくらいなら最初からするなよ? 食事は週に一回だって言っているだろ? それ以上は駄目だって、前も言ったじゃないか。本当、手の焼ける妹だよ」

「ご、ご、ごめ、んなさい」

「謝ってほしいんじゃないよ。ただ、言うことをきいて欲しいんだよ。言うことをきかない子には躾は必要だね」

「……」

「さて、じゃあ決めてくれ。どれにする? 残るのは八本だからそろそろ慎重に選ばないとね」

「ひ、ひ、っ」

「なーに、大丈夫さ。人間には二十本も指があるんだから。それに、縫合や処理も慣れてきたんだ。真面目に授業に出ているからね」


 あーあ、食いしん坊の幽霊でも実在したらよかったのにね。

 そんなに泣く程嫌なら最初から言うことをきいてくれよ、沙耶。

 まあ、言うことをきかないからこうして俺は……。


 そして俺は昼休みの時の友人の俺への声のかけ方を思い出す。

 な、違うだろ?

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