第15話

 7時5分前だ。なんとか間に合ったな……

 吉川は駅の改札前までやって来た。加代子の姿を探す……いた。

 改札の脇で一人佇む加代子を見つけ吉川は歩みを速めた。

 「渡辺さん。す、すいません。お待たせしてしまいました」

 とは言っても約束の時間より5分前である。

 吉川に気付いた加代子も答える。

 「いえいえ、わ、私も今、あの着いた所でして」

 「あ、そうでしたか」

 「はい、大丈夫です」

 「あのー、あ、今日は寒いですね……はは……」

 相変わらずこの二人の会話は不自由だ。

 「では行きましょうか?」

 「あ、は、はい。あ、あの、食べたい物、決まりましたか?」

 「あ、はいはい、えーと、あれなんてどうでしょう? えと、お好み焼きです」

 今回は加代子が御馳走すると言う約束であった。吉川はあまり高額な物だと加代子に負担が掛かるであろうと思い、なるべく安く済みそうなお好み焼きをチョイスしたのだ。

 「あ、お好み焼ですね、いいですね。私、好きです」

 加代子もまんざらでは無さそうだった。

 「あ、えーと、そうそう、店、調べておいたんですよ、ここにしませんか?」

 お好み焼きと言っても高い所も有るかもしれないと吉川は思い、事前にチェーン店のリーズナブルな店を調べていた。

 「あ、いいですね、ここにしましょう」

 加代子も頷き店が決定した。

 店までは10分程歩くようだ。

 「では、ま、ま、参りましょうか」

 吉川が促す。

 「はい……」

 加代子が横に付いて並んで歩きだした。

 11月の冷たい風が二人の間を抜けて行った。


 おしぼりで手を拭きつつ、

 「何にしましょうか?」

 と吉川が聞いた。

 加代子はメニューをひとしきり見た後、

 「この、ミックス……これにします」

 と指をさして言った。

 「あ、お、美味しそうですね。私もこれにしようかな……」

 吉川も同調し言う。

 注文も済ませ会話の時が訪れた。

 緊張する……

 お互いが同じ気持ちであろう。

 「あ、そうだ、この間お伺いすればよろしかったのですが、えと、あ、あの、休みの日などは何をされているのでしょう?」

 吉川がぎこちなく尋ねる。

 「あ、はい、休みですね。あ、この間メールでも書きましたが、特に、何もいたしておりませんでして……」

 「あー、そ、そうなんですね……ははは、私も同じでございます」

 「……」

 「……」

 「あ、そういえばですね……」

 加代子から話し出す。

 「先ほどですね、駅で吉川さんをお待ちしている時なんですが」

 「はい」

 「えーと、鈴木さん、覚えていらっしゃるでしょうか? 鈴木さんです。クラスメイトだった」

 「鈴木さん? えーっと、はい、あの鈴木さんかな……」

 「おそらくその鈴木さんです」

 「はい、彼とは同窓会場の喫煙所でお会いした気が……ははは……。あちらは私に気が付きませんでしたが……恥ずかしながら……」

 「そ、そうですね。私もあの時お会いしたのですが、気づいて貰えませんでした……」

 「えと、その鈴木さんがどうされましたか?」

 「先ほど駅で吉川さんを、あの、待っている時にですね、その、鈴木さんに声を掛けられたんです」

 吉川はまさかと思いながら、

 「え、あの、彼は渡辺さんに気付いたのでしょうか?」

 と問うた。

 「えと、なんでも、あの、同窓会の後、アルバム・・卒業アルバムを見たとかで、あ、見たらしいです、はい」

 「ああ、なるほど、それで渡辺さんの顔が判った訳ですね」

 吉川は納得がいった。

 「あ、それで、彼はなんて?」

 さらに吉川は尋ねる。

 「あ、はい、同窓会場では、あのー、なんていいますか、親交を深められなかったとかいう事でして、えとですね、これから親交を深めませんか……などど、言われまして……」

 「あ、そ、そうなんですね。それは、良い事ではありませんか?」

 「え、ほ、本当にそう思いますか?」

 加代子は吉川に問う。

 「いや、すみません、じ、実は、あの、も、もしですよ? 私が渡辺さんの立場ならですけど、私ならお断りします」

 吉川が自分と同じ気持ちであると加代子は思い安心した。

 「そ、そ、そうですよね。私も、えと、急に親交を深めようとか、なんか違う気がして……人違いですと言う事にして、えと、お断り? ですか、いたしたのです」

 「そうだったんですね……あ、なんか安心しました」

 「私は……」

 加代子が一息ついた後に続けた。

 「たくさんの友人より、本当に信頼できる人が、一人いれば……それでいいです……」

 「……」

 自分と本当に価値観が一緒だ……

 吉川は思った。

 「私も・・・同じです」

 吉川がほっとしたように言う。

 それを見て加代子も安心した。


 具材が運ばれてき、いよいよ焼く時がやってきた。

 お互い、誰かとお好み焼きを焼く経験などない。慣れないながらもお互い協力しあってなんとか焼いた。

 我ながら上手に焼けたな……

 吉川は思った。

 加代子は上手くひっくり返せず難航していたが吉川の助力もありなんとか焼けた。

 とても楽しい。吉川は思った。

 誰かと、こうして食事をするだけで楽しい訳ではないだろう。

 自分と同じ様な境遇、価値観、生活、似た人、気持ちが解る人、理解しあえる人との繋がりがこれ程良い物だとは……。加代子に出会えて本当に良かった。何故、高校時代に彼女に気が付かなかったのか。今頃もっと親交を深めていれただろう。もっと理解しあいたい。もっと長く一緒にいたい。もっと話がしたい。もっと近くにいたい・・・

 吉川は気持ちを伝えたかった。

 好きとか恋とか吉川には解らない。ただ、もっと近くで彼女と繋がっていたいと思った。

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