第20話 ハケンゴテン

 結局、僕は好奇心に負けて「草刈りドローンの見守り」依頼を請けることにした。


 自転車で行くには少し遠かったけれど「ドローンタクシー交通費支給」とあったので、何だかお金持ちの依頼っぽさを感じたからだ。



 その予感は間違っていなかった。


 田舎の家は地価の関係でだいたい建物の敷地が大きくとられるものだけれど、今回の依頼者は桁が違った。

 街の一区画が丸ごとお屋敷―――家ではなく屋敷と呼ぶのが正しい大きさ―――だったのだ。


 その大きな区画はぐるりと高い生垣に囲われて外から中を伺うことはできないようになっている。

造りは新しいのだけれど、屋敷は屋敷でも武家屋敷的な重厚さを感じた。


 おまけに僕達はうっかり生垣が見えたあたりでドローンタクシーから降りてしまったために、夏の日差しの下を何百メートルか歩く壁伝いに羽目になったわけで、同行者の口からは思い切り文句が出たのも、感情的には理解できる。


「すっごい大きい家ねー!さすがハケン御殿!悪いことしないと建たないわよねー!」


「ちょっ、ちょっとやめなよ!聞こえたらどうするの!」


 僕だけでは心配だから、とちゃっかりついて来たアンテナが放言するのを僕は慌てて止めた。


 一応、僕達は経験に基づいて事前に依頼者を調べていた。

 個人情報の閲覧は制限されていても、地元の名家や有名人であれば住所がわかれば名前や経歴ぐらいは簡単にわかる。


 今回のお金持ちの依頼者は小林さん、という。これまた埼玉には多い姓だ。

 その小林さんは、アンテナの調査によれば、少し前までハケン会社、とかいう企業を経営していたらしい。


 今ではドローンが現場で働くのが普通になっているのでピンと来ないのだけれど、ハケン会社というのは一時期ものすごく儲かったらしい。

 おかげで以前は小さな町工場を経営していた小林さんは、ハケン会社の経営とかでがっつり儲けて、今では地域でも指折りのお金持ち。

 この大きな屋敷は地元では「ハケン御殿」と呼ばれている、と耳敏いアンテナが嬉しそうに教えてくれた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「ここ…だよね」


「たぶん…門がお家みたい」


 しばらく歩いて日本家屋の門(表札はなかった)っぽいところにようやくたどり着いた。

 屋根には立派な瓦ぶきで、お寺とかお城の門みたいなつくりをしている。


 綺麗に磨かれた木の柱に似つかわしくない、メタリックなインターホンと防犯カメラが実際に生活で使用される門であることを示している。


「すみませーん、冒険者ギルドの方から来ましたー!」


 僕はインターホンを押しながら呼びかけたのだけれど応えはない。


「バカね!それじゃ消火器を売りに来た詐欺みたいじゃないの!」


「えー!じゃあ何て言えばいいのさ」


「そりゃあ…冒険者スイデンです!レベル5冒険者です!って名乗ればいいのよ」


「そんな頭悪そうな名乗りできないよ…」


 僕達が小声で言い争っていると「どうぞ中までいらして」と上品な女性の声と共に大きな門が左右にゆっくりと開いた。


「すごい。自動ドアだ。こんな大きな門なのに」


「大きいから自動ドアなのよ。手で開けるのは大変でしょ?」


 たしかにそうだ。

 たぶん自動車で外出するときには、映画みたいにリモコンとかで開けるタイプなんだ。


「さすが格差社会ジャパンだなあ…」


 最近、少し読むようになったニュース系アプリに書いてあった言葉が実感できたような気がした。


 ★ ★ ★ ★ ★


 門の方に出てきた年配のお手伝いさんっぽい人に先導されて、僕達はハケン御殿でなく裏庭の方に案内された。

 お客として来たわけじゃないから、当然なんだけど、噂の御殿の中を見学できないのは少し残念だった。

 クマの毛皮とか日本刀と武者鎧とか飾ってそうなのに。


「あのう…僕達は草刈りドローンの監視に来たんですけど」


 僕は少し心配になってお手伝いさんに尋ねた。

 ドローンを見ているだけなら、それこそお手伝いさんにもできる。

 わざわざ部外者の僕達を雇う必要はないわけで。


「そこは奥様からお話になります」


「はあ…」


 中に入ってみると、大きな屋敷のわりに人の気配が薄かった。

 屋敷の面積に人の密度が追い付いていない感じだ。

 とはいえ、日本風の屋敷の壁は白く、柱は磨かれていてお化け屋敷感はない。

 むしろ住宅展示場とかにありそうな新しさだ。

 さすが成金のお金持ちの面目躍如、といったところだろうか。


 一方で、裏の庭は確かにうっそうとした感じがした。

 サッカーグラウンドとかで使うような細くてふかふかした芝がものすごく伸びて、歩く僕達の足首まで隠れるようになってきた。


「すごい芝ですね」


「ティフトンとセントオーガスチングラスの混毛と聞いております。オーガニックで農薬不使の芝生面を造るのにはご苦労なさったとか」


「そ、そうなんですか…」


 芝生を誉めたら何だかよくわからない返事をされた。

 たぶん外国の芝で高い種類なんだろう。

 オーガニックって、あれか。なんか高い野菜のやつ。

 ここの草を食べたら猫のお通じが良くなりそうな気がする。


 屋敷の敷地に入ってからの別世界感が凄い。

 そしてアンテナは目を輝かせて周囲をキョロキョロと見回し続けている。


 頼むからトラブルを起こさないでくれよ…、と僕は願ってみたけれど、過去の経験からそれは「無駄な願い」というやつであることも理解していた。

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