ヒトガタ

考作慎吾

第1話

 田舎ということだけはあって、都会の蒸し暑さを感じない涼しい秋の夜だった。鈴虫の鳴き声がそよ風と共に運ばれて少し肌寒いはずなのに、僕の体は小刻みに震えていた。

 唯一の光源である懐中電灯が目の前にある廃村を照らしているからだ。

 大学のオカルトサークルに所属している僕は、罰ゲームとして一人で有名な心霊スポットを撮影することになった。

 怖がりだけど、オカルトが好きな僕はサークルの皆でわいわい盛り上がりながら探索するのは大好きだ。その反面、今の状況は僕にとって苦行というしかない。

 きちんと廃村全体を撮影しないと迎えは寄越さないと部長に言われている僕は、ため息交じりにスマホの録画ボタンを押して歩き出した。

 入り口と思われる場所には大きな丸太に『上野村』と書かれていた。この村は昔、神隠しが頻繁に起こることで有名だった。その代わり、他の村に比べて作物の実りが良く、神隠しにあった家は栄えたそうで神が住む村として別名『神の村』と呼ばれていた。しかし、時が経つに連れて不便な村より便利な町へと村人は移住していき、今は誰も住まない廃村となったと言う。

 そして今は肝試しに来た人を神隠しすると噂されている。


「ううっ、早く終わらせよう」


 そう言って僕が一歩村へ足を踏み出すと、ガサリと何か踏んだ音がする。驚いて足元を照らすと、ボロボロな紙を踏みつけていた。前に肝試しに来た人のゴミだろうか? 僕はそのゴミを拾って確かめると、それは古いお札だった。風化と虫食いでボロボロになっているお札は何が書かれているか読むことが出来ない。こんなところで古めかしいお札を拾ったことでますます怖くなった僕は、その場にお札を投げ捨てて早く撮影を終わらせる為に、村の中へ駆け出した。


***


「ヒッ! あ、ま、また出た……」


 僕が小さく悲鳴を上げて照らした場所には人が立っていた。いや、正確には人の形をしている物だった。穴の開いた麦わら帽子と薄汚れた手拭いが鍬に被せてあった。その姿が視界の隅に捉えるとそこに人がいるように見えて、僕は死ぬ程驚いている。


「もう、やだ。何でこんなに多いんだよ……」


 そう、僕はすでにこのやり取りを何度もしている。畑に立ててあったカカシはまだ分かる。しかし、家と家の間の路地に腰を掛けているように置いてある籠に被せてある雨合羽。村の家に入るとすぐ横に飾ってある能面、窓越しから手招きしているように見えるゴム手袋など。

 不意をつくような場所に人のように見える置物に、僕の神経はすり減っていった。


「幽霊の正体見たり枯れ尾花。……なのは分かるけど、こうも続くと心臓が持たないよ」


 驚きすぎて今は自分の荒い息と全力疾走したかのように動く心臓の音しか聞こえない。


「でも、これで村を全部見回った。早くこんな村から出て罰ゲームを終わりにしてもらおう」


 僕は痛む胸を押さえながら、ふらふらと元来た道を帰って行く。そんなに広い村ではないから、すぐに入口に着くはずだ。

 しかし、僕の予想とは裏腹に入口となる丸太の看板が見当たらない。それどころか同じ所をぐるぐると歩いている気がする。


「う、嘘。もしかして迷った?」


 僕は顔から血の気が引いて、今度は走って村中の出口を探す。それでもあの丸太は見つからない。


「何で? あんな大きな丸太が見つからないなんておかしい! ……どうしよう、このまま彷徨っても出口が見つからないなら、どこかの家で夜が明けるのを待った方がいいかも」


 これ以上動き回るより明るくなって出口を探すか最悪、サークルの皆に探してもらおう。近くのキャンプ場で待機しているから、いつまで経っても戻って来ない僕を探してくれるだろう。

 僕はそう決めると、すぐ側にある家の扉に手を掛けた。立て付けの悪いそれは鈍い音をたてて開き、僕はゆっくりと中へ入った。


「……お邪魔しまーす」


 誰もいないと分かっているが、一応声をかけて室内へと入って行く。埃や土で汚れている畳を土足で上がり、どこか休める場所がないか探し始めた。懐中電灯を右へ左へ動かしていると、また人の形をした何かを照らした。危うく落としそうになったスマホをしっかり掴み直して、僕はそれを素通りした。しかしそれを横切った瞬間、今まで嗅いだことのない異臭がして、思わず腕で鼻を押さえた。何かが腐ったような異臭の元に僕は恐る恐る光を当てた。

 きっと今までと同じ見間違いだ。この異臭も動物の死骸が近くにあるんだ。

 そう信じて僕がそれを照らすと……。


「あ、ああ。うわぁ━━‼︎」


 僕はそれを見た瞬間、自分の見た物が信じられなくて叫びながら家を出て行った。どこへ逃げていいのか分からず、ひたすら走る。その度に視界の隅に見える人の形にますます怯える。

 あれらは本当に物なのか? 本当に人に見えていた物だったのか? だって今ではあれらが人に見えてしょうがない。

 走ることしか出来ないと思っていた僕の視界に一本の棒が見える。もしかして入口にあった丸太かもしれない。やっとこんな恐ろしい村から出られる。早くサークルの皆と合流して、警察に通報しないと……。

 目印となった棒へ近づいて行くと、何か違和感を感じた。入口の丸太は傾いてはいたものの、丈夫でがっしりとしていた。しかし、近付く棒は左右にゆらゆらと動いている。

 あれは僕の探していた丸太じゃない! そう思った時には遅かった。僕は懐中電灯でしっかりと照らしてしまったのだ。

 農具を地面に固定して首を吊っている男の姿を。男の手にはビデオカメラが握られていた。

 どろりと白濁した目と視線があったところで、僕は再び絶叫した。


***


「プッ、アハハハ! いやー、いい反応してくれるねぇ」


 俺はスマホで後輩の怯える様を見て腹を抱えていた。クーラーボックスで冷やした缶ビールを口にしてこの茶番を楽しんでいた。今回の罰ゲームは全て俺が仕込んだことだった。ビビりの後輩の反応が見たくて、1人で廃村へ行かせたのだ。そして他の仲間には脅かし役として村へ入ってもらい、あいつを驚かせてもらっている。

 どうやら作戦は大成功で、今は怯えて逃げ惑う後輩の姿が映っている。時折、こちらを振り向いて涙を溜めた絶望の顔は最高に笑える。そんな恐い思いをしているのに、撮るのをやめない後輩に関心する。いや、恐くてスマホの配信がついたままなのを忘れているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、胸ポケットから雑音が聞こえた。そう言えば、脅し役と連絡が取れるようにトランシーバーを持たされたんだった。


「おう。どうだ? 作戦は大成功だろ?」

『大成功って何だよ? それよりそっちに後輩は戻ってないか?』


 上機嫌で尋ねる俺に脅し役が意味が分からないと言うように聞き返す。


「はぁ? 帰ってるわけないじゃん! 今そっちでビビリ散らしてるんだから」

『お前こそ何言ってんだよ。後輩、こっちに来てないんだよ』

「いやいや、あいつはそっちに居るって。今泣き叫んで村中走り回ってるんだぞ? いないわけないだろ?』


 脅し役が俺を騙そうとしているのか、バレバレな矛盾を口にする。


『お前、何を根拠に後輩が村に居るって言ってんだよ?』

「そんなの、現在進行形であいつの姿をスマホで見ているからだよ」

『スマホで見てる?』

「ああ、あいつが村に着いたと同時に俺とビデオ通話で状況を知らせてくれるんだ。お前達が死体に成り切っているお陰であいつ相当怯えているぞ」


 俺がゲラゲラと笑っていると、向こうで大きなため息が聞こえた。


『お前、相当酔っ払っているな。何でトランシーバーで連絡取り合っていると思っているんだ? ここは圏外だからスマホでやり取りは出来無いぞ』


 脅し役の言葉に俺は笑うのを止めた。


「は? 圏外?」


 俺はスマホの電波を見ると、確かに圏外と表示されている。


『それに俺達はバレないように後輩を驚かすことを目的としているから、誰も死体役なんてしてねぇよ』

「死体役をしてないって、じゃあさっきの首吊りは誰何だよ⁉︎」

『だから、そんなの知らねぇよ! それより行方不明なら、早く探さないと……』

「あいつは廃村に居るって言ってんだろ⁉︎ ちゃんと下見した上野村が映ってんだから‼︎」


 そう叫んでスマホの映像に視線を移すと、俺はあることに気付いて一気に酔いが覚めた。

 この映像は後輩のスマホで撮影されているはずだ。それなのに、何で後輩の後ろ姿が映っているんだ?

 耳元で何かを言っている声も手から落ちた缶ビールも意識の外で、俺は目の前で怯える後輩の姿を呆然と見ていた。


『誰か、誰か助けて‼︎』


 枯れそうな程叫ぶ声と画面とは逆の方へ必死に手を伸ばす後輩の姿を最後にブツリ、とビデオ通話が途切れた。


終わり

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