第2話 2000/2 20


-----------------[短文のコーナー]------------------------------------


[one]


ひとはひとりで生まれ来て

ひとはひとりで帰り往く

はじめとおわりを みすえぬままに

過ぎ行く 記憶 carnaval


曙光のひざし 暖かく

かんじるこころ 僕の中

はるかかなたの 記憶の隅の

わすれかけてた ははの温もり


夕陽のいろに さびしさを

かんじるきもち いつのひか

別離のときの 地平の彼方

まるく、おおきな、むらさきいろの。



僕の想いも、僕の記憶も。

風に、流れて 消えてゆく

時間量子の 流れる先は

闇の彼方か 光の末か


ひとはひとりで生まれ来て

ひとはひとりで帰り往く

はじめとおわりの あいだのすこし

輝く 記憶 carnaval....。




-----------------[長文のコーナー]------------------------------------


[city]



<前回までのあらすじ>


僕は“7”を愛する裏町ミュージシャン。仲間うちでは「シュウ」とよばれてる。

サックスを吹いて、それで何がしかの糧を得ている。

昨日、ちょっとした事故に巻き込まれて、

ひょんなことから、妙な連中にかぎまわられるようになった.....。

こいつは、ちょっと、面倒だ。








なんとは無く、嫌な予感がする。

父が帰ってこなくなった夜も、こんな感じだった。

別に、普段と変わらない感じで、仕事に出かけていった。

それきりだ。

あのときも、月が綺麗な晩だった。


すべてが消え去ったとしても、記憶だけは消えてなくなることはない。

忘れたい思い出ほど、そういうものなのだ。




その夜、ベッドに入ったあとも、寝つけなかった。

体は疲れているのに、神経が昂ぶり、どうにも眠れない。


「.......。」


バスルームに行き、熱い湯と冷たい水とを交互に浴びる。

こうすると、楽になれる、と、昔読んだハードボイルドの主人公が

やっていたのを真似たのだが。


シャワーの飛沫を感じながら、今日の出来事が頭で反芻する。

まあ、考えても仕方が無い。

僕には関係ないことだから。

変な男が、事故を起して死んだ。

たまたま現場に居合わせただけだ。

そして、ある男が行方不明になった。

それも、僕は現場にいただけのことだ。


まあ、関係ないかな。


シャワーを止め、バスタオルで体を拭く。

鏡に映る自分の顔。


ちょっと見に、死んだ兄貴に似てきたように思えてならない。

そう言えば、もう、兄の年齢を越えている。


兄貴は、優しい男だった。

誰よりも家族、子供を愛していた。

しかし、時の流れは、「家族」というものの価値を矮小化し、

時流に逆らうことなく、家族は軽々しいものに変貌しようとしていた。

考えてもみるがいい。

ひたすら尽くした対象が、わが身を嘲りはじめることを。

その後、兄貴は誇りも輝きも無くし、いつしかつまらない男になってゆく...

新興宗教に傾倒し、いつしか、黄泉の世界を語りだし....。



訃報を聞いたのは、その年の暮れ近い、ある土曜日のことだった....。



男がそれらしく生きるすべを失い、どうして現世に未練があろうか。



僕は、そんなことを取りとめも無く想いながら、鏡に映った自分に、

兄の幻影をオーヴァー・ラップさせていた。


右掌で、鏡に触れてみる。


左利きだった兄の、手の温もりを感じたような錯覚に陥り、ふと鏡を見た。


兄貴が微笑んでいるような、そんな気がした。




兄も、あの512の男のように高速道路で最期を遂げた。



死の数週間前、彼はふと、こんなことをいっていた。



「なあ、シュウ。出家したいな。」


「...?」


「どうしようもなくなったら、お前、どうする?」


「そうさな、僕なら高速で、ハンドルを切り損ねた振りして事故る、かな。

   自殺かどうかは、わからないんだし。」


「.......。」




そして、その後、似たような状況下で、兄は逝った。



死に至る病はこころにも存在する。

ヒトが考える生き物である以上、文化は支配的である。


そして、今、文化は男たちにとって壊滅的な状況だ。



雌と餓鬼どもに媚びる下らんTV!

爺ィどもがしたり顔して、偉そうに講釈たれる新聞!

ノータリンの阿呆相手の“J−POP”とやら!




全部、全部、ぶち壊せ!


できる限り、破壊しつづけろ!


逃げつづけるんだ! 力の限り!




死んでからじゃ、遅いんだ。


いつか、僕は涙に暮れていた。何故かは判らない。


兄の無念さに、共鳴していたの、かも知れなかった.....


さて、どうしたものか。

眠ろうとすればするほど、目が冴えてくる。



いろいろなことがありすぎたからか、

記憶がflushする感じで、眠りにつくことが出来ない。

今までの自分には全く無関係な感じだった、社会のこと、世の中のこと。

それらが、一気に実感を持ってめぐり来るように押し寄せてくるような感覚だ。

まるで、ドラッグのように。




仕方なく、僕はいつものように、冷蔵庫を開けた。

昨日と同じように。フリーザーの中で同じようにグラスが冷えている。

手で取り出そうとすると、掌が凍り付き、硝子の表面に張りつく。

はずそうとしても、なかなか取れず、皮膚の表面の一部を奪い去ろうとする。

まるでなにかの陰謀のように、しつこく思えた。そのままベッドサイドにもって行き、

冷えているビールを注ぐ、と、滑らかな泡クリーム状に表面を覆う。


これを、丁寧に保つことがビールそのもののを空気から守り、旨さを保つ秘訣なのだ

と何かで読んだことがある。やはり、どのような状況にも防御は必要なのだ、

という暗喩のようにこのときの僕は思えてならなかった。



すこし、感覚がダウンしていたのかもしれない。



グラスの金色の縁が、月明かりに反射して美しい光芒を。

クロス・ハッチ・フィルターの写真のようだった。

その情景を見るに、全く昨日と同じで時の経過が信じられなかった。



ぐい、と飲み干す。



喉越しを泡と共にほろ苦い感覚が透過してゆく。忘れ去りたい記憶なんかも、

こんな感じで流しされればいいのだけれど。

アルコホルの力を借りて、眠りを誘おうとする。が、今日はどうにも眠れない。

蒼白月が、いつのまにやら傾きを進めて、明日の訪れを予感させようとしている。


僕は、取り止めも無く、あれこれと回想を続けていた。


数年前の出来事、別れ、心、愛、そして死。其れやこれやがぐるぐると、めぐり始めると、



もう眠りに就くことはできない。さらに続く、もうとまらない。

高速道路、バトル、事故、逃走、行方不明、警察.....。



警察?



さっきの警官は、警視庁の刑事だった。何故、警視庁の刑事が?交通事故ならば、

神奈川県警察のはずだ。


なぜなのだろうという疑問を感しる。これはやはり、横田の言ったように関わらないほうが

良いものなのだろうか。新聞記者、S12とふたりの人間が行方知れずになり、

さらに胡散臭い男がひとり死んでいる。それに、報道管制が敷かれている。なにかある。

そんな感じがする。などととりとめもなく考えていた。ひとつのアイディアが、

神奈川県警察はどうしているのだろう。


そうだ、県警に明日、聞いてみよう。








翌日、さっそく電話してみた。



「そのような報告はありません。」

「そうですか。そんなはずは........。」



冷酷に、電話は切れた。

いつものことだが、何故警察という組織はあれほどまでに尊大なのだ。





冷え切った感じの薄暗い空間に、ダイアル式黒電話600Aのベル音。

いまやレトリックな感じもするが、警察のような組織では、ごく当たり前に使われている。



「はい。神奈川県警です。....はい?行方不明事件?....高速で?はあ。

                 

         そのような報告はありません。」




事務的に電話を切る。オペレーターは、機械のように無表情。



男はすこし、ためいき気味に、仏蘭西煙草をくゆらしていた。

オペレーターの背中を、眺めながら。

薄暗い空間に、くゆらす紫煙。強い芳香。黒い革のジャケットがごわごわとし、

力強さの象徴のようにも見える


「おい、今の逆探知できたか?」

「はい。感知できました。」


短くなった煙草をアルミニウムの灰皿に押し付け、男は席を立ち、退室した。

冷え冷えとした廊下に、革靴の乾いた響きがこだまする。

まばゆく感じる外の光。ガレージに止めてあった、覆面PCに

乗り込むと、静かに発進した。

クラッチを切り、変速を行おうとすると、シンクロ・メッシュ機構が

弱っているのか、ごりごりと異音がし、シフト・レバーに嫌な感触が伝わってくる。

男は、舌打ちをする。

R31型と呼ばれるこのタイプを、既に町中で見掛けることは少ない。

経費節減とはいっても、これじゃホシ追えねぇ。

ぼやきながらも、せき込むRB20をだましだまし、柿木坂を過ぎ、

逆探知した標的の住所に。と...


警視庁のPCが、先着。刑事がふたり、標的の家に。


「.....!」


その場をやり過ごし、


緩いカーヴの街路を走り抜けて少し離れた場所に車を停め、様子を伺う事にした。




-----------------[音楽のコーナー]------------------------------------



<music> [今週の一曲]



[We Get Request / The Oscar Peterson Trio]  verve / POCJ-1801


収録曲


1 . Quiet night quiet stars (Corcovado)

2 . Days of wine and roses

3 . My one and only love

4 . People

5 . Havu you met Miss Jones?

6 . You look good to me

7 . The girl from Ipanema

8 . D&E

9 . Time and again

10. Goodbye J.D






もう、ご紹介の必要がないか、とも思われますが、jazz系統にあまり興味のない方にも

自信を持ってお勧めできる、という名盤です。

一言で言うと、 上品なクラブのBGM的とでも言おうかな。そんな感じの軽快でしかし

ジャズ心のある爽やかな、夏の避暑地の木陰のような佳曲揃いで。

まあ、オリジナルにこだわらず、スタンダードの曲を演奏するので良い曲揃いになるのは

必然ですが。

だから We Get Request という題名なのでしょう。


この当時、こうした感覚のアルバムはこのバンドの限らず、全般的な流行であったよう

ではあります。

それでも、このアルバムが今聞いても新鮮だということは、やはりどこかが違っていた、

ということなのでしょうね。


リード・ピアノはご存知オスカー・ピーターソンで、原曲のイメージを崩さずに4

ビートにのせる感覚と、そのメロディアスなアドリヴが、なんとも美しい。

ベースはレイ・ブラウンで、正確なビート感がこのバンドのひとつの特徴。

ドラムはエド・シグペン。この人の地味だが、きらりと光るプレイは、

本当に単なる音楽という枠を超えて男のあり方的なものすら感じさせる。

こうした個性揃いの素晴らしいバンド。

音楽っていいな。と単純に僕などは思ってしまいます。はい。(^^)。




<楽曲イメージ>




この国は、空気そのものから違っているように僕には感じられた。

太陽の輝き、海の色、風の音、土の色..全て。

僕が極東から来た異端者だということを意識させる。

しかし、それはどうやら僕の側の思い込みのようで、

ここの人たちは皆底抜けに明るく、屈託が無く、親切だ。

地上最後の楽園といった表現がもし許されるなら、それは、こういった場所にこそ

許される言葉だろう。


そんな取り止めもないことを考えながら、僕は椰子の木陰で冷たいドリンクを飲み、

海を眺めていた。


「Hai!」


唐突にそう呼ばれ、驚きながらも僕は声のした方角を見..た。


水着の女が、健康的に日焼したBodyで、微笑んでいる。

ビールのCMのようだ、と思った。



水着、というにはあまりに簡素な、布地の使用量の少ないその形態。

目のやり場に困る。

殆ど裸体に近いのだから。しかし、こうまであっけらかんとしていると、

eroticな情動を励起はしない。


“イパネマの娘”はどこまでも明るい南の太陽のような存在、なのだ....。




さっきから、軽快な4ビートがクラブの方から流れてきている。

完璧な、しかし、神経質な印象を与えない演奏は、確かな技術あってのことだろう、

それを聞き手に感じさせないところも、やはり技術なのだ。

まあ、いってしまえば自然に高度な事が出来るほどの能力がある、ということなの

だろうけど。


ピアニストの黒人は、堂々とした体躯であり、

そのことも親しみやすさを覚える理由でもあった...。



「nanika,request wa arimasuka?」


さっきの彼女。たどたどしく、話かけてきた。


「jaa, girl from ipanema wo...kimi mi tai da ne 」


僕も、おぼつかない外国語で。


彼女は、顔一杯の笑顔、で。


どうやら少女だったようだ。

日本人よりもずっと大人びて見えたので、女だとばかり思っていたが。


「hai.」


“イパネマの娘”は、柔らかく微笑むと、しなやかな長い黒髪を揺らしながら、クラブへ。


張り詰めた力強さを全身に湛え、それは、まるでこの海岸の持つ躍動感そのもののように

思えた。


やがて、聞きなれたイントロダクションが、リムショットと共に......。




この曲自体は、ご存知アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲で、

そちらの方はギターの伴奏でけだるい感じ。

なのですが、それを軽快にしてしまうあたりは流石ですね。


C4-G3-E3みたいなメロディーが、コード変化にしたがって半音階で動くというあたり、

どことなく夏の午後のもの憂げな感じであるようにも思えます。はい。これがAメロで、


Bメロはこれのドミナントに移調して、しかし、あまり目立った盛り上がりはなく、

さらりと夕暮れのように終止してしまいます。この辺のさっぱりした感じは

最近のしつこい曲に慣れていると、物足りないように思う方もいらっしゃるでしょうが、

僕などは、これをリゾートののんびりした感じのように受け止めて、懐かしく感じます。




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