第5話 シウと休日・雨


「どうぞ。」

ポツポツと雨の音がゆっくりと部屋に響いた。

「ふふ、しとしとしてるね。」

俺の部屋に堂々とあがってきた2人のうちのひとりが言った。しとしと、か。

「あ!ミサ、あれ。」

「ああ、あれだな。」

「ん?」

そう言ってミシオに言われミサキは左手に持っていた紙袋を両手に丁寧に持ち、

「どうぞ。」

屈託のない笑顔で渡してきた。

「お菓子.......?それも俺が好きなとこのだ。」

「あれ〜!ほんと!俺の実家のなんだよ〜!」

!?

「え...!?パティスリー・ユイジョウ???」

「アキくんも知ってるの!いや〜嬉しいね。」

ミサキがまさかパティスリー・ユイジョウの息子だなんて......媚びは忘れずに売っておこう。

「くしゅ...........」

「ミオ!お前はすぐ風邪を引くんだからはやく雨を拭き取らなきゃ!」

「あ、タオル!持ってくる。」

俺は慌てて人数分のタオルを見つけに走った。えっと、4つだよな。よし。

「はい、タオル。」

一人一人にひとつひとつタオルを渡した。俺はなにかあたたかい飲み物を出せるよう3人をリビングに通しキッチンへ向かった。

ん?

あれ?

何してんの俺。

しっかりとタオルを配り、今はキッチンでコーヒーを準備している。おもてなし、してない?

まあ、アキはいいとして、ミシオとミサキ。なんか怪しいっていうかなんて言うか。企んでそう?というかでもそんなかんじ。上手くは言えないが違和感がずっと俺の中をぐるぐるとしていた。まあ、いいや。さっさと帰そう。仕事やらなきゃいけないし。

よし!そうと決まればやるぞ!!!

「はい、どうぞ。コーヒー。」

「わ〜!ありがとうシウ ...........!?」

「ありがとう、シュウくん!............!?」

「おぉ、ありがとうシュウ。......(察し)」

満面の笑み攻撃だ。満面の笑みで優しくすることで相手に罪悪感を植えさっさと帰す。相手は罪悪感に呑まれ、いたたまれなくなり帰りたくなるだろう。(多分)

...

「ふふ」

「あはは」

...

「それでさ、あれは―――」

「いや、それはさ―――」

え、なんで!?

全然帰らない.......。もう何時間経っただろうか。普段笑わないから筋肉痛い...もうやだ、ぐすん。アキに助けを呼ぶがアキはふたりの会話に付き合わされていて、全然俺の方を見てくれなかった。

「ねえ、シウ。」

「えっ」

突然ミシオが俺に声をかけた。

「な、なに。」

ひんやりと汗が流れた気がした。なんとなく。

「いつもどこで寝るの?」

「「「え」」」

男3人の声が部屋に響いた。






「ふんふふ〜ん」

楽しそうにミシオが俺の家を散策し始めた。一大学生としては遥かに大きな部屋に住んでいると思う。いわゆる、タマワン最上階付近の部屋。部屋数も多い。そしてとにかく広い。もちろん防音対策もバッチリ。この部屋に住めるのは俺がitsuki名義で稼いでいるからだ。だから、作業部屋だけは死守せねば......!ミシオに見られたらなんて言われるだろうか。

「ねえ、この部屋は?」

!!!

「はっえっ、なに?部屋?そこ?あ〜、そこはなんか物置!物置だから埃がやばいからさ、入らない方がいい。そうだ。入らない方がいい。」

「ふ〜ん。」

...あれ?意外にあっさりと引いただけに俺はびっくりした。アキが笑いを堪えているのをみてキッと睨みつけた。

「ねえ、今日僕、泊まるね?あっミサはどうする?」

「ん〜?俺は帰るよ。やる事あるし。」

「ふふ、そっか〜。いつもありがとう!ミサ。」

訳の分からない会話を繰り広げるミシオとミサキ。え?ミシオのことも泊めるって言ってないけど...。

「シュウ、俺も帰るぞ?もう大丈夫だろ?」

「えっ、あ、ああ。ほんと、ありがとうなアキ。」

「おっ、アキくん帰る?なら一緒に帰ろ〜。ちょっと話でもしながらさ。」

「あぁ、いいぞ。それじゃシュウ何かあったらすぐ連絡しろよ。」

「それじゃあ、お邪魔しました。ありがとう、シュウくん。ミオをよろしくね。」

「あ、ああ。」

「ふたりともばいばーい!気をつけてね〜」

ミシオと一緒にひらひらと手を振りながら我に帰る。え!いやいやいやいやいやいやいやいやなんで!?なんでなの!?お前も帰れよ!!?キッとミシオを睨んだがミシオはニコニコとしている。

「さぁ、シウ。夜はこれからだね!」

「へ、あ、うん。ソウダナ.....」

こんなにも夜を長く感じ、朝を待ち焦がれた事が今まであっただろうか。疲れた。






「おいしい.....!」

夜はなんとミシオが作ってくれた。聞けばミシオは高校生から一人暮らしで俺と違いよく自炊をするらしかった。

「なんかすごいね、ミシオ。」

俺は何も考えずに言った。気づいたら口から出ていた。

「ふふ、そんなことないよ。僕は全然すごくない。」

「なに寂しそうに笑ってんの。」

「え...........」

ミシオの綺麗な瞳が見開いて揺れた。また、口に出すつもりはなかったのに出ていたみたいだった。

「いや、なんか寂しそうだったから。」

「あはは!なにそれ〜!僕は寂しくなんかないよ。」

相変わらず綺麗に笑うミシオに今日は違和感を感じた。嘘?

「なあ、歌うのすき?」

「は.....」

「俺はさ、歌うの好きなんだよ。ひとりで歌うんだ。人前でなんて恥ずかしくて、歌えない。」

「あ、あ......、そういうあれ、ね。」

「......なに?どういうこと。」

「僕はあんまり好きじゃない。歌うのは苦しいから。」

「なに、肺活量ないの?」

「え、肺活量!?ま、まあ、まあまあかな。」

「ふーん、なら苦しくないだろ。それか、あれか。どんだけ難しいの歌うんだよ。」

「ふ、あはは!いいね、シウはいいね!」

突然笑ったりするミシオはどこか不安定に見えた。いや、きっと俺の勘違いだけどミシオは独りにしたらだめだと思った。何処かに消えてしまうような。確かにそこにあったのにはじめからなかったかのような。






「そろそろ寝るか。」

お風呂にも入り、リビングへ戻りそろそろ眠ろうとしていたとき、ミシオはベランダにいた。

「寒っ......」

窓を開けると夜の冷たい風に包まれた。

「あれ、シウ湯冷めしちゃうよ。」

ミシオが俺の顔は見ず、ずっと空を眺めながら言った。誰のせいだと思ってんだ。そろそろ寝ようと思ってお風呂から上がってリビングへいくと姿が見えなかったんだから。

「綺麗だろ、ここからの景色。」

「うん、月があんなに近い。街がキラキラしてる。シウは毎日こんな景色を見ているんだな。」

振り返ったミシオがいろんな色を纏っていてとてもとても綺麗だった。ミント色の髪の毛が風に揺れていた。シャンプーの香りが俺に届いた。

「..................」

「シウ?」

「..................」

「紫宇ー!」

「......あっ、ああ。毎日ではないけど。まあキラキラしてて綺麗だよ。空も街も。」

ずっと篭って作業している俺はベランダになんて行かない。久しぶりに見たよ、星も月も、街の明かりも。

「ふふ、もう寝よっか。」

「あ、ああ。」

笑うミシオはやっぱり寂しそうだった。そんなミシオを見ていると曲を作りたくなった。

「ミシオはソファで寝ろよ。俺にとって睡眠は本当に大事だから、もちろん俺はベッドで寝る。」

「えぇー!!嫌だよ!腰痛くなるー!」

「大丈夫だ。ここのソファは高いからふわふわだ。」

「えー!僕、ソファとかじゃ寝れなーい!ベッドがいい♡」

「残念だな、ベッドはひとつしかないんだ。この家は。」

「うん、知ってる。さっきみた。それにベッド、めっちゃおっきかったし僕ひとりぐらいいても十分大丈夫だった。」

「............うるさくするなよ。」

結局押しに負けてミシオとベッドに寝ることにした。

月の明かりか、青白い光が緩やかに入る部屋でカーテンはレースカーテンだけかけ、ベッドへ入った。

寝るまでミシオはひとりでたくさん話していた。学校やミサキのことなどを。くだらない話ばかりだった。そして途中から寝ぼけているのか呂律が回らなくなり、話の内容もツギハギだった。そのなかで寝る前にボソッと呟いたミシオの言葉がどうしても離れなかった。


「白鳥にはなれないんだ。」


離れなかったのは君の声がいつもと違って震えていたから。多分。

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