第21話 依頼は変わる。伝言形式で。

 裏庭の奥に案内されて行くと、古い外国の映画で見るようなテーブルのセットが置いてあって、背筋がしゃんとした感じの老婦人―――お婆さんと言うより老婦人と表現したくなる―――がいた。


「イギリスのドラマみたい」とアンテナが小声で囁く。

 緑の芝、高級そうな白いテーブルとイス、小さな絵模様が色鮮やかなティーセット。

 たぶん何とかウェッジウッドとか、うんたらボーンチャイナとか、よく知らないけど高いやつだ。


 そして、アンテナの言うようにイギリス貴族っぽい道具だ。

 ただ老婦人の格好は完璧な和服で庭仕事には向いていなさそうで、それでも庭とテーブルセットの風景に完璧にマッチしていた。


「奥様、芝生刈りのお手伝いが参りました」


 とお手伝いさんが僕達を紹介したので、僕も慌てて頭を下げた。


「依頼者の方ですね?よろしくお願いします」


 だというのに、老婦人は目を見開いて


「あら、本当に来るのね」


 と、さも意外そうにおっしゃられたのだった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 依頼しておいてその言いぐさは、と一瞬カチンとこないでもなかったけれど―――実際、アンテナがピリピリ来ている気配を背後に感じた―――その疑念は、老婦人が続けて「息子にお願いしたんだけど、ちょっとよくわからなくて」と言ったので解消した。


 高齢化とデジタルディバイドが進んだ現代ではよくある話だ。

 老婦人が「草を刈りたい」と望み、それを息子さんは「いいツールがある」とか「ここに頼めばいい」と冒険者アプリを紹介したのだろう。

 できれば、もう少しちゃんとサポートしておいて欲しかったけれど。


「それで、依頼内容は草刈りドローンの見守り、ということでしたけど――」


 裏庭を見渡したけれど、それっぽい草刈りドローンが裏庭で動いていないのは確実だ。

 草刈り機器はドローンであっても、刃を動力で動かす関係で、どうしたって騒々しい機械なので、動いていればすぐにわかる。


「それねえ、よくわからないから家の倉庫にあるの」


「はあ…」


「だからお願いしていいかしら」


 お願いされて応えたくなるけれど、冒険者アプリの依頼では、そうはできない理由がある。


「うーん…それだと契約違反になっちゃうんですよねえ…」


「なによ、それぐらいやってあげればいいじゃない?」


とアンテナが口を挟んだ。

僕も感情的にはアンテナに賛成なのだけれど、これは依頼なのでしかりと区別をつけないといけない。


「アンテナ、そうは言うけど僕は草刈りドローンを触ったことがないし、何百万もする高級機を弄って万が一にでも壊したらお互いに大変なことになるよ」


「う…そういえばそうね」


「依頼されてない仕事で壊したら保険だってきかないもの」


 このあたりの「契約外労働の禁止」については冒険者アプリの規約にはきちんと記載されている。

 契約以外の仕事をするのは、お互いのために良くないのだ。


「あら、そうなの。契約社員の契約みたいな話なのね」


 と、ハケンゴテンの老婦人は、冒険者の契約を理解してくれた。

 契約社員…たしかに僕達のような冒険者は短期契約の契約社員と言えるかもしれない。


「ええ。そうなります。ご理解いただけますか?」


「なら、新しく契約を結んじゃいましょ。倉庫のドローンを引っ張り出して庭の草を刈ってちょうだい」


「あ、はい」


 上品そうな見た目に反して押しの強い老婦人の態度に、僕は思わずうなずいてしまった。

 草刈りドローンというやつを弄ってみたかったしね。


 ★ ★ ★ ★ ★


 老婦人の情報端末を一緒に操作して、僕達への依頼を「草刈りドローンのセットアップと草刈り監視」へと変更してもらった。

 依頼料はAIの判断で数千円上がったけれど、老婦人は全く気にしていないようだった。

 さすがお金持ちは違う。


 僕達は裏庭をお手伝いさんの案内でさらに奥まで歩き、大きなコンクリートうちっぱなしのオシャレ倉庫―――僕の家より大きい―――まで案内してもらうと件の「草刈りドローン」を発見することができた。


「いちおう、パッケージは開いてるんですね」


 草刈りドローンは無人なので高さは人の腰よりも低い。

 椅子もついていないので、カート型よりもやや小さく見える。


 さすがに「一回も使っていないので段ボールの中から取り出してね」という羽目にはならずに安堵した。

 すると、この草刈りドローンは開封されたのに使われなかった、ということになるのだけど…


「坊ちゃまが庭弄りがご趣味の奥様へ贈られたものですので」


「なるほどー?」


 草刈りドローンは何百万円もするわけで、それを息子が母にさらっと贈るのか。

 お金持ちの息子はお金持ちなんだなあ、と妙なところで僕は感心した。


 とにかく依頼の全体像というか、経緯は理解した。


 プレゼントだから開けた。

 使い方がわからないから倉庫にある。

 使ってみたいから人を呼んだ。

 人を呼ぶのに息子に頼んだらアプリで冒険者を呼んだ。

 僕達が来た。


 ということになるだろう。


「それで、息子さんは――」


「海外勤務を終えられまして、今は東京の本社の方でお勤めでございます」


「はあ」


 その情報いる?

 いやまあ、とにかく自慢の坊ちゃまなんだろう。

 しかし、この場にいないのは事実だ。


「ええと…説明動画は…と、うえ、英語じゃん。まあ自動翻訳で何とかなるか…?」


 スマホでドローンに印刷されているQRコード経由でマニュアル動画にアクセスする。

 幸いなことに、高級機だけあってメーカーの公式マニュアル動画はちゃんとしたつくりだ。

 説明書を読まないアメリカ人のために作ってあるせいか、英語だけれども非常にわかりやすい。


「あー…まず充電しないとですね。この機種、エンジンじゃなくてバッテリー駆動みたいなんで。倉庫内に電源ありますか?ちょっと強い電源が要るんですけど」


「そちらに」


「あるんだ…」


 外は夏の真っ盛りで蒸し暑いのに、このオシャレ倉庫は空調がしっかりと効いて涼しく掃除も行き届いてチリ一つ落ちてないし、スマホの電波も強い。おまけに電源も何か所もある…。


「倉庫っていうより、会社のオフィスみたいですね」


「…そう使われていた時期もございます」


「あ、そうなんですか…」


 あまり良くない話題だったらしい。

 僕は慌ててマニュアル動画の方に意識を集中することにした。

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