第25話 夏の日差しと駐車場

 世間では、地球はますます温暖化しているという。


 先日もカナダやロシアの凍土が溶けた、山火事が増えたニュースが流れていたし、日本では強い台風や土砂崩れが増えている。

 僕達も罠の見回り依頼で下山ルートが地滑りで潰されていたりと、微妙に被害を受けることが増えてきた。


 そして今。


 僕は、温暖化した地球の強い日差しを受けながら、農道でキュラキュラと無限軌道のラジコンを走らせている。

 だいたい時速4キロぐらい。僕が歩くのと同じ速度。全速なら10キロぐらいは出るかもしれない。


「遠い!田舎の金持ち、隣家が遠いぞ!」


 西川さんの家は遠く、僕は孤独を感じながら歩いている。

 普通は夏ともなれば田舎のセミが鳴いて煩いほどなのだけれど、一定以上の気温になると奴らも鳴かず却って静かになったりするんだ。


「気温、たぶん35℃ぐらいあるよな…」


 冒険者帽子がなかったら熱中症で倒れていてもおかしくない。

 歩いて行くのが億劫になってきて、いっそ草刈りドローンに乗っていこうか、と一瞬思いかけたけれど、こいつの値段を思い出してやめた。

 冒険者引退の理由が「草刈りの機械を壊したため」では締まらない。


 農道に車の影は一台もない。

 道の脇を単に走らせるのも暇なので、農道の脇を伸び放題になっている雑草をついでに刈らせながら進む。

 セイタカアワダチソウなんて臭いし背が高くて刈るのも大変だし絶滅したらいいと思う。


 ★ ★ ★ ★ ★


「あー来た来た!スイデン、おそいー!!」


 西川さん宅―――こちらの家も大きい―――へ着くと、待ちくたびれた様子のアンテナが大きく手を振っていた。


 両開きの鉄フレームの扉を開くと、庭の左手には涼し気な竹林が広がり、瀟洒なお宅のテラスに影を投げかけている。

 テラスでは、和服の老婦人が2人、談笑している。

 西川さんは、ややふっくらとした柔らかい印象のご婦人で小林さんよりはやや年下に見えた。

 ああいう人達を有閑マダムというのかもしれない。


 依頼の手続きや詳細は僕が到着するずっと前に住んでいたらしく、挨拶もそこそこにすぐに作業に入ることになった。


「竹林のそばの笹薮が本当にしつこくて」


「なるほど」


 草刈りをしてみるとわかるけれど、笹薮は本当に対処が面倒くさい。

 茎は堅いし根で繋がっているので抜くことも難しい。

 日陰でも枯れずに気がつけば勢力を伸ばしてくる。


 でも、そんな程度の障害は草刈りドローンなら問題ない…という期待で僕達は依頼を請けたのだけれど。

 笹薮、アメリカにあったかな?この機械が対応しているといいのだけど。


 依頼内容が庭全体というよりも笹薮対処がメインのようなので、まずはマニュアル操縦で笹薮刈りをしてみる。


「スイデン、大丈夫そう?」


「ああ、問題ないね。さすがハイパワー」


 ただ、移動や途中での草刈りで少しバッテリーには不安がある。


「できたら予備バッテリーの方も充電させて欲しいんですけど」


 西川さんにお願いすると、駐車場の方に回ってと指示された。

 電気自動車用の充電ステーションがあるので、そこの電源を使うといいらしい。


「…車、いっぱいあるね」


「そうね。外車と高級車ばっかり」


 倉庫のように広い駐車場には、ミニ、SUV、トラック、高級外車、高級国産車、スポーツカー…達、が無造作に7、8台駐車してあった。


「あれベンツかな」


「わかんない。マーク違うみたいだけど」


「ガソリン車っぽいのまであるよ!すごいな」


 たしかガソリン車って、すごい税金を取られるはず。

 庶民の哀しさか、車の車格や目的は理解できても、エンブレムやブランドはよくわからない。

 たぶん高そうな外車ということだけはわかるんだけど。


「お金持ちのお友達って、お金持ちなんだね」


「…そうね」


 僕達は格差社会ジャパンの哀愁を感じつつ、草刈りドローンの予備バッテリーを充電器につないだ。

 車体のバッテリー専用だけあって、すごい速度で充電されている。


 家の基本電気料金すごそうだ。

 お金持ちだから気にしないのかもしれないけれど。


 ★ ★ ★ ★ ★


 草刈りドローンのところに戻ってみると、指定した範囲を順調に刈っていた。

 竹林脇の綺麗に直線になっているところだったので、範囲指定は簡単だったし。


「…あれ?そういえば、どうして竹はこちら側に生えてこないんですか?」


 竹というのは厄介で、地下茎で広がるために家の近くに植えたりすると家の基礎や配管などに影響を与える、と聞いたことがある。

 だというのに、西川さん宅の竹林はお行儀よく、まっすぐに生えていて家との境界線を越えている竹は一本もない。

 余程に手入れがいいのかもしれないけれど、それなら笹薮が茂っていることと矛盾する。


「そこはね、境界に鉄板が埋めてあるのよ。2メートルぐらい」


 僕の疑問には、テラスでお茶をしていた西川さんが答えてくれた。


「…鉄板?」


「そう。地下までズブッと。だから竹も家の方には来れないの」


「なるほど…」


 福島の原子力発電所の放射能地下水が問題になったとき、液化窒素を地下に流し込んで地下水を遮断する、という試みをしたいた覚えがある。

 同じ様に、竹が地下から家の領域を侵犯してくる恐れがあるのなら、あらかじめ壁を築いておく、ということか。


「主人の趣味で家を建て替えるときに埋めたんだけど、ちょっと大変だったわよ」


「…そうでしょうね」


 このお金持ちのご婦人が言う「ちょっと大変」は、もの凄く大変だったのだろう。

 笹薮の手入れがあまり良くないという状況と合わせると、竹林の維持には、けっこう手を焼いていそうだ。


「でも助かるわ、この機械、すごく良く働くのね。それにとっても静か」


「アメリカでも最新の高級機ですから」


 バッテリー駆動の全自動草刈りドローンで、これだけパワーの出る機種はなかなかない。

 アプリの設定も、とても充実していて、短い芝刈りから2メートル超えのセイタカアワダチソウまで幅広く刈れる。


「そうなの。セイイチがプレゼントしてくれてね、この子たちに使い方を教えてもらったらすごい働いてくれて…」


 西川さんに草刈りドローンを自慢する小林さんは満面の笑みを浮かべていて、もの凄く嬉しそうだった。


 たぶんドローンにかこつけて息子自慢がしたかったんだろうなあ。


 まあ、僕達下働きの冒険者は依頼料が貰えるならそれでいいのだけど。


 草刈りドローンは順調に笹薮を刈り続け、小一時間もせず依頼は終わった。


 残った問題は一つ。


「…このドローン、誰が持って帰るの?」


「おほほ、それは抜群の操縦技術を持つスイデンくんが適任じゃないかしら」


「いやあ、男女平等の観点から帰りはアンテナさんにお任せしたいね」


「じゃあ、わたしが2回勝利、スイデンが1回勝利のジャンケン勝負ならどう?」


「じゃあ、じゃないでしょ…まあ仕方ない」



 結局、僕はまたジャンケンが嫌いになった。


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