開拓村の夜に響く音 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

夜の開拓村、暗い宿舎の廊下にて。

 はいぃ!?


 あぁびっくりした。急に後ろから声をかけないでくださいよ。

 えっ、そんな声を出すなんて兵士らしくない?

 そんなこと言われても困りますって。ただでさえ……。

 いえ、なんでもないです。


 で、どうしたんですか。こんな真夜中に。

 ふむ、トイレですか。それなら仕方ないですね。


 で、トイレへ行く途中に知ってる人の背中が見えたから、声をかけたと。

 真後ろから。私に。こっそり近づいて。いきなり声を。

 いやいや、怒ってないですよ。根に持ってないですから。


 トイレはこの廊下の先、あそこを曲がったところです。曲がらずにまっすぐ行くと出口ですが、そっちには行かないように。

 開拓民の人は夜間外出禁止ですからね?

 まあ出口にも立ち番の兵士がいるはずですから、外に出ようとしても止められるでしょうけど。


 私? 私は夜勤中ですよ。

 夜間警戒の当番なんです。朝までここで見張りですよ。

 一応この開拓村は防壁に囲まれてますけど、夜闇には何がまぎれこんでるかわかりませんから。

 それじゃ、どうぞ行ってきてください。


 ふぅ。

 みんなして驚かしてくれちゃってもう。


 さっきも騎士様の使い魔がこっそり歩いてきてすごくびっくりしたし。

 あの人も、使い魔のキツネの子も、どっちも音を立てずに歩くから心臓に悪いわ。

 ま、悪気はないんでしょうけどねぇ。


 あー、やだやだ。暗いのやだ。

 早く朝にならないかなぁ。


 おや、戻りましたか。トイレは済みました?

 それじゃ、おやすみなさい。


 ん? どうしました? 変な顔して。


 え?

 変な音が聞こえた?

 なんか刃物を研ぐような? 不気味な音?

 女の笑い声みたいなのも聞こえた?

 うえぇ。うわさだけは聞いてましたが、まさか私の当番のときに……。


 いやいや。

 そんなわけないでしょう。

 幽霊なんていなるわけないじゃないですか。

 いやいやいや。


 そもそも幽霊ってのは死んだ人が化けて出るもんですよ。

 だからここに幽霊が出るはずがないんです。

 なんでかっていうと、死人がいないから。

 この開拓村はまだ新しいですからね。確かに魔獣も出ますし色々危なかったこともありましたが、まだこの村で死人が出たことはないはずです。今のところ。少なくとも私は聞いてません。

 だからここには幽霊なんていないんです。


 え、早口すぎる?

 ほっといてくださいよ!


 うー。

 とはいえ、異常ありということなら確認はしないといけません。

 しょうがないなぁ。行きますか。行きたくないけど。


 あー、戻ろうとしないで。一人にしないで。

 一緒にいてください。じゃなくて一緒に来てください。

 だって案内してもらわないといけないじゃないですか。連れていってください。その音が聞こえたほうに。

 ゆっくり進んでくださいね。私からあまり離れないように。


 違いますよ!

 怖いんじゃなくて安全のためですって!

 言ったでしょう、夜闇には何がまぎれてるかわかったもんじゃないんですから。


 うげ。

 確かに聞こえますね。

 ええ、私にも聞こえました。

 刃物を研ぐ音に、なんか水っぽい音。

 それに、あっちって。

 あっちは、食堂?


 ええ、わかってますよ。行きます。行きますが。

 ゆっくり行きます。ゆっくり。

 前には出ないでください。私の後ろに。

 これでも兵士なんですよ一応は。

 でも、ついてきてくださいね?


 確かに聞こえますね。奥から。

 明かりは、全部消えていますか。

 暗いですが、窓からの星明りで物の陰ぐらいはギリギリ見えるかな?

 テーブルやイスとかに引っ掛けて転ばないようにしてくださいね。

 そーっと、そーっと。


 あれ? 音が消えました。 

 おかしいな。聞こえてましたよね?


 ですよね。

 あっちは調理場です。

 もうちょっと進んでみましょうか。


 ひっ!

 それ包丁あああやめてやめて!

 放して触らないで殺さないでいやああああ!


 え?

 あれ?

 剣の騎士様?


 いや、はい。私、兵士です。夜番の。

 なんか怪しい音が聞こえてきたので、確認しに来たんですが。

 なんでその、そんなギラついた包丁を持ってるんですか?


 え、包丁を研いでた?


 驚かさないでくださいよ!

 なにやってるんですかこの夜中に!

 料理人の朝は早い? あなた騎士様でしょ!?

 だいたい、なんでこんな真っ暗な中で包丁を研いでるんですか!

 あなただって騎士様とはいえ女性でしょ!? 夜中に一人でいちゃ危ないでしょ!

 明かりの燃料がもったいない? そりゃ節約は大事ですけどねえ!

 本気で幽霊かと思ったじゃないですか!

 何言ってるんですか泣いてないですよ!


 ふー。ふー。

 いや、その、すみません。そんな謝らないでください。

 私こそ、声を荒げてしまって。申し訳ありません。

 夜が苦手なもので、過敏になってました。


 つまり、騎士様はただ包丁を研いでいただけだと。

 水音は砥石を濡らしていた音だと。


 なんでまたこんな時間に。外はまだ真っ暗ですよ?

 目が覚めちゃったと。朝食当番だし、最近食堂でつまみ食いがされてるようだから早くここに来たと。

 それならせめて明かりはつけてくださいよ。私じゃなくても警備の兵士が来ますよ?

 笑い声に包丁を研ぐ音なんて聞こえたら、ねぇ。


 えっ。

 笑ってない?

 そもそもしゃべってない?


 いやいや。

 またまた。

 そうやってまた私をおどかそうとしてるんでしょ。

 もうだまされませんよ?


 えっ、本当?

 いくらなんでも包丁を研ぎながら笑ったりはしない?

 だって、食堂に入るときもどこかから小さな女性の声が。

 あっちって。


 えっ、言ってない?


 ……えっ?

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開拓村の夜に響く音 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~ 海原くらら @unabara2020

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