新聞部員の章――Ⅸ




 安芸津が警察に連れられ、僕は廿日市と律さんのいるところに合流した。

 おばさん二人組から長話の切れ目を付けかねている。ガンガンと途切れることのない弾丸からなんとか逃げ切って、僕のところへと駆けてきた。

「助けてくれよ。見てたんなら」

「ごめん。タイミングを見失ってた」

 廿日市は高さのある肩をすくめ、住宅街の出口へと顎をしゃくった。そろそろ引き上げ時か。僕は律さんをちらりと覗く。視線が珍しく迷いを示していた。

「宮島ちゃん?」

 僕の疑問符に、律さんは立ち止まった。坂の上で、ここを降りれば大通りに着く。

「……高梁先輩の気持ちをずっと考えているの。妹さんのために、人を殺してまで、復讐しようとするなんて」

「律。それは――」

「大丈夫、勇生。うん、分かってるよ。家族の大切さってのも。それでも、家族だとしても、結局は他人じゃない。どうしてかって。私には分かりえないのかな……」

 律さんは目を落とした。持つ者、持たざる者。それぞれの抱えた苦悩を知ろうとしている。

 僕は静かに驚いていた。

 そこまでして、他者を分かろうとしているなんて。一年間、僕の新聞を手伝ってきた人の行動とは思えない。『真実・客観・エゴ排除』に犯人の動機を扱うことはない。主観でしかないものだ。考えるだけ無駄だ。削除するべき――。

 彼女の心の強さと優しさが、はっきりと感じ取れた。

「みんなそうじゃないのかな」

 僕は笑みを向けた。「僕の見えない世界を、廿日市も律さんも持っているんだ。羨ましいかぎりだよ。それは二人も同じ。だから、僕たちは一つに集まるんじゃない」

 三人寄れば文殊の知恵。昔の人は、よくもまあ的を射た言葉を作ったものだ。長所を生かして、欠点を埋める。そうやって、社会の歯車は回っているんだ。いくらの愚か者だって、正義をつくれるんだ。

「なあ、江田……」

 廿日市はニヤニヤとしていた。律さんは、眉を潜めている。

「何が、『律さん』だよ」

――ん?

「あああっ!」

 やば。

 口が滑った。滑ってしまった。

「いや、ちが……これは」

「いいよ、いいよ。弁明しなくて。呼び方から近寄ってくるタイプなんだな、お前は」

 馬鹿野郎。くしゃっと頭を搔きむしられる。

「江田君。その――」

「宮島ちゃん! 僕に下劣な感情はありゃせんよ――廿日市! 変に誤解させるような発言は慎んどけ!」

「はは。お前の愚鈍さにメスを入れただけだよ」

 いらんことをしやがって。

 迷路から抜け出すように、ぐんぐんと坂下へ僕らは歩いていった。輝かしいほどの太陽が、僕らを光の中に溶け込ませていた。

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