第3話 バイトの内容

「よーしじゃあ、こーはいちゃんお待ちかねの仕事内容を発表しようか」


 店の奥に入り、アンティーク調の椅子に腰掛けるマリリンさん。どうやら、店の奥がマリリンさんとヤクチュウさんの住宅となっているらしい。ヤクチュウさんは扉に掛けられた“open”の看板をひっくり返して“closed”にするために一時的に離席している。


「まず大前提として、私たちはこれから取引をする」

「裏取引ですね、分かります」

「良く分かったね」


 堂々と言うな。せめて包み隠せ。


「で、何の取引ですか。まさか本当に麻薬でも取り扱うお積もりで?」

「ご名答!! 本当に良く分かったね!!!」

「拒否権はありますか?」

「ここに来た時点でないよ」


 横暴だ。独裁者か? 自由権を主張する。


「ちなみに、麻薬は薬屋がつくった物ね」

「……薬屋ってヤクチュウさんのことですか?」

「あぁ、そうだよ。流石に薬中呼びは気が引けるからって、ひび……八宝菜が言い出してね。まぁ、別名みたいなもんよ」

「リアルであだ名をつけておいて……???」


 八宝菜は確か部長のプレイヤーネームだったはず。自分で名付けて罪悪感感じるとか、相変わらずどういう精神構造をしてるんだ。


「本人もリメイクを申し出ない辺り、ガチで嫌がってるわけじゃなさそうだけどね」

「ヤクチュウさんってマゾなんですか?」

「違うよ!?!? 急に何!?!?!?!?」


 戻ってきたヤクチュウさんに率直な疑問をぶつける。いやだって、そうとしか思えないだろう。行動からかんがみて。


「なんだかんだ嫌だ嫌だ言ってても部長……八宝菜さんに従ってますし」

「後が怖いからだよ!!!」

「マリリンさんにも遊ばれてますし」

「マリリンちゃんがSなだけだよ!!!」

「つまりMのヤクチュウさんと良いコンビだと」

「だからMじゃないよ!!! マリリンちゃん助けて! こーはいちゃんにもいじられるようになっちゃった!!」

「良かったじゃん」

「良くないよ!!!!」


 部長が普段、酒井先輩ヤクチュウさんをいじる理由が分かった気がする。楽しいな、これ。脳内部長が「せやろ」と語りかけてきた。

 まぁ、やりすぎると反撃を食らってしまうため、これくらいにしておこう。部長はその辺りの管理能力が凄まじいから反撃されたことはないようだが、一度酒井先輩ヤクチュウさん田上先輩マリリンさんに腕ひしぎ十字固めを決めている光景を見たことがある。あれはやばかった。先輩を怒らせるのはめようと決意した瞬間だった。


「本題に戻りませんか?」

「話を逸らしたのはこーはいちゃんだというのに……。こやつ、やりおる!!!」

「ねぇ、こーはいちゃん。ネタだよね? 本気で私がMだとは思ってないよね?」


 ヤクチュウさんが何かほざいているが無視する。


「私たちは麻薬の取引をする。だけど、相手は王国だけじゃなく世界中に根を張ってるマフィア。第一職業メインジョブが錬金術師、第二職業サブジョブが旅商人の私と、第一職業メインジョブが薬師、第二職業サブジョブが占術師の薬屋じゃ、もし交渉不成立になったときに何されるか分かったもんじゃないでしょ?」

「全て初耳ですが」


 ツッコミどころが多い多い。

 取引相手がマフィア? 聞いてないが??? それに世界中に根を張るってやべーやつじゃん。てっきり、どっかの小さな犯罪組織に法外な値段吹っ掛けるもんだと思ってた。嘘だろ、死ぬじゃん。

 それにあんた錬金術師だったんか。そんな全身で魔女主張しといて? 魔法要素一ミリもないが??? いや、アバターつくったのは副部長だし、多分原案出したのは部長だろう。それはいいや。


「ほら、私たちアバターは美女と美少女だし。人身売買とかもあり得るかなぁって」


 アバターじゃなくてリアルも美少女だろ何言ってんだ。うちの部活、自分のAPPのあたいを自覚してないやつ多すぎないか? 美少女、美女、美人の集まりだからな、うちの文芸部。部長は知らん。そもそも素顔が分からないし。


「それで、そのスライム見る限り、こーはいちゃん使役術師でしょ?」

「名前はショゴスです」

「中々攻めたネーミングだね。嫌いじゃないよ」

「テケリ!」

「エェエエエエエエエエエ!?!?!? シャベッタァアアアアアアアアアアアア!?!?!?!? えっ嘘、待って??? 売り飛ばしても良——ミ゛ッ! ちょっ、無言っ無言で殴んのやめっ、やぶっ」


 本当は召喚術師だが、否定はしないでおく。ないとは思うが、どっかで口滑らせたらNPCとの認識に齟齬そごが生まれてしまう。ヤクチュウさんとかうっかり言いそうで怖い。

 ショゴスはマリリンさんとヤクチュウさんを仲間と判断したようで、声を上げて返事した。あー、可愛い。おやつあげよう、ゾンビの腕。レベル上げ中に<死霊魔法>で生み出したゾンビを捕食することでも、ショゴスのレベルが上がることが判明した。自家製ゾンビだ。産地直送だ。何か違う。


「んんっ、気を取り直して……。最初にも言ったけど、要は取引の間、私たちを護衛してほしいの。何もなければそれで良し。報酬はトラブルのあるなしにかかわらず払うよ。金額は…………あー、細かい計算するの面倒だから百万くらいで良い?」

「豪快ですね、嫌いじゃないです」

「お金は使うのも稼ぐのも貯めるのも貰うのも見るのも触るのも、全部大好きだからねぇ」

「ここまでくると清々しくて好きですね」

「わお、こーはいちゃんに愛の告白されちゃった! モテる女は辛いねぇ、薬屋!」

「いえ、先輩に対する至極真っ当な敬愛です。何なら今、好感度メーターが急激に下がりました」

「あ、こーはいちゃん。マリリンちゃんがおかしなこと言ったときは無視して大丈夫だよ」

「おっと? さては私の味方ここにいないな???」


 今日も文芸部の茶番は絶好調である。


 それにしても、一つ気になることがあるのだが……。


「あの、一つ質問いいですか?」

「ん? 何? まぁ、状況説明もロクにせずに連れてきちゃったからね。分かんないことはどんどん聞いてくれて構わないよ!」

「あぁ、いえ。今回の依頼、というかバイト? には直接関係しないんですけど……」


 最初から少し引っかかってはいたが、まぁこの先輩方ならそんなこともあるかとスルーしていた。だが、これは流石に見過ごせない。


「もしかして、『FMB』を部活でやるより先にプレイしてたりします?」

「「……」」


 二人とも押し黙った。ということは、そういうことだろう。

 いやまぁ、だろうな。そうじゃなきゃ、数日程度で王都なんて土地も建設費も高そうな場所に店を持てないだろうし、初心者であれば計算が面倒なんて理由で百万もの大金を軽々と出したりしないだろう。


「えっと、その……」

「ねぇ、こーはいちゃん」

「はい、何でしょう」


 口ごもるヤクチュウさんに対して、マリリンさんは堂々と私に話しかける。




「響……部長には、内緒にしてくれない?」




 とりあえず、前に撮ったショゴスのグロ画像及び映像を法外な値段で売りつけることで手を打った。ぶっちゃけ、この分で実験には十分な金額が集まったのだが、流石に哀れなので仕事は請けることになった。

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