淡彩画

深町珠

第1話 2000/1 #10


-----------------[短文のコーナー]------------------------------------


[I'm in you]


I don't care , where I go....


僕は、流離続けている。


何処に行こうか。

どうしていようか。


瞬き、輝く、クリスマスの樹。

静かに、滲んで、見えにくくなる。


ジングルベルも、聞こえない。


夜闇のなかに、溶けて行く。



I'm in you , you 're in me ....


僕のなかには、君がいるよ?


今も、ずうっと、あのときのまま。


君の中には、僕は..いる?


靴音だけが、寂しく響く。


ひとりぼっちのクリスマス。


君は、どうしているのだろう..。




---------------------------




[silent Night]


クリスマス・キャロル。

街角。

賑々しさと、装飾。

メタリックな、オブジェクト。

冬の澄み切った空気。

そんな感じで、いつものように。

街の時間は、過ぎ去って行く....。


関心なさげに、少女はひとり。

涼やかに、空ろに。

瞳に映る、電飾のいろ。

瞬くように。

華奢な総身を、コートに包み、

ストレートの髪、

肩の辺りで断ち切られている。



風が、不意に。

温もりを奪い去って行く。

すこし、背中を丸めるように。

寂寥感が、彼女のなかに。


「....どうして.....。」


モノ・ローグ。


言葉にならない、想いのかけら。


人波は、絶えず流れて、

途切れずに。


少女だけ、定点のまま。

長時露光の、写真のように。


「...帰って、これないの..?」


尽きぬ想いは、夜闇の果てに。

風に、流れて、飛んで行く..。


ためいき色の、空の上から、

想いのかけら、落ちてくる...。


「......?」


掌の、白いかけらは、

まるく、ちいさく、透明に。


雰囲を映し、彩とりどりに

煌き輝く みづの珠環


寂しく沈む 少女のこころ

ひととき和む 冬の幻


まっすぐ想う 気持ちの中の

まるい、ちいさな心の雫


空の果てから、かたちをかえて

こころにとどく 優しいエール








-----------------[長文のコーナー]------------------------------------


[city]



そっと、シートカヴァをめくって見る。

埃をかぶって、赤いNONDAは、永い眠りについている。

ボンネットの“H”オーナメントの金属が、月明かりで浮かび上がって見える。

指でふれると、ざらり、とした砂埃の堆積を感じる。

おまえも、走りたいだろう?。

だけど....。

あまりに、おまえの存在は、重すぎるんだよ。

あの、想い出が....。




街路を、改造マフラーのオートバイが通過する。

4into1の、共鳴音。

乾いたエキゾーストは甲高く、ショートストロークのマルチエンジンは

コンクリートのガレージにヒステリ女の断末魔の如きノイズを撒いて行く。



冷たい夜風に、ふと我に返る。




とりあえず、“7”をガレージに入れよう。


僕は、スロープを昇り、マシンに向かう。



低くうずくまった感じのマシンは、二つの丸いヘッドライトだけが街灯に反射して

猫が道端に丸まっているようにも見える。

エンジンが暖かいので、軽くスロットルを踏み、スタータをまわす。

数秒のクランキング。

エンジンがかかる。

夜なので、すぐにスロットルを戻す。

右側通行し、ガレージに横付けし、バックギアに入れる。

金属的な反応。シフトノヴに。

ゆっくりと、右にステアしながら、バックで舗道に乗り入れ、半地下のガレージに

滑り込む。

コンクリート造りのガレージに、低いアイドル音が響く。

スロットルをすぐに切る。

耳がなじまずに暫くの間、無音と耳鳴り。

シャッターを下ろし、部屋へ向かう階段を上る。

階段の途中の出窓に、月が冷え冷えと青白く光っていた。

廊下の端にある電話機の、コール・ランプが点滅していた。

メッセージがあるのか?

自照式の、オレンジのLEDの灯かりに触れる。

「...。メッセージ・は・イッケン・です。」

無機的な、サンプリング・レートの低いPCMの、女の声が響く。

「.............・。」

無言のまま、切れた。

「...ゴゼン・ナナジ・ジュウニフン・デス。」

悪戯電話だろうか。

もういちど、聞き直す。

「.............・。」

ノイズに、聞き覚えがある。

これは、ディジタル携帯電話のようだ。

時分割多重方式特有のうねり音。

誰だろう。

まさか....。

部屋に戻り、コンピュータの電源を入れた。

インターネット・ニュースを見る為だ。

Real Player を起動し、Daily Newsをチェック。

小さなウインドウの中に、ニュース・コンテンツが多数。

検索ツールで探す。

「行方不明/高速道路/今朝....。」

出てはこない。

別のサイトを検索。

民間放送テレビ局/ラジオ局/新聞社...。

しかし、情報は得られない。

言いようのない焦燥感。

何故だ。

どうして、奴が?

ベッドサイドのピルスナーが、出かけたときのままの状態だ。

金色の飾り縁が、月明かりに照らされている。

時が経っているのが、信じられない様で。

しかし、現実は。

空耳だろうか。

高い音が聞こえている。

断続的に。

いや、これはリアルサウンドだ。

階下のガレージからだ。

廊下を駆けぬけ、ガレージに飛び出す。

"7"の方向だ。


ガレージに降りた時、既に音は止んでいた。

何の音だったのだろう。

隅にある冷蔵庫のコンプレッサーが、

冷たいプランジャの音を立てて、作動し始めた。

低い、ハム・ノイズのような音が響く。

僕は辺りを確かめた。

セキュリティの音じゃない。それならば止むはずはない。

アラーム・イモビライザーでもない。

ふと、自分が帰ってきたばかりだということを思い出す。

"7"のナビ・シートを見る。

デニム・バッグの中の携帯電話。

取り出して、確認する。

グリーンのLEDが光り、暗闇にぼんやりと。

Function#24をコマンドする。

”チャクシン アリ ”

”バンゴウ ナシ ”


カタカナの表示が、事実だけを伝える。

時刻は、数分前だ。






-----------------[音楽のコーナー]------------------------------------



<music> [今週の一曲]



Tomorrow / 片桐彩子(川口雅代) Komami/King KICA-7869 / KIDA-7643





PD:福武茂

D:流石野孝

Arr:岩崎元是

Com:小西真理

Wor:秋山奈津



“あの”川口雅代が歌っている、というだけで、オールドファンは嬉しい。

コンピュータ・ゲームのサウンド・トラックだが、ジャケットを見なければ

それとは判らないような音楽性を持っている。

しかも、懐かしいサウンド作りで、とても有り難い正当pops。

こだわらないあなたはどんどん聞きましょう。はい。


<構成>


イントロはご多分にもれず、コンプレスエレキギターのカッティング・リフ。

ときどき、原曲に良く似たオブリガードが入る。


キャッチャーなイントロメロが、エレピで続く。

G3-G4-A4-G4-F4-E4-F4-G4-A4-G4-F4-E4-F4-G4-A4-G4-F4-E4-D4-Eb4-E4みたい

な。


リフレインし、Aメロ前に1オクターブ上に移調する。

このあたり、シーケンサーでは簡単だが、効果的な方法である。


そして、メインテーマは、というと、以下の原案を彷彿とさせるよいメロディ。





<原案>


おそらく、「You don't have to be a star (to be in my show)」、

「You are everything 」で、あろうと思われる。


邦題=「星空のふたり」(/マリリン・マックー&ビリー・デイヴィスJr)

  =「ユー・アー・エヴリシング」(/スタイリスティックス)

たしか、'75頃。/'71。


やっぱり、あの頃ですね。


スイート・ソウルなんて言う言葉も流行ったな。


あまーい、ラブソング。

愛という名の幻想が、未だ有効だった頃の流行歌。

いまや、こうした甘酸っぱさを「大人」が語ってはいけないのでしょうか?



<作品が構築する世界観>


都市生活者のある少女の観点からの、日常描写を元にした心情描写。

幼い感じの恋愛感が、愛らしく、しかし'80的に描かれる歌詞。

これに、'70ソウル的サウンドが絡み、一種独特の高揚感を演出。


これは、曲の構成、コード進行によるところが大きいか。

前途が明るいというイメージは、現代にとってはもはや貴重。


こうした楽曲が、癒し、救いになれば良いのですが。


多分、製作者はノスタルジックな人なのだろう。


<地域性>


おそらく、東京近郊。(神奈川あたりか?)

歌詞の内容からは、中核都市の休日の風景が舞台のようだ。


<時代>


多分 '75頃と思われる。登場人物の少女が、屈託なく明るく。伸びやか。

これは社会が安定しており、少女のような弱い存在が不安なく存在できる事を

意味している。

丁度その頃、原曲のようなソウルミュージックが流行していた。




<歌詞イメージ>


Glass-Tower。

硝子の塔。

そう比喩されるビルディングの立ち並ぶ風景。


都会の森。

そう呼ぶ人もいる。


様様な情景が交錯あい、ディテイルが重なり合い、演劇のように。


都市は劇場だ。

すらりとした長身の少女が、Gracefulな髪型をして、通りすぎる。

ゆったりとした服装は、何処か東欧の女のようにも思える。

長いスカートが、ビル風にはためく。

彼女がこのような都市感覚を持ち合わせていたかどうかはさ定かではない。

都市はそこに存在する者たちに演出をさりげなく行うものなのだ。

自然に。


スクランブル交差点の傍らの舗道を颯爽と歩いている。

やがて、交差点にさしかかり、彼女はシグナルが変わるのを待つ。


小春日和が、穏やかに。

綿雲のあいだから顔を出す。


彼女の瞳に、アイ・キャッチのようにレフがあたる。

ダイバーズウオッチをした男の子の、ガラスハッチに光線が跳ねたのだ。


眩しそうに。


表情が崩れた。

何かを思い出したふうに。

幸せそうな微笑み。


Flush-back?


屈託のない、はじけてしまうような笑顔。


ある時期、高揚感が持続するような時期が誰にもあるものだ。


Natural-High。


シグナルは変わり、スクランブルへと歩き出す彼女、


バレッタを外し、長い髪を振りほどく。


その表情は、やがて来る夏の時代を予感させるかのようだ。


いつの日か、Nostalgicに回帰する時が訪れるのであろうか。


彼女にも。


今の、私のように。



不意に、視線が遇った。

長い髪を振り払おうと、振り向いた拍子に。

奥まったガラス・エリアのキャフェテラスに僕はいる。

こちらに気付くとは....。


大きな瞳を見開き、こちらを見ている


あまり突然なので、黙って僕もそのまま固まっていた。

裾をひるがえすと、あざやかなターンでこちらに歩いてくる。


そのシーンを、映画でも見るかのようにぼんやり見ていた。


なぜか、現実感が希薄だ。


ブロンズ・グラズのドアを開いて、大股にやってくる。


ちょっと、ジュリア・ロバーツみたいにも見える。

すこし、きつい表情。


「おじさん!」


「...なにかな?」


「カメラマン?」


テーブルの上の、 Nikon-FE 。300mm F4.5 が装着されていて、

大砲みたいに見える。

これでのぞいていると思ったのか?


「まあ、そんなところ」


「あたしを撮ったの?モデル料高いわょぅ。」


その、おどけた表との落差に、思わず微笑んでしまう。


差し向かいの、白いキャスト・チェアに座る。


「何か、飲むかね?」


「いいわ。」


「遠慮しなくて、いいんだよ。『モデル料』だ?」



「じゃ、スペシャル・パフェ!」


もう、大人びているように見えて、そんなところに少女らしさを感じ、

笑みがこぼれる。




「可笑しい?」


僕の表情に気づいたのか、彼女はそう言う。


「いや、若いっていいなあと思って。」




僕は素直にそう答えた。


なぜだろう。開放的な感じ。素直に話せる。




「おじさん、そんな事言ってるとホントに叔父さんになっちゃうよ!」


そう言い、さっきの昂揚が残っているのか、明るく笑う。




「君だって、“おじさん”って呼ぶじゃないか」

「そうね、はは..」

「楽しそうだね。」

「Hi。なにか、いいことありそうって感じ。 」



「それが若いってことなんだよ」

「そうかしら?」

「そうさ。さっきだって、何か楽しそうだったよ?」

「あぁ〜!見てたの、ぃやねぇ。もう!」




「おじさん、ヒチコックの映画みたいね。」

「Back Window のことかい?」


「そうそう。」

「あんなにかっこいいか?」


「いやー!haha、たとえば、の話よ。たとえば。似てるわけ無いじゃない!」



キャッチボールのように会話。飛び交う。



「そうか...。」



「あ、でも、少しは似てるわよ。」



「背中、似てたんだ。」


「誰に?」


「うーん..。」


「ああ、そうか。君の彼氏か!」


「そんなに...。あけすけに言わないでよ。恥ずかしいじゃない!」




「ごめん」


「その子の事が好きなんだね。」


少女、黙る。俯く。

やはりいいものだ。若いというのは。

如何に今風に装っていたとしても、やはり..。

こころの中までは、装うことができない。


Innocentな感情。



「でも」


ぽつりと言う。


「まだ、不安なの・。」


「そういうものだよ。」


「そうかなぁ...。」




花瑞木が香る。 午後のキャフェ。




「よし!」


急に、立ち上がる。




「おじさん、ありがと!なんか、すっきりしちゃったぁ!」



にっこりと笑う、その表情に、どこかあどけなさが残る。




ぺこりと頭をさげて、さっきのように鮮やかなターンを決めた。


ブロンズ・グラスのドアを抜け、舗道に。





こちらを振り返り、軽く手を振った。


キャフェのガラスに光がはねて、ベス単のフレアみたいだった。





「お待たせ致しました」




「あ.....。」





ウエイトレスが、スペシャル・パフェを置いていった..。



Nikon-FEは、かわいらしいスペシャル・パフェの隣で、居心地が悪そうだ。



さっきの、僕のように....。







-----------------[あとがき]--------------------------------------------

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