第3話 獅子の子落とし

「僕はね、両親を殺したんだ」




 獅子の獣人は、子を甘やかさない。それは習性であり、本能であり、生態である。


 例えば、過酷な環境で生活させたり。


 例えば、幼い頃から自分で身の回りのことができるよう躾けたり。


 例えば、親に必要以上寄りかからないよう、わざと突き放したり。


 だが、“甘やかさない”ことと、“虐げる”ことは別物だ。




「多分ね、僕は“虐待”されていたんだと思う」




 “わるいこと”をすると、家から閉め出された。真夏のだるような暑い日も、真冬の凍えるような寒い日も、外に放置されて、倒れて、そしたら「自己管理ができてない」って殴られた。


 食事は与えられなかった。自分で獲物を捕ってきて、調理して、作った分すら奪われて、残飯を食べていた。


 親、兄弟、姉妹。その全ての世話は、僕の仕事だった。ご飯を作って、服を洗濯して、家中を掃除して、整理整頓をして、弟妹が散らかしたおもちゃやパーティーの片づけをして、お風呂の用意をして。遊ぶ暇なんてなかった。遊んだことなんてなかった。




(典型的な毒親だな)


 だが、特に何とも思わない。八宝菜は根本的にクズなのだ。自分に関係ないところで起こった悲劇に心を痛めるほど、優しくはない。同情と罪悪は別物だ。


「一回ね、世話を放って遊んだことがあるんだ。……すごく怒られたよ。“お前は悪い子だ”って殴られて、それで、それで……!」


(ライオンって群れで子育てするんじゃなかったっけ……。獣と獣人の違いとか考察班が好きそうだな)


 サヴァイの悲痛な叫びにも、我関せずで暢気なことを考えている。


「……ごめんね、熱くなっちゃった。……それでね、僕は“わるいこ”だから、“もう要らない”って言われたんだ。かっこいい兄さん、綺麗な姉さん、強い弟、可愛い妹。皆と違って、僕は出来損ないだから、だから、しょうがないんだ——」


(殺せばいいのに……あぁ、いや殺したのか)


 そう、最初にサヴァイは言った。「両親を殺した」と。


「——しょうがないって思おうとして、でも、駄目だった。……こういうところが、“わるいこ”なんだろうね。つい、かっとなって、あはは、殺しちゃった」


 力ない乾いた笑い声だ。まだ声変わりもしていない少年の声。恐らく、幼い。そんな少年が親を殺したとなれば——心が疲弊するのも、無理のない話だった。


(やったじゃん)


 最も、家族の情というものを——少なくとも母親には——持ち合わせていない八宝菜にとって、その感情は理解できないが。


(殺せてよかったな)


「おぉえ、あー!」

「慰めて……くれてるのかな……? あは、ありがとう」


 どちらかと言えば真逆である。


「……長々と付き合わせてごめんね」


(暇潰しになったし、ええで)


 ガタンと、大きめの揺れの後、振動が止まる。


(目的地に着いたのか?)


「ここで降ろされるみたい。……怖いなぁ。君は怖くないの?」

「あ」


(まぁ何とかなるやろ)


 何ともふてぶてしい奴隷だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る