あんたは一体何者よ

こいち

第1話

―いつだったか・・・?はるか昔に俺は死んだ気がした。記憶に残らないくらいはるか昔、だ。随分長く働いた気がした。ようやく…眠れる。


「―っきなさい!!」


―うるせぇな・・・。寝かせろよ。


「起きなさい!!」


―嫌だ・・・


「私が命令しているの!!起きなさいってば!!」


―うるせぇな・・・。死人に口無しっつー言葉を知らねぇのか?


『起きてってば!!』


「あーーーー!!うるせぇな!!」


―ん?死人って口あったか?


フィーロはガラガラに枯れた声で、この世に息を吹き返す。


「あ?」


何が起きている?

フィーロは眠そうな目をパチクリとさせながら、ぼさっとなった頭をぼりぼりとかく。

背中が硬い。どうやら、ベッドなどではなく、テーブルの上のようだ。彼はゆっくりと辺りを見回す。


「どこだ?ここは・・・」


起きて早々、大量の怪しげな薬品が鍋でふつふつと煮立っている光景が目に焼き付く。鍋の周りには乱雑に散らばる紙たち。床に割れるガラス。魔法の小瓶。

どうやら、どこかの魔女の家のようだ。

床にはびっしりと書き綴られた魔法陣が広がっていた。考え抜いた魔法陣なのだろう。何度も消しては書いての繰り返しが見てわかる。


「何だ?この失敗作は・・・」


だが、書き直したせいで狂ったのだろう。

魔法陣を見てフィーロは瞬時に欠点を見つけ、それに対して軽く笑った。

演算に誤差がある。これではきっと今頃ー


「まあ、いい。くっそ・・・人の睡眠をこんなこと程度で起こしやがって・・・」


苛立った口調で物を言い、フィーロはもう一度テーブルに寝転がって、目を瞑ろうとした。・・・・が


『ちょっと!!マスターである私を無視して、二度寝するとはいい度胸じゃない!』


フィーロの頭の中に誰かの声がガンガンと響き渡った。


「あぁ?」


姿形が見えない何かに、フィーロは再度起こされる。

なぜか分からないが、その声がどこから降ってくるか手にとるようにわかる。

体を反転させて、声の方にピントを合わせる。


声の主は空中をふわふわと浮いている半透明な少女だった。

青光りする黒髪を空中になびかせているが、頭には白い三角形の布が巻かれていた。冗談か否かは分からないが、死霊だということが分かった。

フィーロは舌打ちをして、自分を起こした少女のことを恨めしそうに睨んだ。


「ちっ・・・。チビ・・・っつーか、ガキかよ。こんなガキが・・・」


半透明な声の主を見ても全く驚く顔を見せない代わりに、フィーロは呆れて深いため息をついた。


『チビじゃない!!それにガキでもない!!私は最年少で現・三大魔術師の一人に選ばれた、キア様よ!!』


「へー・・・それはすごい、すごい。」


手をパチパチと叩きながら、青年はキアを見て屈辱的に褒める。その反応が気に食わなかったようで、キアは青年に向かって拳を向けてくる。


『全然褒めてない!!』


「おっとぉ」


しかし、半透明の拳はフィーロの体をすり抜けてしまう。すり抜けたキアの体は勢いが劣ることなく目の前に広がる薬品に盛大にぶつかってしまう。


『いったたたた・・・何で避けるのよ!!』


大きな音を立てて薬品が入っていたガラス瓶が割れる。すでに床の上に割れたガラスが散乱するというのに、さらに量が増えた。


「このが避ける?はぁ!!??お前、馬鹿か?死霊化したお前を?初歩中の初歩だよな。教科書3ページ目にでも載ってるんじゃねえか?死霊は、命無きモノには触れることは出来るが、息を吸っているモノには触れられねぇっつーこと、忘れたわけねぇよな?・・・そんなんで三大魔術師なんて称号、よく受け取れたな。コネか?」


『え、私が・・・死霊化?なんの話よ。』


「やっぱ気づいてない、か。っつか、目を合わせてしゃべれや。」


なぜか視線がフィーロとかみ合わない。だが、キアは明後日の方向を見ながら、自身の透けている体を凝視する。


『私・・・死んだの?』


「お前の描いた魔法陣じゃな。演算狂って、自分の魂捧げて俺を生き返らすってことになってるぜ。マスター』


半透明になっているキアをよく見てみると、足は無く、白装束を身に纏っていた。これが死霊化したキアの格好。決してふざけているわけではない。


「んで?何でその三大魔術師のキア様が死霊化しちゃってるわけですか?なんで死んじゃってるわけですか?」


『い、い、いいいい一度にそんなに多くの質問をしないで頂戴!!』


「一個しか質問してねえんだけどな・・・・・・まあ、いい。失礼しました。俺の睡眠を邪魔しやがった、我がマスターこと三大魔術師・キア様。この程度の質問をすぐに答えられる素晴らしい脳の持ち主だと思っていましたので。」


機嫌を損ねた子供を扱うように丁寧な態度でフィーロはキアに接する。


『全然褒められてない!!』


「めんどくさいガキだな。」


しかし、キアの反応が面白くないようで、彼女と話すことを早々に切り上げたい気持ちでいっぱいになる。


『態度が顔に出ているわ。』


「俺様のアイデンティティーだ。」


『さすが三大魔術師の中で史上最強と呼ばれたフィーロね。その態度には脱帽するわ。』


「お褒め預かり光栄だね。」


『褒めてないわよ。』


フンっと鼻を鳴らし、フィーロは偉そうな態度を取る。


「じゃ、説明してくれるか?俺様を起こした理由を、よ。」


『・・・せ、説明してあげる前に・・・ふ、ふ、服をき、着てくれる?』


先ほどからキアは顔を真っ赤にさせて、視線を泳がしていたのはそういうことだったのか。


「男の体を見るのも抵抗があんのかよ。ガキ。」


元・死人が服を着て成仏しているはずがない。はるか昔に召されたフィーロの墓の中で眠っていた服は、すでに繊維と化している。だが、その程度で動じるフィーロでもない。


『男の人の裸なんて・・・見れるわけないでしょ!!図面で見ただけだもの!!実際・・・こ、ここここんなんだとは・・・知らなかっただけよ!!』


見たいのか、見たくないのかはっきりしないキア。ちらちらと手の隙間から、瞳を覗かせる。


「あっそ・・・。じゃ、何かくれよ。」


『わ、私の服・・・ならあなたの後ろのタンスの中・・・よ。』


「はぁ?お前の?ふざけんなよ。サイズが合わねぇっつーの。」


『だったら、魔法でサイズを大きくするなり、作ればいいじゃない!』


「だるっ。」


体を動かすことなく、フィーロは指だけを動かす。すると、タンスが自然と口を開けて黒いローブが飛び出てきた。

取り出したローブはどう見てもキアサイズのスモールサイズ。フィーロに合うはずもなかった。

フィーロはローブに質量の法則を変更する魔法陣を描く。ローブはフィーロの演算に合わせて、形を、大きさを変えていく。


「よし・・・こんなもんか。」


ちょうどいいサイズになったローブにフィーロは身を包んだ。


「おい。服を着たぜ。マスター。」


『ほ、本当?』


「んなことで嘘ついてても仕方ねぇだろ。見世物じゃねぇんだ。」


『そ、そう。』


空中にふわりと浮いたキアはフィーロの近くに置いてあったイスの上に腰をかける。


『それじゃ、説明してもいい?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あんたは一体何者よ こいち @Coichi0125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ