11 杯目 沈黙

SIDE 宮武みやたけ 弦一郎げんいちろう


 石丸いしまる先輩主導で進めた声明に対し、紘目ひろめ氏側からは何の反応もなかった。これを黙殺もくさつと判断した石丸先輩の提案で、再びうどん会議を開くことになった。何でも、今後の行動を緊急で話し合わなければならないからだそうだ。

 

 四限が終わる頃、前回と同じ顔触れが画面に揃った。人数を確認した後、やや疲労のにじむ石丸先輩が、開始を告げた。


「昨日の声明から丸一日経っても、紘目氏から反応はなかった。これは我々の声明を黙殺したとみなせる。従って、より強力な次なる行動が必須と考える。今日はこの点について話し合いたい」


 これに対し、方々から押し留める声が上がった。

「ちょっと待ってほしい。まだ早いんじゃないかな。そもそも見落としているだけかもしれないし、反論を考えている途中かもしれない」

「私もそう思います。もう少し待ってみても良いのではないでしょうか」

「そうですね。より強力と言っても、ただの学生である私たちにできることは限られていますし」


 消極的な回答を予期していたのか、大して驚きもせず石丸先輩が答えた。

「いや、我々が声明を送った後も、紘目氏は投稿を続けているんだ。それも、氏の提唱する謎マナーに好意的あるいは困惑する声に対してばかりね。一方で『反抗的』態度を露わにした我々に対しては、一言の返信もよこさないんだ。これは返信し忘れではなく意図的な無視と捉えた方が自然だ」

「じゃあ、もう一度送ってみよう。何回か送って、催促して……次の行動はそれからでも良いと思う」

谷川たにかわ、それではだめなんだ、それでは……事態は差し迫っているんだ。もっと急がなければ」

 やや鬼気迫る面持ちで、石丸先輩は言い切った。


「昨日君が言ったように、謎マナーは既に世間に拡散されたんだ。5ちゃんねるの上位にもランクインし続けている。紘目氏が無視を続けるなら、氏の提唱するマナーに対する我々の声明は世間から見えないままなんだ。世間から見れば反論は存在せず、角のないうどんを是とするマナーが既成事実としてじわじわと市民権を得ていくんだ。それは指数関数的増加率を以て急激に拡散するだろう。指数関数の時刻tが小さいうちに食い止める必要がある。そのためには、謎マナーに対し、更に強い撃滅的打撃を早急に与える必要があるんだ」


 言い終わると、その場がシーンとした。僕や谷川さんはこの展開に慣れているから別段驚かないが、他校の出席者はさぞ驚いているだろう。フルスロットルの石丸先輩の言動に呆気に取られている光景は、正直見ていてちょっと面白い。


「その理屈も分からなくはないけど、そうは言っても急進的すぎるよ。やはり、同じ内容を再送して、その回答をもう少し待とう」

 沈黙の場を切り開いたのは谷川さんだった。うなずく他校生。


「…………そうか。君たちの意向は分かった」

 それだけ言うと、石丸先輩はミュートした。

 

 結局それ以降、彼は発言しなかった。

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