第4話 舞台裏
オークション会場に到着後、サヴァイと八宝菜の二人は檻の中にぶち込まれていた。
監視などがない辺り、そこまで脅威とは思われていないのだろうか、それとも拘束が十分にできている故の慢心か。
(輸送中わたしが大人しくしてたからってのもありそう)
八宝菜は未だ周囲の状況が掴めない中、唯一の情報源であるサヴァイの話を静かに聞くこととした。
「良かった……。まだ一緒にいられるんだね」
(ほんと良かった。オークション開始までずっと暇とか耐えられんからな)
暇潰ししか考えていない。
「そうだ、あの話にはまだ続きがあるんだけど……話してもいいかな? 楽しくはないと思うから、無理にとは言わないよ」
「あア、い、え」
(個人的にはめちゃめちゃ楽しいから問題なし)
他人の不幸から蜜を摂取するタイプのクズである。
「“話して”で、合ってる?」
コクコクと頷き、サヴァイに話を促した。
「……両親を殺したところまで話したよね。うん。それで、僕は両親を埋めたんだ。庭は広いから、兄弟と姉妹が皆で遊べるくらい広いから、手で掘り起こして、そう、思い出した、剣を、剣を初めて持ったんだ、それで、まず腕を、斬って、埋めて、次は、脚、次は、腸、最後は、頭。順番に、丁寧に。幸い、兄さんも姉さんも学園に行ってて、弟は友達の家に遊びに行ってて、妹は恋人と出かけてたから。落ち着いて、ゆっくりできた」
徐々に、徐々に、サヴァイの瞳は虚ろになる。感情を押し殺しているのだろうか。やはり、どんな扱いでも親は“親”なのだろうか。
(良いね~。やはり曇らせこそ至高)
曇らせ隊は絶好調だった。空気を読め。猿轡さんがお仕事をしていなければ即死だった。
「それでね、それで。これ以上迷惑をかける前に、家を出たんだ。兄弟と姉妹に知られる前に。四人とも、僕と違って“いいこ”だったから」
訥々と思い出を語るうち、余裕が産まれたのか話し方が流暢になる。
「兄さんはね、僕に勉強を教えてくれたんだよ。“お前は学園に通ってないから”って。学園であったことも話してくれたんだ。楽しかったなぁ。……最後まで、両親から使用人扱いされてることは言えなかったや」
(あ、なんだ。偽善まがいなことをする兄を随分慕ってると思ったら、そもそも知らなかったのか)
「姉さんはね、色々な物を買い与えてくれたんだ。物を持たない僕に、何もかも没収されてた僕に、服とかおもちゃとか。あと、レストランにも連れて行ってもらえた。あのお店のステーキがほんとに美味しくて——あっ、“また一緒に行こう”って約束、破っちゃったな……」
(兄は知識、姉は物)
「弟はね、僕と一緒に遊んでくれたんだ。昔から世話をしてたこともあって、よく懐いてくれた。両親から隠れて、いっぱい遊んだ。弟が産まれるまで、やったことないことをたくさんした。多分、兄弟の中で唯一、僕が虐待されてるのに気づいてくれた。両親は僕以外の家族には優しかったから、兄さんでも気づかなかったのに……。“助けられなくてごめんね、ごめんね”って何度も謝ってさ、弟は何にも悪くないのにね」
(弟は娯楽)
「妹はね、辛い僕を慰めてくれた。優しい子だったんだ。まだ幼くて、弟と一緒に“遊ぼう”って話しかけてくれた。……バレて、叱られちゃったけどね。あぁ、あのとき庇ってくれたの、嬉しかったなぁ。泣いてるといつも“何か悲しいことあったの”って、頭を撫でてくれたんだ」
(妹は充足……か。なるほど、余り擦れた感じがしないのは、兄弟姉妹のお陰か)
絶望するわけでもなく、自棄になるわけでもなく、少なくとも八宝菜からすれば真っ当なサヴァイの人格は、恐らくその兄弟姉妹の影響が強いだろう。
「——オイ、三十一番! 出番だ! 来い!」
「あ、僕だ」
(ん? もう始まってたのか?)
八宝菜には見えていないが、舞台上へ繋がる廊下に数多くの奴隷たちが閉じ込められている。そしてそれらは話の途中にも檻から出され、連れられていた。しかし、鍵を開ける音も、錘を引きずる音も、鎖の音も、奴隷が抵抗する声も、何も聞こえなかった。オークションにありがちな喧しく司会が会場を盛り上げる声が聞こえないことも加味し、<音魔法>の使い手も協力者にいると結論付けた。
(まーた報告することが増えちまった)
さらに、サヴァイの声は聞こえていたことから、一定以上離れると音が聞こえない類のものだろうと推測する。事実、運営者と思わしき男の声や足音は急に現れた。
「……ねぇ!」
「オイ! 何をしている!」
「すみません! すぐ、すぐ行くので!」
ガチャリと檻が開かれる。そのまま大人しく男についていくと思われたが……タッと踵を返す音が響いた。
「売られる、前に。あのね、実は一個、嘘を吐いたんだ」
(嘘?)
「嘘っていうか、言ってないことっていうか……」
少し、間を置く。言おうかどうか迷い、結局、零れた。
「……“もう要らない”って言われたとき、殺されそうになってたんだ」
(ア?)
「じゃあね。……せめて、良い人に売られると良いね」
ふわりと微笑んで、心底八宝菜の幸福を願って、サヴァイは舞台に上がった。
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