第13話 2001/6



-----------------[短文のコーナー]------------------------------------


「市場の論理」 は我々に

「資本主義的価値観」を押し付ける

ひとの趣味などおかまいなしに


惑わされる ひとびとは

無関心なるがゆえに従順に

おしつけのイメージを受け入れる


ある種 宗教的に 何のためらいもなく



ほんとうに大切なもおは

ひとりにひとつしかないというのに



かくて  Personal-Image は

管理媒体( mass-media) に征服される

凡庸に生きている人々には

その実感をも感じさせずに


全体主義は破壊を続ける


ひとびとの「心」を





-----------------[長文のコーナー]------------------------------------



[city]



「....特高...?なんだい、それ.....。」

「....さあ、なんだか、そういってたぜ、なんだかしらねえけどな....。

さあ、もう一仕事するぜ、ほんじゃま。」



「....ああ、悪かったね。」


僕は、電話を切る。


耳なりのような感覚で、ディジタル・ノイズが通信の感覚を残す。




.....横田が、知ってるかもしれないな....




RZV500Rに火を入れる。

さっきまで走っていたから、ロー・ギアに入れたままクラッチを切り、イグニッションを

入れて腰でマシンを押しだす、半クラッチ。

YPVSが反転する微かな音のあと、爆発の感覚。

すぐさまクラッチを握る。

2ストロークオイルの香りがあたりに漂う。


深夜の空気を響かせて、180度クランク二気筒×二のV4ユニットが

ティンパニィのような軽快なアイドリング音。


重いアクセルを開き気味にし、クラッチをつなぐ。

低速トルクの乏しい2スト・ユニットがもの憂げにマシンを押しだす。


深夜の国道を、2球のテール・ランプが赤く照らし、残像のように。

ゆっくりと、郊外の横田の家に向かった。



その、テール・ランプを、R31の汚れたフロントグラス越しに、男は眺めていた。

距離をかなり開けて、慎重に追尾。


環状線を流れにのる2ストマシンは、薄暗いヘッド・ライトに

排気煙を白く映し出す。


......さっきは、見失ったが。


交差点から、排気煙の漂う方向、オイルの匂いを追って、たどりついたのだった。

最近は2ストロークマシンも減ったので、それが足がかりになったのだ。





どちらかというと古い街並みの外れに、昼なお暗い鬱蒼とした林。

その一角に横田の家はある。

何故か、ひとが寄りつかないこのあたり。

住宅開発で切り開かれた山の一部が、開発されずの残っている、という

奇妙な場所だ。

もっとも、車好きの僕らとしては駐車場に困らないから好都合。


僕は、RZVのエンジンを低く押さえ、細い砂利道を登っていった。




R31は、追尾対象が入って行く先を確認し、その場所を通過。

通りをやりすごして右折し、住宅地の公園の脇に停車した。

携帯電話を取り出し、短縮でダイアル........。


「....俺だ.....。」

「久しぶりだな、おい...。」

「急で申し訳ないが、少し頼まれてくれないか...?」


「.....そうか。いや、済まない。それならいいんだ。自分でやる。」

無表情のまま、電話を切り、携帯端末をポケットに放り込んだ。



重厚な重みのある木製のオーディオ・ラック。

20畳程の空間の奥には、JBLパラゴン。

横手に置かれた真空管アンプ。

WE300Bが、橙の光を放っている。

ターンテーブルの上では、SAEC WE−308SX。

その先端で、SATINの白いカートリッジが滑らかに上下している。


炸裂するようなサウンドが、軽やかに、しかしパワフルに。

フロント・ロード・ホーンから流れている。



横田は、リスニング・ポイントの椅子で、バーボンを片手に、

少し、まどろんでいた。


部屋の電話が鳴る。

一回、二回......



心地良い時空から投げだされた彼は、不機嫌に

管球プリ・アンプの精密アッテネータを絞り、トーンアームを上げた。

砲金ターンテーブルが、たよりなさげな細い糸にドライヴされ、静かに回ったまま...



ワイアレスでない受話器を壁から取る。


聞こえてきたのは、あまり、聞きたくない声だった。


「おお.......。」

「懐かしいとも思わんがな。」


横田は、無造作に吐き捨てる。



「お断りだ。俺はもう、あんたとは縁を切ったはずだ。」


そう言うと、数秒の後、受話器をホルダーに止めた。


白熱電球に照らされて、ターンテーブルが反射する黄金の輝きに

彼は、じっと見つめている.....と。


壁掛け電話機の脇の、埋めこみヴィデオ・モニタが反応し、[busy]と

LEDが点灯した。


別人のようなすばやさでヴィデオ・モニタを擬視。

オーガニックLCDのモニタに、見慣れた2ストローク4気筒。


「......。」

彼の全身から緊張が和ぐ。


微笑みすら浮かべ、部屋のエアタイト・ドアを開き、玄関へ....





RZVを玄関の脇、ひさしのある場所を選んでパーク

慎重にサイド・スタンドを下ろす。

傾斜が少しあるので、1速に入れ、マシンを揺さぶって

ロックされたことを確認する。

ヘルメットを取り、玄関へ向かう。

古い、モルタル塗り、鉄骨造りの玄関ホールの屋根は

滑らかなカーヴを描き、先端には鋳物の飾り。

西洋的な装飾が、周囲の日本的な森林と、不思議な

アンヴィヴァレンス.....


その雰囲気を楽しみながら、木々の香気を感じていると....


「おぅ......。」背中から太い声。

横田だ。



「あ、電話くれたんだね、なに?」

と、僕はいつものように。


「うむ....WE300を正規物に差しかえた。それで、

ちょっと聞いてみないか、と。

酒でも飲みながら。」

それもまた、いつものような夜の。


「そう!凄いねそれ、再生産ものじゃないでしょ?」

僕は、何故かちょっと気がはやってる。



「もちろんだ。」

いつものように冷静な声で、横田は答えた。

いつもの帽子がないと、なんか変だ。


「ねえ、ハーレーの帽子ないとさ、普通の人みたいだね。」


「なんだ、俺は普通の人だぞ。」

横田は、目で微笑みながら。



「どこが?.....。」

僕は、半分笑いながら。


「.............。」

横田は、声を出さずに笑い、僕を促し玄関ホールへ向かった。



大音響で鳴っている筈なのにうるさくない不思議なサウンド。

フロント・ロード・ホーンの低音は、ロード領域では低歪み。

WE300Bが、電圧制御ディヴァイスらしく、事も無げに音を出す。

リング・ドライヴァ・ホーンから、テナー・サックスのむせび泣きが聞こえている...



「いいね、これ、とっても、本当のSAXみたいだ。」



「そうか?いやぁ、300Bの正規物、流石だよ。」

と、いつになく横田は言葉が多い。

好みの音が出た事に満足げだ。



「それでさ、話ってなに?。」

僕は、とうとつに話を投げてみた。



横田は、上機嫌だった顔をすこし曇らせ....



「うむ。この間の事件のことなんだが....。」



「あ、そうだ!聞いてみたいことあったんだ。」

僕は、さっきのS12の彼の言葉を思い出し...


「 『特高』ってなに?」



横田は、視線を反らし....


「確か、戦時中にあった統制組織の事だったか...。」


と、言葉を濁す。



僕は、彼の言葉に異を感じて、

「?...それでさ、こないだ話したうちのひとりが、事件の後、

変な連中に拉致されて、犯人のやつらが

『俺達は、特高だ』..って。」

一気に。



横田は、少し表情をこわばらせ....

「なあ、シュウ、この件にには関わらない方がいいって言ったな。」



僕は、彼の思いやる心を感じ、でも、それゆえに

若さというエネルギーが反発を覚え...

「でもさ、そういったって、僕もさっき変な男に襲われてさ、

警察いったら、そこの警察にその妙な男がいて....

なんなんだ、と、思ったら、どうやらそいつは警官の仲間らしくて。

で、監禁された彼も....

偶然にしちゃ、ちょっと妙だな、って思ったワケ。」

と、少し尖った声で早口に。


横田は、少し考え、

「お、そうだ。ちょっとつまみを持って来る。」

突然。


「ちょいと、音楽でも聴いてろな。」


真空管プリアンプのボリュームを上げ、防音ドアの向こうに消えた。



横田は、台所の電話を取り、短縮でダイアル。


「....横田だ。」

「....いや、気が変わったんじゃない。

あんたは、何やってんだ?

治安維持が仕事じゃなかったのか?.....。」


強い語調で、横田は。


「...とぼけるなよ。俺の知りあいが『特高』に襲われたってよ。

あんたの手下だろう。なにやってんだ、一体?」


「ま、言えねえんだろうけどな、組織盲遂も程々にな。」


といい、横田は受話器をフックに落とした。


「............。」

怒り、冷めやらぬ、という表情。

無理に気分転換をするように、両手で頬を叩くと、

冷蔵庫の中から何かを取り出し、リスニング・ルームへ戻っていった。





郊外の環状道路を、R31で走りながら。

携帯電話のスイッチを切り、革コートの男は少し、ため息をつく。

その度に革が発する擦過音を聞きながら。


.....まだ....今のところは。


と、独り言をつぶやきながら、シフトを2速へ落とす。

いかれかけているシンクロメッシュが、ギアノイズを発したが。

かまわずにシフト・ノブを叩き込み、回転のあがらないエンジンを

急きたてるようにフル・スロットルにした.....


-------以下、次号に続く------------------------------------

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