そして、文化祭は何事もなく終わる

一繋

そして、文化祭は何事もなく終わる

「大したことは起きていない」


 委員長は、一日目の総括を一言で終えた。文化祭実行委員による、反省会での壇だ。


「とはいえ、明日も文化祭は続く。今のうちに、瑣末な問題は解決しておくべきだ」


 そういって委員長が取り出したのは、A4用紙の束。寄せられた苦情や落し物の問い合わせ等々がまとめられている。


「校内には明日の準備ために、まだ多くの生徒が残っている。適当に聞き取り調査をしておいてくれ」


 そう言って、何枚かのA4用紙を副委員長に突きつけた。つまり、僕に。


 その場で簡単に目を通すと、なるほど委員長や教師が調査するほどのものではない。名ばかり管理職にはぴったりの案件だった。



 手始めに「妙な動物を連れた女の子を見た」という女子生徒に話しを聞きに行った。


「校舎裏の水道で洗い物をしていたんです。廊下の水道はいっぱいだったから、あの辺りは出し物もないし」


 校舎裏は校庭へ向かうときの通り道として利用されるが、文化祭では校庭での出し物がないため、エアポケットのようになっている。


「そのとき、近くのベンチに座っている女の子に気付いた、と」


「はい、他校の制服で一人きりだったから、ちょっと気になって。それでよく見てみたら、肩にフェレットみたいなペットを乗っけてるんですよ」


 彼女が両手で示したサイズは、確かに犬や猫にしては小さい。


「すごく懐いてるみたいで、友達みたいに話しかけてて。洗い物が終わったら見せてもらおうと思ってたんですけど、いつの間にかいなくなっちゃってました。でもよく考えたら、文化祭ってペットを連れてきてもいいのかなと思って」


 危険な動物を連れてきたわけでもないようだし、わざわざその女の子を捜しだしてどうこうという話でもないだろう。


 飲食物を扱うクラスもあるから、動物はだめということを言い添え、次の聞き取りへ向かった。



 2件目は、焼きそば屋台を開いているクラス。材料の豚肉を一部紛失したらしい。


「目を離してたのは、トイレに行ったちょっとのあいだだけだ。テーブルに置いておいたのを誰かが盗んだんだよ」


 出し物に使用する食材は全クラス共通で、家庭科室の冷蔵庫で管理されている。


 冷蔵庫のなかにあったものが盗まれたとあっては問題だが、食材を取り出したあとに用を足しに行った時点で、彼にも落ち度がある。


「状況からみるに、盗難の線は薄いと思う」


 彼が所属するクラス以外に、肉を用いる出し物はない。調理済のものならまだしも、校内で生肉を盗んだところで使いみちはないだろう。


 さらに言えば、冷蔵庫内に残っていた肉は手付かずだった。冷蔵庫に施錠はしていないので、肉を盗みたいのであればまとめて持っていくだろう。


 わざわざ指摘をするつもりはないが、彼が肉を地面に落とすなどしてしまったため盗まれたことにした……と考えるほうが筋が通る。


「でもほら、窓は開きっぱなしだったし……」


「家庭科室は三階だ。野良猫が入るにしても無理がある。この件は実行委員会でも周知しておくけど、基本的にはクラスでの管理の問題だよ」


 彼はなんとか責任逃れをする材料が欲しいのか、あからさまに物言いたげな表情を浮かべていたが、そこで話は打ち切った。



 最後に、お化け屋敷を開いているクラスを訪れた。ここからは、出し物の人形を紛失したと届けが出されていた。


 ふと気になったのは、お化け屋敷が行われている視聴覚室のとなりが、例の生肉を紛失した家庭科室だった。


「うちの目玉だったんだよ、人間大のゾンビ人形。文化祭の前に転校したやつの力作でさ。あんまりリアルだから、準備中も動いただの、見られてる気がするだの、話題が尽きなかったんだ」


 生肉にゾンビ人形、よくよくおかしなものばかりが消えるものだ。


「盗まれたってことですか」


「いや、入退場はしっかりチェックしてたから、出入口から人間大の人形を持ちだそうとすれば必ず気づく。窓の暗幕が外れてたのは気になるけど、ここは三階だしな」


「つまり、密室だったと?」


「まあそう言えるよな。だから、痕跡もなく消えるなんてことはありえないんだ」


 退屈な聞き取り調査のはずが、とんだ学園ミステリーだ。


「月並みな質問ですが、何か変わったことはありませんでしたか」


「うーん、コスプレをした女の子が来たことくらいかな」


「……女の子」


「ああ。格好もそうだけど、女子が一人で入ったのが気になってさ」


 仮装届けを出しているクラスは少なくない。今日もコスプレ自体はよく見かけた。彼の言うように、気になるのは「女子が一人でお化け屋敷」のほうだ。


「その女の子の特徴はわかりますか?」


「アニメとか詳しくないからなんのキャラかはわかんないんだけど、魔法少女っぽい。素人目にもよくできてたから、校内でもうわさになってるだろうと思ったんだけど、うちのクラス以外で見たやつがいないみたいでさ」


 魔法少女に仮装した子がいたからといって、盗難に関与していると考えるのは飛躍し過ぎている。


 小道具の人形が紛失しただけかと思えば、ずいぶんと荷が重い話だった。この案件は、委員会に持ち帰ることにした。



 文化祭実行委員が詰めている教室へ向かう途中、電話に着信が入った。委員長からで「ついでに手形の清掃が完璧か確認せよ」とのことだった。


 委員長が言うのは、視聴覚室と家庭科室が並ぶ廊下で発見された、血糊の手形のことだろう。


 壁に一ヶ所だけべっとりと付けられた手形は、ふとした拍子に手を付いてしまっただけの可能性もあるので、大事にはせず処理された。


 件の場所の清掃は完璧だったが、どこか腑に落ちない。


 お化け屋敷が行われている視聴覚室の近くで、血糊による汚れが見つかる。それはごく自然なことのように思えて、やはりおかしい。


 汚したのであれば、当人が清掃すべきだ。モラルの問題ではなく、近くのクラスの落ち度として取り上げられるのが目に見えているからだ。まして手形など、個人を特定してくれと言っているようなもの。犯人探しをすれば、すぐに見つかったはずだ。


 しかし、犯人が名乗り出るどころか、誰も手形には心当たりがないという。


 血糊の手形を残したのは、校内関係者ではないということだろうか。


 その線で考えれば、家庭科室での生肉の紛失も一応の辻褄は合う。学内での盗難ではなく外部犯ならば、夕食の一品として持ち去ったなんてこともあり得るだろう。


 まさかとは思いつつ、先程の聞き取り調査を時系列順で並べてみると、予想は的中した。


 まず、視聴覚室でのゾンビ人形の紛失。


 次に、家庭科室での生肉の盗難。


 そして、この教室が並ぶ廊下に付けられた手形が発見されている――正確には、男性のものと覚しき大きさの手形。


 これらは、連続して起こっていた。


 なんとなく居心地が悪くなり窓越しの薄暮が迫る光景を眺めると、息が詰まった。ちょうどペットを連れた女の子が座っていたという、ベンチが見下ろせたからだ。


「あー、あの、ごめんなさい。そこ汚しちゃったの、私で」


 突然の呼びかけに身構えつつ振り向くと、他校の制服に身を包む女の子がぞうきんを片手に佇んでていた。


「きみは……」


「えっと、文化祭に、遊びに……来てました」


 取ってつけたよう言い方だったが、ここに手形があったことを知っている以上、頭ごなしに否定はできない。


 ただ、目の前の子は小柄で、あの手形を付けた当人とはとても思えなかった。


「大丈夫です。清掃は済みましたから。それより、あの手形についてなにか知っているんですか?」


「え、あー、それは知っていると言えばそれは否めないと言うこともやぶさかでなく……帰ります! ご迷惑お掛けしました!」


 曖昧な言葉とは裏腹に、背を向けて走り出すまでの動作は機敏だった。


 僕はその背中に、自分でも思いがけない言葉を掛けた。


「あの、ありがとう!」


 女の子は立ち止まってポカンとした表情で振り返ったが、すぐにいたずらっぽく微笑み、人差し指を立てて唇に当てた。夕焼けの黄赤色が片頬を染めている。アイキャッチとして使いたくなるくらい、魅力的な一瞬。


 女の子は再び背を向けると、あっという間に走り去っていった。角を曲がる瞬間、肩にフェレットのような小動物が見えたような気がした。


 そして緞帳を下ろすように、日が沈む。


 廊下に届く光源は途絶えたけれど、代わりに校内のあちこちに蛍光灯が灯る。まだまだ校内は騒がしい。僕も委員会が詰めている教室へ戻り、報告をしなければならない。


 しかし、どうしたものだろう。


 まさか自分の非現実的な筋立てを話すわけにはいかない。「魔法少女が、動き出したゾンビ人形を退治してれくました」なんて、誰が信じるだろう。


 それに、人差し指を立てて唇に当てるなんて、3歳児にだってわかるジェスチャーだ。


 畳んだ風呂敷を広げるなんて、野暮というものか。きっと、いまはエピローグすら終わったあと。文化祭は、何事もなく終わるだろう。

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