蛇に睨まれた蛙

味噌わさび

第1話 神様の気まぐれ

「はぁ~……本当に当時のまま残っているんだなぁ」


 俺の趣味は廃墟、廃村巡りだ。


 ときには遠征するくらいののめり込んでいる趣味である。


 その時、俺は夏休みを利用して、かなりの遠隔地にある廃村にやってきていた。


 その廃村は、なんでも、数十年前に、一晩にして村民全員が行方不明になったという。いわゆる神隠しがあった村として知られていた。


 すでに廃村になってかなりのときが経ち、村は基本的に立ち入り禁止になっているという。まぁ、部外者の俺には関係ないことだ。


 俺が村を見て興味を持ったのは、当時の村民たちの生活はそのまま残っていることであった。


 割れかけた窓ガラスから家の中を見ると、机の上には食器が置かれている。まるで、つい先程まで人がいたような状況だ。


「……まぁ、神隠しなんてことはないんだろうけど、ミステリーではあるよな」


 俺は適当に村の写真を取りながら歩く。


 と、すでに夕日が沈みかかった頃、村の端っこまで来ると、大きな鳥居があった。


「神社……村の人達も来ていたのかな?」


 ただ、俺は少し違和感があった。村の家はほとんど朽ちかけているというのに、鳥居はまるで新築のように綺麗だ。


 俺はそのまま神社の中へ進んでいく。やはり、おかしかった。境内の中も綺麗に掃除されており、本殿も村の家とは違ってまるで朽ちていなかった。


 なんとなくだが……早く帰ったほうがいい気がしてきた。俺は踵を返して元来た道を帰ろうとする。


「おや、参拝客か。珍しいな」


 と、思わず酷く驚いてしまった。俺の視線の先には……巫女服姿の少女が立っていた。


「え……アナタは?」


「私か? 見てのとおりだ」


 ……あぁ、なるほど。この神社は一応まだ管理する人がいたのか。境内や鳥居が綺麗だったことにも納得がいった。


「お前こそ、珍しいな。この神社に参拝するなんて」


「え、えぇ……まぁ、廃村巡りが趣味で……でも、この神社は綺麗ですね。アナタが管理しているからでしょうけど」


「それはそうだ。ここは私の家だからな。綺麗にしなければ落ち着かない」


「えっと……不躾な話なんですけど、なんでこの村って、廃村になっちゃったんです?」


 俺がそう聞くと、少女はキョトンとした顔をする。


「まぁ、気まぐれだな」


「え? 気まぐれ?」


「あぁ。長い事この村を見てきたが……段々飽きてきたからな。村の人間共は毎日同じことの繰り返し……私自身も飽き飽きしていた」


 ……村人が暮らしに飽きて、村を捨てたってことか? それにしても一夜で全員いなくなるなんてこと、あるのだろうか?


「……何より、食べ物が来なくなった」


「え? 食べ物?」


「あぁ。昔は村のものから食べ物を寄越していた。だから、私も満足していた。だが、いつからか、奴らは食べ物を寄越さなくなったのだ。だから、村の人間共に責任をとってもらったのだ」


 食べ物が来なくなった? 村で食べ物が取れなくなった、ってことだろうか? でも、責任って……なんだか先程から引っかかる言い方だが、まぁ、理解できない内容ではないだろう。


「……そうですか。えっと、俺はそろそろ帰ります。ここで暮らすのは大変かもしれませんけど、お元気で」


 俺はそう言い聞かせながら、その場から立ち去ろうとする。


「待て」


 俺が立ち去ろうとすると、少女が声をかける。


 不思議なことに、俺はその場から動けなくなってしまった。俺は立ち止まったままで視線だけを動かす。


「お前は、私に食べ物を寄越してくれないのか?」


「え? えっと……生憎、今、何も持っていないんですが……」


「持っていない? バカを言うな。あるじゃないか」


 少女は俺の前までやってきて、ジッと俺のことを見つめる。嫌な汗が額を流れる。


 しばらくの間、俺は生きた心地がしなかった。しかし、急に俺の足が自由になる。


「……いや、やめておこう。気が変わった」


 そう言うと少女は急に興味がなくなったようで、俺に背を向ける。


「お前……あまり美味そうではないからな」


 それだけ言うと、急に一陣の風が吹き、俺は目をつぶってしまった。


 次の瞬間には、少女はいなくなっていた。


 俺は二つのことを考えていた。


 一つはこの廃村にかつて、大蛇伝説があったことだ。


 大蛇はとても気まぐれで、大人しくしていたかと思うと、ときたま村の人達を食い、大暴れしていた。


 しかし、大蛇に定期的に生贄を捧げることを約束し、村を守る神として崇めることで、大蛇は人の姿となり、暴れることはなくなった。


 それ以来、村は大蛇に守られて、平和になったという伝説。


 そして、もう一つは……今さっき少女に見つめられていたときの状況。ああいう感じになったときのことを表す言葉は――。


「……蛇に睨まれた蛙」


 俺は神社をでて、今一度、無人になった村を眺める。


 神様の気まぐれに感謝しながら、俺は遠くから聞こえるひぐらしの鳴き声を聞いていたのだった。

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