第7話 Miaとitsuki

幼い頃、君の歌を隣で聴くのが本当に好きだった。君の隣は僕の特等席だった。優しい声に、言葉に幾度となく心が救われた。僕らはずっと一緒で同じだったのにそういった「出来ること」が違った。

君の真似をして、君を僕の中に映しても君にはなれなかった。汚い僕はどうしても綺麗な君になれなかった。


本当はずっと、ずっと君になりなくて、なれなくて、でも、なりたくてしょうがなかった。






メッセージを送り、返信が来たその夜、俺はMiaとお互いのことを話した。メッセージじゃなくて通話で。もちろん、顔は見えない。かわりに、しっかりとMiaの声が聞こえる。

「あ、あ、もしもし、Mia。聞こえる?itsukiです。」


「ふふ、聞こえてるよ。 itsuki、やっと君の声が聞けたね!」


「えっ?あー、そうだな。」

Miaはひどく綺麗な声をしていた。「綺麗」なんて言葉でいいのかと悩むくらいに。そして、どこか聞き覚えのある声だった。あぁ、今日はずっとMiaの歌声を聴いていたからだろう。

「えっと...Mia、早速だけどMiaのことを教えて欲しい。いくつか質問しても?........いいですか。」


「いきなりの敬語!今更だね!itsuki!」


「うっ........すみません。えっと...」


「いいよ!敬語!僕だって敬語じゃないからね!あと、好きに質問してよ!」


「あ、はい。........うん。ありがとう。えっと、じゃあ――」





「おい!!!Mia!!!」

俺の家の作業部屋で俺の声がひとり虚しく響く。


「あははは!どうしたの?itsuki。」

画面越しにはとても綺麗に笑う人物がひとり。綺麗な声で楽しそうに笑っている。Miaとお互いのことを話そうと決め、1時間ほどたった。

「Mia、好きな食べものは?」


「う〜ん、キャンディー!食べやすいから!長持ちするし、喉にいいよ!」


「あ〜、飴か。」

........違う、違うから!俺はMiaにそんなことを聞きたいんじゃない。Miaについてだよ、「どうして、俺に依頼を?」、「いつから歌っている?」、「どうして、歌詞だけは書いた?」、「年齢は?」、「性別は?」、「普段は何してる?」........


「歌うことが本当に好き?」


たくさんの質問をしてMiaのことを知りたかった。プライベートすぎたか?Miaは


「う〜ん、気まぐれ?」

「気づいたら歌ってた!とか?」

「なんか書いた!」

「歳?えっち!」

「性別?えっち!」

「普段?寝てる!」


と言ったふうに自分自身や活動に対しての質問はことごとく、適当に、的確に誤魔化された。


「嫌いな食べものは?」


「カニクリームコロッケ!」


「へぇ、そうなのか........ピンポイントだな。」

って違う!けど、そういったどうでもいい質問にはしっかりと答えてくれた。そんなMiaは俺に特になにも質問せず、ただ一つだけ、


「ねえ、itsuki。君の今日はどんな一日だった?」


と聞いてきた。


「えっ........あー、今日はどんなって......普通に大学行って、あっ、でもいつもより朝早く行って....そういう日に限って一限がなくて、いつも友人が朝、ご飯作ってくれんるんだけど、そいつは一限からあったみたいで、俺のご飯作れなくて、でもだからって、朝ご飯を食べないと怒るから、俺は食堂で朝兼昼ご飯を食べた。それからは午後の講義を受けようとしたけど、Mia、あなたに連絡を取りに急いで帰ってきたんだ。」

何故か、俺はそうMiaにペラペラと話をしていた。Miaは終始静かに、とても丁度いいタイミングで相槌をくれた。Miaにどうしてこんななんでもない毎日のひとつを話したんだろうか。はじめてなのに。これがアキの言っていた「初めてなのに、初めてな感じがしない」ってやつか?アキは「シュウもそのうちわかる」って言ってたっけ?...これ?


「itsuki?おーい。聞こえてる?........あれ」


「あ!悪い。聞こえてるよ。」


「ふふ、いっちゃんはなに考えてたの?僕のことそっちのけで。」


「.........あんたな。大したことじゃないよ。ごめん。あんたの声が居心地良くてさ。」


「!?....は、え、え!」


「........なんだその声。」


「えっと、そんな直球で自分の声、ほ、褒められると、て、照れるよ。」


「ふぅん.....]


「あ!なに!?まあ、itsukiはなんか見るからにモテそうだよね!自分のこと褒められるのって慣れっこだよね!モテ男め!」


「は..え?なんだそれ、見るからにってあんた、俺の顔見てないだろ。それにモテるとかよくわかんない。」


「わかるよ、きみの人となりが。」

Miaはとても綺麗な声でそう言った。


「.......なんで?」


「内緒!」

........またそうやってはぐらかす。Miaと話しているとなんとも言えない想いがあった。たまにイラッとくるな。でも––

「ふ、なんだそれ。」

わかりそうでわからない、なにも掴めない目の前の存在に酷く困惑した。でも、存外悪くなかった。むしろ良い。面白かった。


「笑った、itsuki、笑えるんだね!」

........失礼なやつ。なんか憎めないな。Miaは本当にひらひらしている。この表し方っておかしいかな。でも本当にひらひらとしていたから。






Miaと話して俺が分かったことと言えばなんだろうか。当初予定していたものは何も分からなかった。ただ、わかったことも少しだが確かにあった。

Miaが「男」だということ。

メッセージでは「わたし」と名乗っていたMia。 Miaの言った「話すことで多少の人となりが分かる」というそれは鈍感な俺に無理だろう。そんな俺がMiaが「男」というのは分かった。

Miaは実際には「僕」と自分のことを呼んだ。まあ、自分のことを「僕」と話す女性もいるけれど。ただそれだけではなかった。Miaは確かに「男」だった。

他には、猫が好きなこと、カニクリームコロッケが嫌いなこと。よく持ち歩いているのは飴ということ。

それが俺が知れたMiaのこと。........非常に少ない。正直、全然Miaが分からない。でも、全くわからなかったMiaのことが少しだけ知れた。それからMiaも存在するものなんだと思った。Miaはあまりよくない意味で消えてしまいそうだと思ったから。最初からなかったものみたいに。なんの前触れもなく、突然。


だから、これからはもっと話そうと思った。

そうしたらきっとMiaはまたなにか応えてくれる気がした。言葉じゃなくていい。そうだ、それこそMiaのいう「人となり」のよう。

よし、Miaにまた話そうと言おう。


「ねえ、itsuki、また話をしよう。僕と。」


「えっ........」


「ん?......なんで驚くの!だめなの!?」


驚くMiaの声が耳に届く。


「だめじゃない!」


俺はMiaの、綺麗な、少しだけふてくされた声を劈くように応答した。俺の応答が届いた頃、Miaは花が咲くような声で笑った。

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