第6話 渋谷ビルディング迷宮十九階

 階下に降りると、ムッとする空気と錆びた鉄のような臭いが鼻をついた。

 本来は広々としていたはずのロビーは奇妙な歪みを見せ、錆びた鉄のような大きな塊がいくつか転がる瓦礫の廃墟と化している。

 そんな風景のなか、うごめくのは、肉塊のような色合いの不定形のモンスターだ。


「スライム……か?」

「ちょっとでか過ぎないか? スライムって普通ちっこいだろ」

「特殊個体も多いモンスターだから、決めつけないほうがいい」


 光夜が相手を特定するように呟くと、真逆と花鶏あとりがそれぞれの意見を言う。

 真逆の言う通り、そのモンスターは一般的なスライムよりもかなり大きかった。

 平均すると、大柄な相撲取りぐらいのサイズだ。


「試し撃ちをする」


 言うなり、光夜はショットガンにベルトホルダーから抜き取った弾を込めた。

 見た目はごついが、火薬を使わないため、空気銃に近い発射音だ。

 それでも十分に大きな音が響き、巨大なスライム達が活発に動き始めた。

 とは言え、まだ光夜達を発見してはいない。


 ガガガッ! と、一回の発射で一つの音に聞こえる連続音が響いた。

 そして、光夜が的としたスライムが弾ける。

 スライムは飛び散ったが、その飛び散った小さな塊が、またそれぞれうごめき始めてしまう。


「散弾は無意味か……いや、小さくすることで脅威度は下がる……か?」

「いやいや、数が増えるのは悪手だろ。柔らかそうなんだからなんかで溶かせないかなぁ」


 試し撃ちに対する光夜の感想に、真逆がかぶせるように言う。

 

「溶かすのはあいつらの得意技でしょ。たしかスライムタイプのモンスターは溶解魔法を使う場合が多いって聞く」

「うー、溶解魔法はヤベえな。武器や防具が溶かされると、戦いどころじゃないぞ」


 花鶏あとりからの情報にうんざりとしてみせる真逆。

 そんな二人に何も言わず、光夜は先へと進み始めた。

 そして、弾を込めないままのショットガンで、道を塞ぐスライムを狙う。


「これならどうだ!」


 ガウンッ! という衝撃音と共に、ショットガンの銃口を向けられたスライムが吹き飛ばされる。


「なんだそりゃあ!」


 驚いた真逆が光夜に聞く。


「ショットガンには弾の撃ち出しのために、衝撃インパクトの魔法が仕込んである。空撃ちでも、魔法は発動する」


 光夜は律儀に真逆の問いに答えた。

 真逆は銃口から距離を取る。

 もちろん真逆に銃口が向けられている訳ではないが、少しでも遠ざかりたいという気持ちの表れだろう。


「うへえ、こええな。てか、ダンジョンにある魔力だけで発動出来る魔法なのか?」

「もちろん大気中の魔力だけじゃ無理だ。魔法発動用の魔石カートリッジバッテリーは消費するが、弾の消費が抑えられるだけお得だろ?」

「経済的」


 光夜の説明に花鶏あとりがうなずいた。

 花鶏あとりは節約大好き女子である。


 スライムは目が存在せず、気配のようなものを感じて襲ってくるモンスターだ。

 そのため、一定の距離が開くと、光夜達を薄っすらとしか認識出来なくなるようで、積極的に攻撃しては来ない。

 ただし、ゆっくりと距離を詰めようとはして来るので、油断は危険である。


 スライムの持つ溶解魔法は、硬い金属でも時間を掛ければ溶かせるのだ。

 動きが緩慢だからと無視していい相手ではない。


 光夜は四方に警戒を向けつつ、オフィスとして使われていただろう内部へ侵入すべく、扉らしきものを探す。

 扉もダンジョンとの融合によって姿を変えていると共に、もともと入室にICカードを必要としていたため、もはや、鉄の壁も同然となっている。

 侵入する手段は破壊しかない。

 

「継ぎ目、ここ」


 扉の継ぎ目を花鶏あとりが確認すると、真逆が自分の得物の双剣を取り出す。

 オートロックだろうとなんだろうと、扉がロックされる仕組み自体は同じである。

 扉と壁を物理的に繋げているのだ。

 ならば切ればいい。

 柄のデザインだけが違う揃いの剣は、剣身の部分がまるでカーボンのように真っ黒だ。

 ダンジョン鉱石であるアダマス鉱という、切断に特化した鉱石を用いた剣である。


「我が剣に切れぬものなし!」


 気合いと共に継ぎ目を狙った剣は、キイーン! と言う甲高い音を周囲に響かせた。

 そして刃こぼれ一つなく、目的を果たす。


「よし、開いたぞ」


 自慢げに扉を開けて見せる真逆だが、仲間達の視線は冷たい。


「少年の心を持ち続けてるんだな」

「闇に呑まれる?」

「ちげーよ! 自分が信じることで、魔力の干渉をプラスに書き換えてるんだ!」


 光夜と花鶏あとりのからかい含みであるはずなのに真剣に聞こえる声に、真逆はお約束と知りつつも、そう返したのだった。

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